月のない夜
騒ぎを起こした街まで小娘と引き返してくると、メーシャがさっと姿を見せた。獣人族と知られて余計な蔑視を受けるくらいならば、とロビンが用意した帽子を被っている。尻尾もズボンの中に隠している。こんなことをしなくちゃいけないなんて、正直、気分は良くない。
そもそも、獣人族や魔人族を差別し始めたのはシャノン教の教えというやつもあるだろうが、大元を辿っていけば人間族の方が弱かったからだろう。獣人族は腕力や体格に優れて、何も特別に鍛えたことがない者同士を比べても圧倒的に獣人族が身体能力を見せつけることとなる。魔人族とて、個人差こそもちろんあるものの、人間族にはない特徴を持ち、それによって人間族は脅かされ――かねない。
豚とライオンを同じ檻に入れたら、豚が食い殺されるだろうなと想像を働かせるのと一緒で、人間族が獣人族や魔人族と暮らせば自然と淘汰されて不利なことになってしまうだろうと思ってしまったせいだ。きっとそうに決まっている。
だから追い出したのだ。
追い出すための名目もシャノン教が与えてくれたのだ。
ふざけろと思う。
それってつまり、人間族は獣人族や、魔人族に対しては成す術もありません、お手上げだから近くにいない方がいい、あっちへ行け、ってことだ。何くそと気張れと言いたい。
そんなくだらない理由で素敵な尻尾を窮屈そうにズボンへ隠さなきゃいけないだなんて、そっちの方がよほど俺には許せない。尻尾こそ正義なのだ。
と、それは置いといて。
「ロビンとマティアスはどうなった?」
「馬車で行っちゃって、ロビンは追いかけてるよ」
「んで、お前はそれをさらに追跡できるんだな?」
「うん。マティアスの匂いもロビンの匂いも分かるから」
「俺の匂いは?」
「レオンのは覚えるつもりないもん」
「覚えていいんだぜ? いくらでも噛んでいいぞ?」
「変態!」
何それ、甘噛みを強要するのって変態なのか?
獣人族のエロい部分はほんとによく分からん。
「師匠ってサイテー……」
「おいこら、お前、分かるのか? 分かって言ってるのか?」
「分からないけどいくら噛んでもいいって……キモい」
「キモいよね」
「ねー」
意気投合するな。
何かこう、女が集まると俺ってけっこうディスられる傾向にあるよな。何でだ。
「まあいいや、追いかけようぜ」
メーシャを先導させて出発をした。
途中に見かけた立て看板によれば、交易の都エレキアーラへまっすぐ向かっているようだった。
密入国での逮捕ということだが、用意がいい気がしてならない。いや、マティアスが来ることはきっと予測していて、ジェニスーザ・ポートで捕まえる算段でもしていたのかも知れない。でも、そこに姿を見せることなくディオニスメリア内陸で消息を掴んだから密入国と断定した――ってところだろうか。けど、俺を連行しようとしたのは何でだ? ただ単にマティアスと同行者だから一緒に連れて行けよ、ってアピールのつもりでちょいと遊んでやっただけだったのに。
うーむ……。
考えても分からん。
いいや、気にしないでおこう。大した理由もないだろう、きっと。
夜中になってから、俺達はロビンと合流した。夜になってマティアスを乗せている馬車も停まったようで追跡していたロビンに追いつけたのだ。
「状況はどうよ?」
「何もないよ。普通に連行されてるだけみたい」
「そっか。この後、どうなるんだろうな?」
「分からない……」
「マティアスは親父の悪事を暴くとか言ってたけど……捕まってる身でどうするんだか」
「脱獄とかじゃない?」
「うーん……でも、そんなことしてもマティアスくんが密入国に加えて、脱獄の罪まで上乗せされるだけのような……」
「だとよ、小娘」
「小娘じゃありませんー」
考えてもどうにもならねえってのは分かった。
翌日、エレキアーラに到着をした。相変わらずのでっかい都だ。大峡谷を削り出し、階段のように街が作られている。谷底の部分が荷馬車なんかの通る、元々の地形が残っている場所だ。それを眺め降ろすかのように巨大な階段みたいに段差が作られ、そこに家があり、商店があり、職人の工房がある。
カノヴァス邸はその最上段にあるのだが、マティアスを乗せた馬車は最下段にある穴蔵みたいなところへ入っていった。
「牢屋……?」
「っぽい、雰囲気あるよなあ……」
遠巻きからそこを見て意見を交わす。
マティアスからのアクションを待つか、こっちからマティアスに会いに行くか、見張りつつも別の動きをしておくか。
「俺が行くか?」
「師匠、大丈夫……?」
「何だよ?」
「レオンだと、何かまた別の騒ぎ起こしちゃいそうな気がするんだけど……」
「うん」
「……ああそうですか」
いいし、じゃあいいし。
だったら別に任せますよ、とへそを曲げておいたらロビンが行くこととなった。姿変えの魔法で騎士に化けて、夜を待ってからロビンは穴蔵へ入っていった。
待ってる間はやけに長く感じた。
さすがのメーシャでも、中の様子を盗み聞きすることはできない。そんなことができれば、わざわざ化けて忍び込む必要もなかったし。ヘタなことになってなきゃいいな、と思いつつ、待った。
月のない夜だった。
体感ではやたらに長く感じたが、2時間か、3時間か、それくらいでロビンは戻ってきた。荒事にはならなかったようでとりあえずほっとしたが、俺達のところへ戻ったロビンの表情は険しくなっていた。
「大変なことになってた」
案の定なこと言うし。
「大変って?」
「……マティアスくんのお父さんが、謀殺されてた……って」
「謀殺?」
すでに殺されてた?
