張るオッサン
カノヴァス家の娘とボーデンフォーチュ家の次男坊が婚約するという噂がある。
両家の繋がりが強くなって力が強くなれば、ディオニスメリア南部は牛耳られる可能性が高くなる。それに反発し、他の貴族が争いを起こすだろう。水面下ではすでに始まっているようだが、これが武力衝突になる可能性も高い。
最悪のケースを想定すれば、大規模な内乱だ。
ただでさえ、バルドポルメがクーデターを起こしてからようやく、国としてまとまりを見せてきているというのに。内乱に乗じて攻め込まれでもしたら王国の危機となる。
「良くない感じねえ……」
「はい。恐らく、カノヴァスの長男も時期を見て行動を起こすでしょう」
「荒れるな、こりゃあ……」
オッサンもう年なんだから、こういうのよしてほしい。
「ヴィクトル、どうしましょう?」
「アンシュちゃん、チャパルクヤスまで行ってもらえる?」
「チャパルクヤス……ですか?」
「頼むよ、できんでしょ?」
「……分かりました」
アンシュちゃんが姿を消した。アンシュちゃんの内偵能力は高い。
他国の首都というような場所でも侵入して信頼度の高い情報を持ち帰ってきてくれるはずだ。
また戦争なんかになったら最悪だが、その前に内乱も止めなきゃあいけない。ボーデンフォーチュ卿には前々から黒い噂がつきまとっているし、それがカノヴァスと手を組みでもしたらどうなることやら。カノヴァスの現当主だって野心に溢れすぎている。ボーデンフォーチュ卿にそそのかされたら、という線もある。
手始めにレヴェルト卿を抑え込もうとするのかね。
レヴェルト卿が封じられてしまったら王国南部ではもう止められる大領主がいない。そうなればレヴェルト卿と繋がりのある、国内各地の貴族が動員されかねない。それに紛れて、権力拡大を図るバカも入り込んできたら収拾をつけられるかどうか。
「……閣下はご存知でしたかい? カノヴァスとボーデンフォーチュが、手を結ぼうとしてた、なんて」
「いや」
ブレイズフォード邸の執務室。
団長閣下はそこで机に向かい、俺は外の外壁に寄りかかっている。これが、団長閣下とヴィクトルの関係だ。踏み込まぬ壁1枚を隔てて、顔も背けながら会話をするというのが。
「とりあえず部下をチャパルクヤスに送っときやした」
「それでいい」
「んで、閣下はどうなされるおつもりで?」
煙草に火を点け、煙を空に吐き出す。
「カノヴァスの長男の動きはどうなっている?」
「エンセーラムに行ったきり、戻ってきちゃあいないようっすね」
「……エンセーラムか。どこに来るか掴みにくいな」
おうおう、よくご存知で。
元少年が度々、ワイバーンに乗ってディオニスメリアへ来ているというのを知ってるとは。俺だって牛からのたれ込みで知ったことだってのに、一体どこで知ったんだか。
ワイバーンで空から来られちゃあ、動きを掴むのは困難。海から来ると分かりゃあ情報網をあらかじめ敷くこともできるが……。
「……レヴェルト卿には協力者がいたな」
「ペラゴン卿と、怪傑ラシードっつーのがいましたねえ」
レヴェルト卿が首を突っ込む時にいつも暗躍をさせている2人。
ペラゴン卿は頭がキレるが、いつもレヴェルト卿に一杯食わされて動かされている。怪傑ラシードはペラゴン卿の従者だということに表向きはなっているが、あれはレヴェルト卿子飼いの暗殺者だ。怪傑という二つ名まで持ってしまっている、殺しのスペシャリスト。しかもアンシュちゃんと同じで魔人族の血が混じっていて、見た目は人間族そのものなのに老化が穏やかだというやつだ。
