不穏な動き
「ロビン、どうした?」
「何か……匂いがして」
「匂い?」
「うん、した。煙草……の匂い」
オルトの駒――だというラシードというやつと会った。
マレドミナ商会とレヴェルト領は取引をしているからそこに手紙を忍ばせて、オルトとのコンタクトを取ったのだ。マティアスがカノヴァス家を手に入れるために、ディオニスメリア国内の情報が欲しいという内容だった。その返事には、直接会うのは色々と監視もあって嫌だから、代わりのやつに情報提供をさせると書かれていた。
それが、ラシードという男だった。
変なやつだった。ロビンとメーシャが血の匂いがすると言って警戒したほどだった。だが話してみると、案外普通なやつという印象だった。わざわざ紙を持参し、それを読み上げるばかりだったが。何となく機械的な印象があった。
まあ、それはいいけど。
「ロビン、それはあのラシードから漂ったものではないんだな?」
「うん。匂いは一緒に近づいてきたけど……別人だと思う。メーシャはどうだった?」
「わたしも一緒。それに、先に煙草の方が離れていったし」
「……そうか」
「何か盗み聞きとかされちゃったんじゃない? 追いかけた方が良くない?」
「別に聴かれて困るほどのことは話してねえだろ。これだから小娘は……」
「小娘じゃありませんー」
「第三者がいた、ということか。ラシードはそんなこと口にしてもいなかったしな……。だが、警戒をするだけに留めておこう」
「そうだな」
最初はメーシャと小娘まで来るのは嫌だったが、意外とメーシャは有能だ。ロビンに教わったという魔法もなかなかのものだし、ロビンと同じで鼻が利いて耳も良い。最早、人力レーダーだ。近づいてくる不審なものを勝手に感知してくれる。
まだ小娘は使えるってとこを見せちゃくれねえが……。
それに5人となってしまったのでレストに乗ってくることができなかった。
結局、ジャルに船を曵かせながらディオニスメリアまで来た。どんな荒波も、船さえ転覆しなければ進めてしまうのだからジャルは便利だ。最悪、転覆してもしがみついておけば進めちゃうし。キツいだろうけど。
「メーシャ、帽子を取ったらダメだよ。あと、尻尾もちゃんと隠しておいてね」
「分かってるよ」
「僕らが獣人族だって知られたら……マティアスくん達にも迷惑かけちゃうんだから、気をつけるんだよ」
「いいって、文句言うやつはぶっ飛ばすだけだ」
「それで目立ってどうするという話だ」
「この国って、そんなに迫害激しいの?」
「お前んとこだって、一部にしか住まわせてなかったんだろ。目くそ鼻くそだ」
「でも彼らにはちゃんと役目を与えてたし、不当な迫害はダメだっていう教えもあったんだから」
「役目?」
「ヘスティル山の守護とか。あとは、炭坑労働とか」
「都合よく使ってるだけじゃねえか……。奴隷みたいなもんだろ、そんなもん」
5人での移動は馬を使っている。
3頭ほど用意し、俺と小娘、ロビンとメーシャの2人で1頭。マティアスはひとりだけで乗っている。
ラシードからはカノヴァス家とボーデンフォーチュ家の婚姻による、貴族達のスタンスを教えてもらえた。表立って賛成するもの、反対するもの。水面下で婚姻を邪魔しようとしている者と、それを食い止めている者。その貴族達の名前。
それから、この水面下の争いによって生じている問題などだ。具体的には、反対するんなら関税をバカみたいにかけて成り立たなくさせてやるぞ、ということなんかをしてるやつとか、そっちがそういうことするんなら交通に必要不可欠な橋を通行止めにしてやんよ、とか。そういう応酬なんかもあるらしい。
「これは少々、やりすぎている感じがある。変だ」
マティアスはひとしきり話を聞いて、自分の中で整理をつけてからそう言った。
「どう、変なんだ?」
「やり方が激しすぎる。これでは領民の反発も起きかねない。それに、ラシードとの待ち合わせ場所まで行くのも一苦労だったろう」
「超面倒臭かったよな。前は銅貨10枚で渡れてたとこが銀貨2枚とか。あとは身分証明とか。持ってて良かったぜ、レヴェルトの短剣」
関所なんかの交通の監視や、取り締まりが強化されていた。
