オッサンの企み
「お忍びでこんなとこに来るとは、閣下も物好きですなあ?」
「戯れ言をのたまうな、ヴィクトル」
レマニ平原を見下ろせる小高い台地がある。
マティアス・カノヴァスにボーデンフォーチュの悪事リストを貸してやったにも関わらず、とうとう、戦いが起きた。しかも鎮圧のために訪れる騎士団に先んじて。
「どう見ますかい?」
「やはり、裏に何者かがいるな。見当はついているのか?」
「候補はいくつかありますがね……。オーリックだとか、バルドポルメの新たな指導者だとか……。でも、そいつらも妙に怪しいんですよねえ」
騎士団でも、俺でも掴めていない何者かが背後にいそうな気もしている。
自然な流れで起きた騒動のようで、誰かが火種を撒き、それを拾わせることで戦火にまで発展させた。そういうキナ臭さがずっと漂っている。
「教会か?」
「どうですかね……」
教会も怪しくないとは言えない。
だが、この件には絡んでいるような素振りはなかった。
「チャパルクヤスはどうなっている?」
「まだ部下が帰ってきてないんで、さっぱり」
アンシュちゃんのことだから見つかったり、捕まったりというようなことはない。そろそろ帰ってくるころだろうとは思うのだが。
「ご子息に任せてる、戦略魔法ってえのはほんとに使っちまうんで?」
「あの戦いを前に、騎士団が出ていくだけで終息されるとお前は思えるのか?」
「ま……ムリでしょうが、でも戦略魔法を使うまででもないでしょうに」
「早期に分からせておく必要がある。この国へ手出しをすればどのようなことになるのかと、姿の見えぬ何者かに。そのための試用実験だ」
ついでに内乱の後に攻め込もうとしてくる動きがもしあっても、それを抑止するって魂胆かね。確かに戦略魔法の威力を見せつけることができてしまえば尻込みするだろう。戦略魔法は使わずに効力を発揮する、脅しの魔法でもある。そのためには、どれほど危険な代物かというのを分からせなければならない。
そのお披露目を、各地の有力貴族が首を突っ込んでいる内乱でしてしまおうということだ。貴族ならば誰しもがこの騒動には関心を寄せている。戦略魔法を有している騎士団に、薄れつつあった畏怖を再び抱かせるのだ。
「……マティアス・カノヴァスは追放するんでしたか」
「ことが済んでからでいい」
「もしかして、お嬢さんに求婚したのを妬ましく思っちゃってるとか?」
悪戯心で尋ねてみればおっそろしい眼差しを向けてきた。
「天下のエドヴァルド・ブレイズフォードも、愛娘を嫁がせるのは反対ですかい」
おどけながら言って煙草をくわえるが、黙殺される。つまらねえの。
けどすでに先手は打ってある。ここへステラ・カノヴァスが現れて、彼女の声が戦場に届けばこの戦いは放棄せざるをえない。しつこく足掻くのは別に問題にはならない。騎士団が駆けつければ、もうこの内乱の種火は消えたのだからとどんな口実でも介入することができる。
その後でステラ・カノヴァスの言い分を遠い異国の地からやって来た、シャノン教の聖職者が正式に聞き届けたポーズがあればいい。その娘っ子は元少年の弟子。元少年はエンセーラム王。エンセーラム王は親友であるマティアス・カノヴァスのために駆けつけたという大義名分があり、内乱を収めることができたのはそのお陰だということになる。
シグネアーダ殿下は気に入るだろう。国交を結ぶ流れになるのは目に見える。
領地再編をするのならばカノヴァス領は消えてしまうだろうが、そうなればマティアス・カノヴァスは恐らくエンセーラム王国に移住する。そこでマティアス・カノヴァスの肩を持っているトヴィスレヴィ殿下が、エンセーラム王国との友好の証が必要だとでも言えばいい。すると、友好の証として両国の特別な立場にいる若い2人が結婚してしまえばいいだろうということになり、お嬢さんが最後にうんと返事をすれば、親バカ閣下でも婚姻を止めることはできなくなる。海の向こうへ嫁ぐ娘を見送るほかない。
もし領地再編をしなくなろうとも、この内乱を治めたのはエンセーラム王とマティアス・カノヴァスの功績となる。そうなればマティアス・カノヴァスくんが領主となるのは明白。一躍、時の人となる。お嬢さんが求婚に対して、オーケーの返事をすればもう止められない。
