無敵モードのレオン
「はあっ!」
「おぉらよぉっ!」
ニゲルコルヌとハルバードがぶつかり合い、今度は力を込めて弾かれないようにした。だが、押し切ることもできなかった。向こうも俺と同じように踏ん張って耐えたのだ。思わず笑みが漏れる。
と、ハルバードについている刃の顎の下にニゲルコルヌを絡めてきた。そのまま引かれてニゲルコルヌを放し、飛びずさりながら魔弾を放つ。しかし、幅広のハルバードの刃で防いできた。
「それは見ていたぞ!」
「そうかい、じゃあこいつはどうだ?」
魔縛をつけておいたニゲルコルヌを引いた。魔縛を知らなきゃ、ひとりでに槍が俺のところへ戻っていくのを見る気分だろう。素早く手元へ戻ったニゲルコルヌを握り、突き込んだ。ハルバードと、硬そうな黒い金属の篭手部分で弾いて突きをやり過ごしてくる。反応もいいな。
「アクアスフィア!」
魔法戦まで分かってやがる。
瞬時に水の牢に囚われるがこんなドシンプルな魔法、飽きるほど食らってきてる。魔鎧と魔弾の要領で、体に集めた魔力を一気に発散させた。アクアスフィアが揺らいで破られる。すでにハルバードを振り下ろしてきていたが、それを魔偽皮で感知して半歩足を動かし、体を翻しながら避けた。しかし、ハルバードが床をぶち抜いてしまう。2階にいたから、そのまま落ちた。
「エアブロー!」
突風に吹かれ、同時に床と天井がぶち抜かれたことで溢れ出した埃が舞い広がった。目くらましだ。目を開けたら、小さいゴミが目に入りそうになる。だが、俺には魔影も、魔偽皮もある。目はつむったまま、感知する。ハルバードに遠心力を乗せ、真横に薙ぎ払ってきたようだ。それをニゲルコルヌで防ぎ、棒高跳びでもするように上半身の力で飛び上がった。天井が抜けたことで上に広く空間ができた。その高さを利用し、飛び上がりながら粉塵から飛び出し、ニゲルコルヌを中空から投擲する。
激しい金属音がした。
ハルバードで叩き落としにかかっているようだが、じいさん直伝の投擲はそう簡単には止まらない。両手でハルバードを振り下ろして、ニゲルコルヌを叩き落とそうとしているが、固定されているかのように動こうとしないので苦戦している。
素早くフェオドールの魔剣を引き抜いて、腰だめにしながら全力で突進した。バシリウスはニゲルコルヌを身を翻してやり過ごしたが、判断が僅かに遅れている。フェオドールの魔剣を切り上げる。炎熱が発せられ、黒い鎧を溶解しながら焼き切った。
「ヴァイスロック!」
リュカに比べりゃ、大したもんじゃない。足元から突き出てきた土棘を足場にし、上へ押し上げてもらった。まだ残っていた2階部分の床へ着地したところで、魔縛をそこら中に張り巡らせ、フェオドールの魔剣から点火する。たちまち、炎が広がって炎上する。
すでに魔影で小娘が、ステラを連れて脱出しているのが分かっている。もう、ここには用がない。むしろ、小娘を追いかけている敵の方が心配だ。
「逃げるつもりか!?」
「悪いけど、時間がねえんだ」
ニゲルコルヌも回収する。左手にニゲルコルヌ、右手にフェオドールの魔剣。
「……逃がしはせん」
「やれるもんならやってみ――」
踵を引いたら、何かに当たった。振り返りかけ、そこにいきなり現れた壁に気がつく。変な材質だ。木でも鉄でも、ましてコンクリートなんてものでもない。何かの石みたいな、冷たさがあった。ピカピカに磨き上げられているように、俺が放った火を反射している。
「このハルバードはアーバインが作ったものだ」
「……アーバイン……」
マジかい。
「本来は邪魔者を入れぬために使うが、こうして敵を逃さないようにすることもできる」
「壊せねえの?」
「俺が死ぬか、解除するまでは消えぬ」
「時間がねえってのに……」
「だったら、早く俺を倒せばいい」
魔影も遮られてしまっている。
アーバインってのはほんとにすげえのな。
「さあ、逃げることはできないぞ、穴空きレオン」
「……後悔すんなよ?」
魔鎧を発動する。
魔技の基本中の基本技だが、それだけに魔鎧は強い。何せ、ただでさえ人離れしてる身体能力をさらに向上させるんだ。全力で走ったりする時以外はあまり使わず、魔手だけでやってきていた。が、魔手よりも魔鎧の方が全身を強化するから、さらに力が引き上げられるのだ。
