これからのこと
「思ったんだが、この国は不用心すぎやしないか?」
「そうか?」
「んー……まあ、不用心と言うか、まだまだ足りないものが多すぎるんですよねえ」
折角だから、とマティアスとマオライアスを王宮に泊めてやっている。部屋は有り余っているし、マノンも掃除ばかりに追われてメイドじゃなくて掃除のおばちゃ――お姉さんみたいに見えてしまったから、たまには客をもてなさせてやった方がいいだろうと思った。で、その席にリアンもやって来た。
「この宮殿の警備だってどうなってるんだ?」
「別に忍び込まれても、持ってかれて困るもんなんて私物ばっかだし……」
「こほんっ……陛下、お言葉ですがこの宮殿には民から集めた税金も集めてありますし、王宮に盗人が入って窃盗に遭うなんて恥も良いところですよ」
「そうだ。それに良からぬことを企む輩が島に入り込んでくる、ということだって考えられるだろう」
「なさそうだけどな……。毒気抜かれるだろ、この島に来たら。ほらっ、俺のことをさ、俺が3歳の時に誘拐したボリスっつーのがいるんだけど、そいつも今はすっかり丸くなって家族仲良く――」
「レオン、甘く見すぎだ。何かあってからでは遅いだろう。僕はマオライアスをここへ預かってもらうつもりでもいる。そこがこんなに緩い警備状況では安心できない」
「……警備なら、イザークいるし」
「僕が入って行っても音沙汰なかったぞ」
「何かあっても周りは海だらけだぜ? そうそう逃げられねえよ」
「自分の子が誘拐される可能性も考慮していないのか?」
フィリアの食事にかかりきりだったエノラが顔を上げた。
「……それは、良くないな」
そういうわけで、島の若い男衆に有事の際は戦えるよう指導することとなった。将来的にはちゃんとしたエンセーラム王国の軍隊を持つ、という方向性だが、一応だ。兵役なんてことにまでいくと物騒でヤダなあとも思うのだが、けっこうそれがグローバルなスタンダードらしい。
何かあれば住民全員で対処。そういう共同体が基本だから、いざ戦いとなればそれは最悪のことだが訓練を施すくらいは別に反感を買うこともないだろうと。むしろ、今までそれを後回しにしてきたことをマティアスにちくちく言われた。
だって、俺がいりゃどうにかなるだろうと思う。
俺以外にもリュカとかロビンとか、シオンも戦えるし、リアンもいるんだし、困りはしないだろうと。
甘いってマティアスにはばっさり言い切られたけど。
でも訓練なんてどうすればいいんだ、と当然のように思い至った。
が、リアンがマティアスをうまいこと言い包めてくれて、滞在中に鍛えてやってくれや、よろしくぅ、ということになった。マティアスがちゃんとできるのか不安だったが、俺の結婚式にもやって来たクセリニアのドードテルドとかいう国の兵士に、短期間だが特訓を施して一応の効果を叩き出させたとかいう鬼教官の経験があるらしい。リアンに聞いた。
そりゃあ頼もしいと思って、最初の訓練日に見学へ行った。
「まずは遠泳だ。それから走り込んでもらう。基礎体力は必須だ、弱音は吐くな。弱気な言葉を口にした分だけ、苦しみは増えるものと知れ。では、遠泳、開始!」
めっちゃくちゃスパルタだった。
アメとムチ作戦を取ることにして、訓練の後にはうまいメシを振る舞ってやれとイザークに命じ、俺はその食材確保のために漁へ出た。キャスも漁を手伝ってくれた。
遠泳の後、走り込み。
そこで休憩を挟み、マティアスは基本的な武器の扱いなんかをスパルタで教えていった。
大体、5時間くらいの訓練だった。
それが済んで、へとへとでマティアスに対して憎しみめいたものさえ抱いた島民には労いの食事をたんまり食べさせておいた。濃いめの味つけの料理が、これまたうまい。砂糖をたっぷり使った甘い菓子までイザークは作っていた。ほんとに何でもできるやつだ。
「きょーかん殿、ちっと厳しすぎるんじゃねえの?」
島民が解散したところでマティアスのところへ行って声をかけた。遠泳も走り込みを先頭を切って一緒にやっていたはずなのに、あまり疲れているようには見えなかった。
「ぬるい環境で何をしたって身につかんだろう」
「つっても……あそこまで、ひいひい言わせちゃってるの見るとなあ。お前のこと、めちゃくちゃ睨んでたぞ?」
「別にそれでいいさ」
「何でだよ?」
「何事も敵のいた方が張り合いが生まれるだろう。僕がその敵役となって、彼らの結束を強固にできるのなら安いものだ」
「……お前、よく考えてんだな」
「当然さ、僕を誰だと思ってる?」
「ただのマティアスだろ?」
「……それを言うな。すぐだ、すぐ取り戻して返り咲いてやるさ」
「でなきゃ……ミシェーラと結婚もできねえ、って?」
「そうだ」
「……それさえなきゃあ、全面的に協力してやってもいいかなって思えんのに……。諦めて、もうここに骨埋めろよ。ほら、ロビンの妹のメーシャ、会ったか? お前のこと好きだとさ」