どっちに転ぼうが、マティアス・カノヴァスは頑固親父から、愛しのお嬢さんをお迎えする準備ができあがる。
マティアス・カノヴァスくんが、生きてさえいれば。
そして無事に内乱を収めることができさえすれば。
にしても、お節介で落としちゃった内部資料が役立たなかったとは。
この事態になっちゃったからにはもう仕方ないが、あれを突きつけられてもボーデンフォーチュに与する考えは何なんだ。いつボーデンフォーチュが失脚するとも知れないのに突き進む理由。
色々あってこれだっていうのに、ちとたどり着けないな。
ま、何にしろ、閣下は元少年が動いてるってのは知らないだろうし、確実に裏をかける。ちゃあんとそこら辺の処理は老骨にムチを打ちながらやっといた。こんなに何度も謀ってるのに、ヴィクトルの任を解かないんだから閣下も大概だな、ほんと。ありがた迷惑とでもいうものか、何というか……。
「ヴィクトル」
「あいあい、何ですかい?」
「お前は影に潜んでいるのはどのような相手だと考える?」
プライベートなことなんかお喋りしませんってか。
ま、それが閣下らしいっちゃあ、らしいんだけど。
「難しい質問ですがねえ……得体の知れねえ野郎だとは思いますよ」
「この内乱の背後にもいると思うか?」
「ええ、恐らくは……」
だが姿は見えない。
ボーデンフォーチュを隠れ蓑にしている可能性は高いが、それらしいものはどれだけ見張っても分からなかった。
「狙いに見当はつくか?」
「さあて……何でしょうねえ。愉快犯って線が濃いようにも思えますが、ただ愉快だからってこんなことまでするかどうか……。ただ、どうも人の野心につけ込むような輩だってのは断言できるでしょうね」
オーリック然り、ボーデンフォーチュ卿然り。
野心を抱いて強硬な手段で、それを成就させようとしている。
そういう連中を利用しているんだから、よほど野心をくすぐる方法を知っているんだろう。
「……野心、か」
ひとりごちた閣下を見やれば、何か考えているような顔だった。そう言えば、こうしてちゃあんと顔を合わせて喋るってのもけっこう久しぶりかもね。
「団長閣下の野心も、なかなか利用されそうなもんですね」
「問題あるまい」
「さっすが、閣下殿は即答なされる」
「その時、わたしを斬るのはお前だ」
ありゃま、意外と信頼されちゃってるのね。
昔っからこの人だけは、俺を高く買っちゃって……いや、昔のことぁいい。昔話にばかり花を咲かせるような老いぼれになっちゃあおしまいだ。
地平の向こうに騎士団が見えた。レマニ平原は両軍入り乱れて激しく戦っている。思っていたより到着が早い。戦略魔法を段取りより早く使われて収められちゃったら、ちょっちオッサンの思い描いてた事態じゃあなくなっちゃうな。
「ヴィクトル、俺は数年の内に団長の座を退く」
「年には勝てませんかい……」
「その後のために、今は準備を整えている。お前にはまだ働いてもらう」
「生涯ヴィクトルですからねえ、俺は……。そういう約束だ」
「俺が全てを為した後、お前にさせるべきことがなくなれば……ヴィクトルの任を解いてやる」
「……本気ですかい?」
「すでに、トリシャは死んだ」
お互い、今さらなのかもねえ……。
けども俺はそんな甘言に惑わされりゃあしませんよ、閣下殿。
「戦略魔法の試用は、その足がかりでもある。お前も見届けろ」
「言われるまでもないですよーっと……」
シガレットケースから2本目を取り出そうとしたら、閣下の手が伸びてきて、1本だけ掠めとられた。くわえたところに火を点けてやってから、俺も自分の煙草に火を点ける。
閣下は俺達がいるような高台へ別れていった騎士団の一隊を眺める。あの中に自分の子がいるから気になるのかもね。いや、あの第八魔法隊が戦略魔法を発動するから、かね? 目を細めながら眺めているところを見るに、こいつは前者か?
なあ、エド。
お前さん、目え細くするとほんとに老けて見えるなあ?
俺もなかなかオッサンになっちまったけれども、そっちの方が老けてるかも知れないぜ。昔のお前さんだったらもっと鋭くて、キッツい目えしてたはずだろうよ。