何だそりゃ?
「どうして……そんなことになったの?」
「マティアスくんが言うには、領主がいなくなってしまったから、婚約を盾にしてボーデンフォーチュって人がカノヴァス領の実権を握りにきたんだって」
カノヴァス卿を殺すことで、カノヴァス領の領主が不在になる。
これまでならばマティアスがその後を継ぐのだろうと誰もが思っていたこともあり、即座にマティアスが領主の座へ就くことができていた。しかし、マティアスはカノヴァス家からはすでに追い出されていた。だったら次男のガルニ――となるはずだったが、ボーデンフォーチュ卿がマティアスの妹と、自分の次男との婚約を理由にして、代理でカノヴァスの領主の権利を掠めとったということらしい。
マティアスの親父が死んだことで婚約を取り消すことができる者はいない。こうすることで、破棄することのできぬ婚約にして、反対派を黙らせる強攻策としたのだろうと。やり方はえげつないがガルニもまだ若いし、太刀打ちすることができなかった。マティアスの不在を狙ったのだ。
「どうするんだよ、それ?」
「悩んでたよ。ここからカノヴァス領主の座を奪還するためには、絶対に戦わないとならなくなるって」
「戦うって……?」
「婚約反対派と、賛成派と……貴族同士の、ディオニスメリア王国内での内乱だよ」
「それしかねえのか?」
「……分からない。でも他に、もう思い浮かばない」
重苦しい空気だった。
どうしてマティアスを捉えたのかというのも、明らかになったそうだ。騎士団はこの内乱を起こしたくないらしい。だからマティアスが貴族同士が一触即発の空気になっている中で登場すれば、反対派は神輿にしようとして、賛成派は殺しにかかってこようとする。ここでマティアスが殺されてしまっても、義憤という名目を立てて反対派は強硬な行動に出ようとするかも知れない。マティアスを閉じ込めて、ある意味での保護をすることで抑止しようとしているのだとか。
どうすりゃいいかなんて、思い浮かばなかった。
ロビンとメーシャは月のない夜空を眺め、呆然としているかのように肩を下げていた。
「……マティアスの、妹って人は……それでいいのかな?」
ぼそっと小娘が呟いた。
「何言ってんだよ? 政略結婚なんざ、そうそう止められねえだろ。本人の意思なんぞ……」
「でもシャノンは、婚姻は愛する人同士で結ぶべきだって」
「またシャノンかよ――って、え? マジ?」
「何?」
ディオニスメリアはシャノン教の国だ。
全員が全員、信者ってわけじゃあないにしろ、シャノン教もまた絶大な権力を持っているはずだ。何せ、オルトが騎士団を止められるのは教会くらいのもんだとも言っていた。
大っ嫌いなシャノン教だけども、利用できるんならした方がいいんじゃねえか?
「……小娘、お前のいた国って、クラクソンだっけ? そういう、宗派だったよな? でも、派閥のひとつっていうだけで、元はどこも一緒なんだよな?」
「そうだよ?」
「その婚姻は愛する人同士とか……そういうのも、お前の宗派でそう教えてるだけってことじゃあ、ないよな? 原典っつーか、何つーか……」
「解釈は異なるかも知れないけど、そういう文言があるから共通だよ」
「だったらマティアスの妹に拒否させちまおうぜ、婚約を。当人が嫌だって言えば、それをたしなめる親父はもういねえんだ」
でもって、シャノン教を持ち出しちまえば婚約もなかったことにできる。
その時に、1番、カノヴァス領の領主に近いのは、ガルニか、その妹か、どちらか。2人がマティアスをまたちゃんとカノヴァス家に迎え入れるってことにすれば、一件落着になるじゃねえか。
マティアスの妹に――ステラ・カノヴァスに会うことにした。




