ドナドナ
「人が来てる」
「鎧の音がするよ。6……7人?」
「まっすぐ、こっちに来てる」
宿を出たところでロビンとメーシャが揃って同じ方向を向いた。魔手を目にかけて雑踏の向こうを見るが、障害物が邪魔でよくは見えなかった。
「ロビンとメーシャは隠れてくれ。何かあれば、後から迎えに来てくれ」
「うん」
「気をつけてね、マティアス」
「ああ。さあ、隠れろ」
ロビンとメーシャを隠れさせたのは、獣人族とバレた時のことを考えてってとこか。
小娘が分かりやすく緊張し、警戒をしている。
「力抜いとけ、小娘」
「でもっ……敵かも」
「向こうが僕をどうしたいかが気になる。捕まえに来ているのなら、あえて捕まるつもりだ。キミらはそうなりそうだったら逃げて構わない」
何食わぬ顔でマティアスはロビン達が警戒した方へ歩き出す。
「お前は逃げとけ。女だしな」
「何それ? 何でわたしだけ仲間外れにすんの?」
「手荒なことされちまうかも知れないぞ? それでいいのかよ?」
「良くはない……けど」
「だったら逃げとけ」
「キミも逃げていいんだぞ?」
「抜かせ、俺が逃げる道理はねえ」
人混みが割れていき、騎士が7人現れて俺達の前で止まった。
「マティアス・カノヴァスだな」
「いえ、僕はカノヴァス家から追放された身ですよ」
「ならば同じことだ。密入国をしたと通報があった。身柄を拘束する!」
そう来たか。
確かにジェニスーザ・ポートじゃなくてカハール・ポートからこっそり入ってきたからな。商船に紛れ込んで。
「大人しくしろ」
「……あっ、いい石ころ見っけ。蹴るのに都合が良さそう、なっ!」
足元の小石を蹴って騎士の兜に当てた。小娘にアイコンタクトするとサッと走り出して逃げた。だが、俺に石ころを当てられて騎士のプライドとやらが傷ついたのが、小娘には目もくれずに剣を引き抜いて素早く俺を取り囲んでくる。
「悪い、悪い、当たっちゃった。許してくれよ」
「無礼者め……ここで処断してくれる!」
マティアスがため息をついて顔を押さえたのが横目に見えた。
斬りかかってきた騎士の剣を手袋をはめているだけの手で白刃取りして止め、振り回して鎧の上から腹を蹴りつけた。
「何だよ、謝ったのに処断って、カルシウム足りてるか?」
「アクアスフィア!」
発動速度が遅い。水が俺の顔に集まり出す前に、さっと移動をしてやれば何もないところへ水球が浮かぶだけで終わる。騎士に駆け寄ると剣を振り降ろそうとしてきたが、その前にポンメルを片手で押さえて跳ね上げてやるとひっくり返った。
「あれれー? 一般人相手に騎士様が手も足も出てないぞー? あらあら、そういう鎧ってお高いんだろ? 泥つけて悪いな」
「貴っ様ぁあああああっ!」
真横に剣を振るってきたが、それは下がって避ける。振り切られた後の隙を突こうとしたが、思っていたより早く持ち直して切り返してきた。騎士ってけっこう強さにムラがあるんだよな。こういうことがあるから厄介だ。
さらに跳びずさったところでファイアボールの追撃を受ける。さくっと身を翻してそれを避けると、後ろで建物にぶつかったらしく火事だと騒ぐ声がした。しかし、騎士はさらに俺に襲いかかってくる。手加減した魔弾を頭にぶち込んでやってまたひっくり返したが、挟撃を仕掛けられていた。左右から剣を時間差で振るってくる。なかなか連携が上手じゃないか。
「よっ」
ムダだけど。
魔手をかけた右腕で片方を止め、無造作に薙ぎ払っておいた。そうして空いたスペースへ1歩踏み込んでおけば、もう片方の攻撃は届かなくなる。
「やめろ、レオン」
「……へいへい」
ばっちり小娘のことも忘れただろうというタイミングでマティアスが俺の後ろ襟を掴んで引っ張ってきた。両手を挙げて降参のポーズを見せておく。
「連れて行きたければそうしろ」
蹴飛ばされたり、転ばされたりした騎士達は俺を睨みつけてきた。
でもさっぱりビビりゃあしない。だって俺より弱いし。いいようにちょいと遊んでやっちゃったし、こっちは武器さえ使ってない。もうちょっと、たまにゃあ遊んでも良かったんだけど、マティアスを立てておくとしよう。
あれ、でも最初っからロビンとメーシャと一緒に、小娘を隠れさせておけば良かったんじゃね?