マティアスは不用意に身分を明かすと、カノヴァス陣営――マティアスの親父の陣営だな――に存在を知られかねないということだったので、俺がレヴェルトの短剣を見せつけて、不問で通せと強攻突破をはかった。それでも通用しそうになかったところもあったが、そういう時は袖の下を使った。
あくまで、関所を守っているのは誰かに命じられて使われている側だから、金さえこっそり渡しておけばよっぽど生真面目なやつでなければ通過をさせてくれる。しかも、収賄を隠すために俺達が通ったという記録も残さないでやってくれるんだから都合がいい。
金は減るが。
しかし、それをマティアスは奇妙だと言う。
「確かに人や物の出入りを厳しくして、敵対勢力の身動きを封じようという考えは分かる。しかし、そのやり口がこれでは乱暴極まりないと言える。まるで、徹底的に人の移動を阻害していようとしているかのようだ。いや、人の出入りの阻害というか……」
何やら考えはまとまっていないようだった。
しかし、移動をすると変なことにまた直面した。ある関所が、これまで通ってきた場所と違ってゆるゆるだったのだ。しかも、そこから出ようとなるとまた厳しくなる。何か思いついたマティアスが、別の関所を探して通過しようとすると、そこはまた緩かった。
「意図的に旅人の通るルートを制限しているのかも知れない」
「ルートを制限?」
「どこをどう通るのか、強制してるっていうこと?」
「そうだ。しかし、そんなことをしてどうなるんだ……?」
普通に考えれば、誘導すれば用意しといた罠にハメやすい――とかだろうけど。旅人や行商人なんかを罠にハメてどうしようってんだ。
「ねえ、それってどうするの? そのまま、誘導されたら良くないんじゃない?」
「……何を企んでいるのか探りたい。あえて、誘導されるままに進んでみよう」
「んなことしてる時間あるのか? もうすぐ年が明けて、そしたら戴冠式ってのがあるんだろ? それが終わったら、いよいよ貴族の結婚解禁……」
「まだ時間はある」
ディオニスメリアは冬になろうとしていた。
ずっとあったかいエンセーラムにいたせいか、やたらに寒く感じてしまう。元気になってきたのは小娘だった。ヴラスウォーレンは寒い気候だったし、暑いより寒い方がいいのかも知れない。
俺には理解不能。
普通に考えてあったかいとこのがいいだろう。そりゃあ、虫とかはデカくてえげつないキモさのが出てきたりはするけども。
ゆるい関所を選んで旅を進んでいくと、エレキアーラに近づいていたことが判明した。やたら遠回りをさせられる順路で。
「意図は分からないが……エレキアーラに人を集めたい、ということだな」
「お前の親父の差し金か?」
「だろうな」
「マティアスくん、疑問があるんだけど……マティアスくんは、どうやってカノヴァス家の実権を手に入れるつもりなの?」
「失脚させる。僕はトヴィスレヴィ第一王子殿下の使節団に同行した功績で、王都では名が売れている。誰もが僕がカノヴァスの後継者だと分かっていたはずだ。だと言うのに、僕を追い出したのは僕を怖れたからだ。事実、父は僕を意のままに操れぬと知って見切りをつけたと言って問題ない。
そこにつけこみ、僕は父の野望を誇張して粗探しをしてでも悪事を暴いて、それを見せびらかすさ。騒ぎが大きくなれば騎士団の第二大隊が出ざるを得ない。そこにはガルニもいて、あいつもそれなりに出世をしているから僕の思うままに父を更迭してくれるはずだ。ステラとボーデンフォーチュ次男の婚姻が成立する前であれば、長男である僕が領主を代行することができる。それで婚約を破棄させれば、めでたしということになる」
子どもが親の失脚を狙うとかどうなんだ……?
まあ、今さらか。お貴族様ってのはそういうのが普通なんだろうし、先にマティアスを裏切ったのは、親父の方なんだろうし。
因果応報だな。合掌。
「にしても……粗探ししてでも悪事を暴くって、大丈夫か?」
「腐るほどあるさ」
「……そういうもんか」
「ああ」
エレキアーラにほど近い街に到着をし、宿に泊まった。男どもで1部屋、女で1部屋。すでにカノヴァス領。マティアスの顔も割れている可能性がかなり高いということで、宿に泊まりながらも夜は交替で見張りをすることになった。