この2人で一組の駒と、エルフの姉弟である従者を用いてレヴェルト卿はいつも色々なところへちょっかいを出している。元少年も一度はレヴェルト卿にそういうことをやらされたようだが、そっちへ行かなくて良かったと思える。
「レヴェルト卿もこの件には動かざるを得ないはずだ。ペラゴン卿を見張り、動向を探って対処しろ。内乱を起こさせるな」
「あいあい、了解っす」
「それと」
「まだ何か?」
「マティアス・カノヴァスを見つけたら、それを監視しろ」
「つまり、閣下はそれを次の当主にしちまっていいってことで?」
「逆だ。あの男は追放する」
「……そりゃまた、理由が読めませんな」
「お前の知る必要はない」
「……さいでっか」
煙草を投げ捨ててブレイズフォード邸を出る。
マティアス・カノヴァスを追放――ね。やれやれ、そんなに娘をやるのが嫌か。そいつは公私混同って言うんじゃあないかね。まあ、俺にゃあ意見する権限なんてないんだけども……。
ペラゴン伯の治めるペラゴン領はディオニスメリア東部にある。森林資源には乏しいがその分だけ、多くの耕作地を擁してレヴェルト領に次ぐ食料自給率を誇る。
それに、ペラゴンの葡萄酒はうまい。毎年、葡萄酒の品評会を領内で開催することで競争をさせている。1回だけ紛れ込んだことはあったが、どれもこれも甲乙つけがたい葡萄酒だらけだった。
品評会で選ばれた葡萄酒の生産者は特別報酬を与えられるということもあって、さらに質の高いものを作るのだ。
気難しくて偏屈なペラゴン卿だが、葡萄酒に関してだけは誰もが一目を置く。
そんなペラゴン卿の屋敷の監視を始めると、数日でレヴェルト卿のところから遣わされたエルフの使者が訪れた。いきなり大当たり。さっすがは団長閣下殿だこと。盗聴を試みたが、エルフ相手に魔法で小細工をするのは愚策でしかない。
だからこっそり、ペラゴン卿の屋敷へ忍び込ませてもらった。
書簡を見つけると、案の定、暗号になっている。
さすがにレヴェルト卿は用心深いが、頭をひねれば規則性が見つかった。
しかし、その内容は小麦を備蓄しておけという助言だった。
小麦。食糧難に備えておけ、ということか。そりゃあ内乱だのになれば、食い物に困ることもありそうなものだ。しかし、ただそれだけというのも、どうにも怪しい。見つからぬ内に屋敷を失礼しておいた。
しばらく見張っても動きはなかった。
ハズレかも知れないが、こののんびりした監視の日々は休暇と思うことにして待っておいた。
たまにペラゴン卿は外出もしたが、葡萄畑の視察や、試飲ばかりだった。怪傑ラシードの姿はどれだけ監視しても見つからなかった。もしかすれば、怪傑ラシードだけ動いているのかも知れないが、掴んでいる情報によればやつは頭が回らないから、動く時は必ずペラゴン卿と一緒のはず。
どういうことだかとさらに待つと、屋敷からやっと怪傑ラシードの姿が見えた。馬に跨がって出かけていくのを尾行すると、人気のない林に入って行く。気配を隠しながらさらについて行くと――そこには5人組がいた。
「……おっきくなったねえ」
元少年、マティアス・カノヴァス、ロビン・コルトー……までは分かる。元少年の学院時代の親しくしていていた相手だ。それに加え、金狼族の女の子と、人間族の女の子がいた。
確認したとこで、ヤバいのを感じる。金狼族はやたらに鼻が聞く。一説では親しい相手の体調さえ匂いで嗅ぎ分けてしまうとか何とか。こりゃあ、オッサンでも尾行するのはできない。しかし、本当にやって来てしまった。
アンシュちゃんさえいれば、代わりに尾行を頼めたんだが、残念。
こいつは手に負えないから気づかれる前に退散をしておいた。金狼族の鼻をごまかす準備はしてないんだから仕方ない。