ま、いっか。失敗、失敗。たまにはこういうこともあるよな。
連行されていく間、ワッとか脅かしてやると騎士どもはその度にぎょっとしてきて笑ってやったら、後頭部を鉄製の篭手をつけている手で殴られた。ツバでも吐きつけてやろうかと思ったが、よしておいた。
とりあえずマティアスの近くにぶち込まれるだろう。
離ればなれになっちゃあ、連絡を取り合うのも面倒臭いというものだ。まあ、どう動くかをがっつり把握できるだろうし、と簡単に考えながら連行されていくと檻つき馬車に放り込まれた。しかも。
「あれ? マティアス?」
「キミが迂闊すぎるんだ……」
「え、嘘? 何で?」
マティアスは俺と一緒に馬車へ放り込まれることがなかった。
護送馬車が動き出す。
「ちょっ、嘘だろっ!?」
「元気でなレオン」
「諦めるな、マティア――――ス!!」
ドナドナされた。
どーなどーなーどーなー、レオンをのーせーてー。
どなどなどーなーどーなー、護送車ゆーれーるー。
しばらく子羊ごっこをした。
檻を両手で掴み、ああ、俺はどこへ連れて行かれるんだろうと哀れみを誘うような顔を作る。それを護送車を眺める善良な市民に見せて、悲劇の主人公気取り。
街を出ると見てくれる人もいなくなってつまらなくなった。
仕方ない、脱走するか。
子羊ごっこは終わりだな、出さしてもらおう。
「おーい、俺の罪状は何だ?」
「…………」
無視ですか、そうですか。
だったらこっちにも考えはあるさ。
「答えないっつーことはない、ってえわけだ。んじゃ、悪いけど俺はこの辺で」
檻を握った両手に魔手をかけ、曲げにかかる。飴みたいにぐにゃっと――曲げるつもりだったが、意外と棒は頑丈で護送車の天井と床が、棒を立てていた部分がバキバキッと壊れてしまった。まあ、結果オーライ。
「貴様っ――」
「でええええいっ!」
「んっ?」
騎士が音に気づいて振り返ってきたが、小娘が茂みから飛び出してきて騎士に攻撃をした。不意打ちで騎士がひとり見事に気絶させられる。しかし、護送するもうひとりはミリアムの姿を認めている。奇襲は通用しない。
とりあえず護送車の上に積まれていた荷物とニゲルコルヌを手にし、そこに胡座を組んで座って見守ることにした。小娘の視線が、後ろから騎士をやっつけろとばかりに俺へ訴えているが、俺はそんなの分からなーい。シオンに合格点ももらって、ちゃんとロビンに魔法戦も教わってるっつーんなら、騎士とやり合うくらいの成長を見せろよ、元クソザコクルセイダー様よぉ。
「っ……」
本格的に俺が介入するつもりがないと分かったのか、小娘は騎士をねめつけた。その意気だ、俺への不満は剣に込めとけ。
「……アクアスフィア!」
「速っ――」
おお、速い、速い。
騎士のアクアスフィアが小娘を包み込んだ。しかもけっこうあれはしっかりしてる。さすがに護送を任されるってことになると、しっかりしてんのか。完全に囚われちゃうと、あれはどうやって破ればいいんだか――と腰を上げかけたら、いきなり小娘を閉じ込めた水球が内部で渦を巻き始めて横に広がるように歪んだ。そのままバアンと弾ける。何したんだ、小娘は?
騎士もアクアスフィアを破られたことで僅かにたじろいだ。小娘が水を滴らせながら踏み込んで剣を振るうが、騎士も負けじと剣を振るってかち合う。かと思えば小娘の剣がすり抜けて、騎士の鎧の上から強かに打ちつけた。おいおい、あれってシオンの動きか? 体格差をものともせずに騎士を吹き飛ばしてしまうと、小娘が剣を勢いよく振り上げた。
「ロックサンド!」
「おいこらっ――!」
騎士は俺のいる護送車に背を打ちつけた。そこへ、土魔法が発動する。合掌でもするかのように左右から突き上がった土壁がプレスしにきたのだ。慌てて飛び退いたところで土壁同士が激しく激突をした。さすがにこれを食らえば鎧をつけてようが……。
「やたっ! どうどう、師匠。強くなったでしょ?」
ふふんっと得意そうに小娘が鼻を鳴らしながら胸を張った。が、最初に小娘が奇襲して倒していた騎士が頭を押さえながら起き上がろうとしている。完全にそっちは注意の外なようで、気がついてもいない。
「……まあ、何つーか、詰めが甘いよな」
「へっ?」
魔弾を撃って起き上がりかけていた騎士の頭を激しく揺らして倒しておいた。遅れて小娘が振り返り、それを見る。
「……アクアスフィア破ったよ!」
「あれどうやった?」
「ロビンに教わったんだ。力ずくで破れない時は、風魔法の応用で自分を捉えているアクアスフィアに水流を巻き起こして、内部から自壊させてやればいいんだ、って。球体に押しとどめておくのがアクアスフィアの難しいところだから……師匠、聞いてる?」
「最初の5秒くらいは聞いてた」
「何で最後まで聞かないの?」
「飽きた」
「ちょっと!」
「さて、マティアスんとこに戻るか」
「そっちからどうしてって言ってきたんだから、最後まで聞くのが礼儀っていうものじゃないんですかー? そうじゃないんですかあー?」
「はいはい、分かったから行くぞ、――ミリアム」
「あれっ? ……今、わたしの名前……」
置いてけぼりにして歩き出すと、後ろから小娘が追いかけてきた。
小娘呼ばわりできなくなるまであとどれくらいのもんかね、こりゃあ。