「出会い頭に首筋を噛まれたよ。しかも何故かその後にロビンが思い出したように僕へアクアスフィアをかましてきて……ロビンのあれは破れないから死ぬかと思った……」
そう言えば、マティアスに会ったらアクアスフィアやっちまえ、って言ってたけど……今の今まで完璧に忘れてた。まあいい、ざまあみろ、だ。あんなかわいい尻尾を持った女の子に噛まれるなんてご褒美以外の何ものでもないだろう。
「んで……お前、いつ行くんだ?」
「もうしばらく過ごしてから向かうさ」
「……レストで送ってやろうか? ディオニスメリアなら、3日で着くぞ」
「本当か?」
「ああ」
「そうか……。なら、それで頼む」
「ちなみにジャルに曵かせれば、うちの船ならジェニスーザ・ポートまで25日」
「すごいな? 何だ、その速度は? 片道でジェニスーザ・ポートからここまで40日はかかったのに」
「ダテに貿易の国じゃねえだろ?」
「と言うか、ワイバーンを手懐けたキミが何より恐ろしい……」
「ハッハッハ、そうだろう、そうだろう」
誉められて嬉しくない道理がない。
そんなわけでマティアスの滞在日数が増えて、ちゃんと訓練期間を長引かせることに成功した。マティアスがいなくなる前に、ちゃんと教官を用意しなければ。
マティアスは、何だかんだで優秀なやつだ。
7日に1度の訓練では鬼教官となる。マティアスの目論み通り、回を重ねるごとにヘイトはマティアスに向けられていき、何だか団結力が上がっていた。本気で嫌いはしないでくれよと祈っておいた。
学校でも上のクラスの授業の進みがけっこう速くてどうしたもんかと考えた時、1日くらいマティアスに任せちまえと呼びつけてやってもらった。なかなか好評で、マティアスの言動をマネるマティアスごっこなるものが4日くらい学校でブームになるほどだった。
そして。
「決めたんだ。これからの、こと」
ロビンに話があるから、と呼ばれた。
ロビンハウスに、俺、マティアス、ロビン、リアンの4人が集まった。
「レオン」
「おう」
この面子から見て、身の振り方を決めたということだろう。
マティアスのところに仕えるのをやめ、リアンと一緒にこの国で暮らしていくのか。
マティアスのところへ仕えに行き、リアンとのことは諦めるのか。もしくは、リアンを強奪していくのか。
「……魔法士として、僕はこの国で生計を立てるよ」
「マティアスの魔法士になるってのは……どうするんだ?」
「それで僕は問題ない。僕のせいで振り回させてすまなかったな」
「いえ、謝るべき者はいないでしょう。どうしても悪者を決めねばならないのなら、わたしですよ」
ロビンは残留、か。
俺はそれでも助かるからいいが、マティアスからすりゃあ惜しくないとは言えないだろう。
「だけど、それはもうちょっと先のことにさせて」
「ん?」
「どういうことだ、ロビン?」
「マティアスくんの問題が片づくまでは、協力するよ。ずっと待ってたんだから、それくらいさせてくれなきゃ僕の気が収まらないもの。リアンも分かってくれたし……」
「ええ。ただし、ちゃんと返してくださいよ? 婚約早々未亡人なんてなりたくないですから」
「いや……だが、散々、キミ達はどうなるかも分からないで――」
「水臭いこと言わないでいいんだよ、マティアスくん。友達でしょ?」
「ロビン……」
よしよし、だったらサクッと片づけてもらわねえとな。
ロビンの尻尾はもう十年近く触れられてないけど、目に見えるだけで幸せになれるんだ。
「んじゃ、俺も行くわ。そうすりゃ、早く終わるかも知れないだろ?」
「レオン?」
「リアン、そん時は留守頼むわ」
「よろしいんですか? エノラさんが何と仰るか……」
「分かってくれるって。それにマティアスは俺の友達でもあるんだぜ? なっ?」
「不本意だがな」
それに、ミシェーラ姉ちゃんとも会いたい。
ディオニスメリアでエドヴァルドとは顔を合わせたくはないが、合わなきゃいいだけのことだ。マノンもイザークもこっちに来て元気でやってるって教えてやりてえし。
そうして俺達は3人でディオニスメリアへ行くことになった、のだが。
「わたしも行く! いいでしょ、ロビンっ? ね、いいよね、マティアス?」
「いや、ええ……メーシャ、そんなの危ないよ……?」
「大丈夫だもん、ロビンにいっぱい魔法教わったし、わたしだって金狼族なんだよ」
メーシャが行くと言い出して。
「師匠、わたしもついてくからよろしくね」
「来るな、小娘」
「小娘じゃありません〜。今はもうシオンに合格点もらって、リュカにも教わってるんだし、師匠らしいことたまにはちゃんとしてよ! 勉強を子ども達に教えるためにくっついてきたんじゃないんだから!」
小娘まで来るとか言い出してしまった。




