曇天に魔法陣
遠くに舞い上がっている砂埃が見えた。
魔手を使って視力を強化すれば、戦い合っている姿が確認できる。すでに、内乱が起きてしまっている。マティアス達はどうしてるんだ?
「ねえ、師匠、あれって……!」
「すでに始まってやがる! 目立つとこまで行くか?」
そうした方がステラに注目を集められるかも知れない。となると――いくつか、台地みたいに地面から突き出てるとこがあるな。しっかし、細長い。台地って、もっとこう……平たいだろう、普通。あれじゃ、四方が断崖絶壁だ。変な地形だな。まあいい。
「小娘、空に何かっ……目立つ魔法打ち上げろ!」
「目立つ魔法って何っ!?」
「マティアス達に俺らが来たって報せてやらなきゃダメだろうが。ロビンのラウドスピーカーで戦場にステラの声を届けるんだから! あんだけ激しくやってちゃ、向こうから匂いを嗅ぎつけてくれるのも難しいかも知れないだろ!」
足を止め、ニゲルコルヌを地面に突き立てた。小娘が何やら迷ってから、腕を空に振るった。曇り空に花火とは少し呼びがたい、小さな爆発が起きる。
「もっと激しく、派手に!」
「そんなこと言っても……」
「んで、ステラ。お前は今から、ニゲルコルヌに縛りつけて投げるから、ベロ噛み切らないよう、ちゃんと歯あ食いしばるんだぞ?」
「はいっ?」
問答無用でステラを魔縛でニゲルコルヌに縛りつけた。手足もバタつかせないようにして。簀巻きだ。そうしてからニゲルコルヌを持ち上げ、目をつけた高台に思いっきりぶん投げる。
「きゃああああああ―――――――――――っ!?」
「し、師匠っ!? 何して――」
小娘には構わず、魔鎧を使って俺も飛び出す。台地に刺さったニゲルコルヌとステラを回収して高台に上がる。つーか、切り立ちすぎてるんだよ、この台地。普通に登ることもできやしねえ。ロッククライミングする手間を惜しんで乱暴にやったけど、ステラも傷は負ってないし完璧だな。
「おう、平気だな?」
「は……はらひれ……」
あ、目え回してる。
台地からレマニ平原を見下ろす。マティアス達の姿は見られない。結局、オッサンにもらった騎士団の内部資料も内乱を食い止めることはできなかったのか。いけると思ったのに。
「ステラっ!」
戦場を俯瞰していたら、地響きがした。地面がせり上がってきたかと思うと、マティアス達が一緒になって俺のいるところへきた。ロビンの魔法ってすげーな。あ、小娘だけ下に取り残されてる……。魔縛で引っ張りあげてやろう。
「マティアス兄様!」
感動の兄妹のご対面。ひしと抱擁してる。
あんまりそれに時間かけてる暇はないんだけどなあ。
「どうした、やけにふらふらじゃないか。ボーデンフォーチュに捕えられている間に……?」
「あー、ごほんっ、んんっ……マティアス、そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!?」
「あ、ああ、そうだった」
よし、うやむやにできた。
俺がへろへろにしちゃいました、とは言えないし、ステラにも言わせねえ。非難囂々になっちゃう。
「うあっ、わっと……師匠っ! 扱い! 雑すぎ!」
魔縛で引っ張り上げた小娘の文句を受け流したところで、ようやくだ。役者は揃った。
「止められるか?」
「止めてみせるさ。ロビン、ラウドスピーカーを」
「うん。範囲が広いから、メーシャ、手伝ってくれる?」
「分かった!」
メーシャはかわいいなあ。
「準備できたよ」
「もう、声は届くのか?」
「届けられる状態」
「分かった。では、やるぞ」
マティアスが咳払いをし、台地から戦場を見下ろした。
「双方、ともに聞けっ! わたしはマティアス・カノヴァスである!」
ラウドスピーカーで増幅された声が響き渡った。しかし、戦場には届いていない。動きが変わらない。
「俺が暴れて、気ぃ惹いてくるわ」
台地を飛び降り、魔鎧を使いながら戦場の中心地へ走った。障害物となる邪魔な人間を叩き飛ばし、一目散に走った。中心地点だと思しき場所まで飛び込んでから、魔力をさらに集める。
「クリムゾンジャベリン!!」
ニゲルコルヌを頭上へ掲げ、天を突く。
魔力をニゲルコルヌの穂先から一気に放出し、それを全て炎に変える。
やれるか、やれてくれ、俺!!