「するものか。猛者と戦い、鎬を削ることこそが本望だ」
ロックじゃねえか。
気に入った。
「だったら全力だ。人殺しは好きじゃねえから、死ぬんじゃねえぞ!?」
ニゲルコルヌを振り下ろしながらバシリウスに飛びかかった。ただ飛び降りて、無造作に振り下ろすだけ。だと言うのにハルバードで防いだバシリウスの両足が、床を突き抜けた。指で挟んだバネのように体が曲がりそうになっている。フェオドールの魔剣を振るえば、反応することもできずに炎に呑まれながらバシリウスは吹き飛ばされる。
壁へ叩きつけられる前に追いつき、ニゲルコルヌを振るう。
鎧が無惨にぶっ壊れて、バシリウスが床に思いきり叩きつけられた。
「終わりか?」
声をかけても反応はなく、白目を剥いていた。
壁が消える。
「悪いな。俺、今、ちょっとキノコとったみたいに無敵モードだから」
フェオドールの魔剣を布に包んで背負い、ニゲルコルヌも穂先にカバーだけして背負い直す。それから懐からパピルス紙とペンを取り出す。
とりあえず……そうだな。
強いやつと戦いたいならクセリニアのジョアバナーサ王国へ行け、と。
それから……そうだな。
気に入ったから、俺にまた会いたければエンセーラム王国へ来い、と。
うん、完璧。
メモ書きを気絶しているバシリウスの手の中に握らせておいた。
小娘を追いかけながら、途中にいた追手を蹴散らしておいた。
バシリウスは良かった。うん、たまには思いっきり暴れるもんだと再確認させられた。が、そんな風にほっと一息ついている暇もない。
「あ、あなた達は……本当にマティアス兄様の……その……」
「友達だって。聞いてねえの? 俺のこと」
「……悪童……レオン?」
「……ま、まあ……不本意だけどな」
「でもガルニ兄様は……悪魔のような人物だと……」
あの野郎、弟め!
俺そんなにひでえことしたかっつーの!
ステラ・カノヴァスの特徴を、繊細で華奢で人見知りする……とか聞いてたけど、別に特別な感じもない女だ。いきなり保養地に襲撃かけられて連れ去られるってんだから、人見知りする、しないを関係なしに多少は怯えるもんだろうし、華奢っていうか、まあ普通の女の子だよなあって感じにしか見えないし。
でもマティアスの妹だっていうのは髪の色ですぐ分かった。見事に赤毛の三兄妹だったわけだ。そういや、マティアスの坊やも赤髪だったし、そんなにこいつらの髪色の遺伝子は強いのか?
「んでっ、これからお前をマティアスんとこに連れてくわけだけど……ちっと、目立ってもらうぞ」
「目立つ……というのは?」
「ねえ師匠……言いたいことあるんだけどいい?」
「後にしろ。ステラ、お前がボーデンフォーチュの次男坊と結婚するのは嫌だって宣言しろ」
「どうしてそのようなことを……?」
「シャノンは婚姻は、愛する者同士でしなさいって教えてるでしょ?」
「けれど……それではお父様の意思に背くことになってしまうのではないでしょうか……?」
「親父のこと……もう聞いてるのか?」
「ええ……。ですから、お父様がわたしに用意してくださった縁談を、なくしてしまうのは……父の、最後の意思ですし……」
「でもボーデンフォーチュに謀殺されちまったんだ。そうされてまで、自分の娘を嫁に出したいはずねえだろ」
俺だって嫌だ。フィリアが俺を殺したやつのところへ嫁いでいくなんて絶対認められねえ。いくら、生前に天地がひっくり返って嫁にやるとか言ったとしても。
「……分かりました。そういたします」
「悪いな」
「いえ……それよりも、あの……」
「ん?」
「こうやって運ばれるの、ヤダよね? 普通に」
「……はい、正直」
両肩に小娘とステラを担いで、俺は魔鎧を使って走りまくっている。馬よりも速いんじゃねえかなと思って。けっこう、いい感じのペースで進めてるような気がするけど、さすがに小麦を詰めた袋みたいに担がれるのは嫌か。
でも小娘が悪いんだ。馬を使わずに走って逃げようとしたもんだから、馬がねえんだ。仮に馬がいたって3人乗せて駆足させるのは酷ってもんだし、ニゲルコルヌもあるんだから耐えられるかどうかが危うい。だから俺が魔鎧フルパワーで走ってやってるんだ。馬よか速い。
「とりあえず、我慢しろ。馬屋まで」
そしたらギャロップでレマニ平原まで全速力だ。