燃やす。
燃えろ。
燃えちまえ!
僅かに遅れ、燃え盛る炎が天へ向かって迸っていった。
『聞けっ! 双方、ともに武器を捨てろ! わたしはマティアス・カノヴァスだ!』
俺の火魔法で騒然としたところへ、マティアスの声が響き渡った。こうして大勢に喋る時は、一人称が僕じゃなくてわたしになるのな、あいつ……。まあ、いいんだけど。
『我が父と、ボーデンフォーチュ卿の交わした婚約は破棄される!』
ふざけるな、とどこからか声が聞こえた。だが、マティアス達のところへは届かないだろう。ロビンやメーシャならば聞こえているかも知れないが。
『何故ならば我が妹、ステラ・カノヴァスがこの婚姻を望んではいないためだ』
『み、皆さん……はじめまして。ステラ・カノヴァスです。わたしは……この度の縁談を望みません』
ざわつき始める。
望まないから破棄などできるものかと、そういう声が上がる。
が、しかし。
『シャノンは仰られました。婚姻は愛する者同士で結ぶべきである、と。わたしはシャノンの教えに従いたくございます』
ディオニスメリア王国は、シャノン教が強い力を持っている。
ヴラスウォーレン帝国のように信仰を強制しているということはないが、王族はシャノン教のお偉いさんに儀式を執り行ってもらっている。シャノン教の言葉を無視することはできないのだ。
だから、シャノンを持ち出してしまえば有無を言わせなくすることができてしまう。
『わたしはミリアムです。ここより遥か西方のヴラスウォーレン帝国にて、シャノンの教えを守り、人々を導くクルセイダーでありました。シャノンの加護を受けた者として、ステラ・カノヴァスの心に秘められた思いを、ここに聞き届けました。女神シャノンの教えに従い、わたしは彼女のこの度の婚姻は認められるべきものではないと、ここに宣言いたします』
おうおう、小娘も一丁前なことができるじゃねえか。
『双方、矛を引け。これ以上、争う理由はなくなったのだ』
ひとり、またひとりと武器を手放していった。
怒号と喧噪、血と汗に満ちた戦場に舞い上がっていた土ぼこりは最早、僅かにしかなかった。
これで一件落着かな。
そうだといいな、きっとそうだよな。
マティアス達の方を見る。
えーと、どこの高台にいたんだっけか。似たようなのが多くて――あん?
塔のように切り立っている高台のひとつに、オッサンがいた。高見の見物とばかりに煙草をふかしている。その隣に、エドヴァルド・ブレイズフォード。何百メートルも離れているはずなのに、エドヴァルドの目が俺を見据えていたような気がして背筋が冷えた。視線を感じる。
「…………」
まあ、いいさ。
さすがに、これだけの目があれば仕掛けてくることもないだろう。
これで終わり。
めでたし、めでたし。
ちゃんちゃん、とBGMを心の中で付け足した瞬間、それがいきなり別の爆音に飲み込まれた。キュィィン、と耳が痛くなるような高い音がして曇天の空に魔法紋のようなものが浮かび上がっていた。
何だ、あれは?
『逃げてっ!』
聞き覚えのある声がした。ロジオン? 何で?
疑問への答えは見つからぬ内に、いや、疑問が思い浮かんだ時には、空に出現した魔法紋から光が溢れ、凄まじい音がまたもや飲み込んだ。真っ白な光だった。背中でフェオドールの魔剣がガタガタと震え出し、とっさにその柄を掴んだ。
「喰らっちまえ――!」
熱を感じた。
フェオドールの魔剣が歓喜し、嗤っているような感覚がした。
とんでもない熱さだった。体の表面を突き破って、骨から熱が発せられているかのような苦痛の熱。それでもフェオドールの魔剣は嬉々としている。歯があれば見えるだろう。大口を開けた喉の奥が見えるだろう。派手に、歪に、魔剣は嗤って食らい尽くしていった。




