力になりたい
「いいだろ? 作らせたんだ、でっけえ風呂。しかも、オーシャンビュー! こうやって海を眺めながらさ、素っ裸で、でっけえ風呂に浸かって……幸せだ」
「暑い……」
「うん、暑い……」
風情の分からない連中め。
折角、俺の自慢の宮殿の大浴場を使わせてやってるっつーのに。露天風呂だぞ、オーシャンビューだぞ。どうしてこの良さが分からないかね。お湯に浸かるって文化がそもそもこいつらになかったからか? そうかもな、きっとそうだ。
「……眺めはいいが、いかんせん、暑い。汗が止まらない」
「ぜーんぶの毛穴から、汗を流しきるんだよ。すっきりさっぱりするんだぞ」
でっかい浴槽の縁にマティアスが座った。足だけが湯に浸かっている状態だ。
「僕、沐浴とかは好きだけど……こんなに暑いお湯だと、ちょっと……」
ぶるぶるっとロビンが犬みたいに体を震わせ、水滴を飛ばした。ほんとにもうわんこだな、こいつは。しかし、尻尾が湯に浸かるとすっげえボリュームがなくなる。あれが尻尾の本体かと思うとちょっちエロいかも知れな――いかんいかん、俺は何を考えてる。
昨日はかなり飲んだ。
マティアスの野郎が俺に対抗するようにガバガバ飲むから、俺も負けじと飲みまくってバカみたいな飲み方になってしまった。ひとしきり騒いだ。しっかり記憶がある。
起き出してから二日酔いに苦しめられて、マティアスとロビンを風呂に誘ったわけだ。水をどんだけ飲んだって、アルコールも抜けなかった。だったら汗と一緒に出してしまえば少しはさっぱりするだろうと、そういう浅はかな考えだ。案外悪くない。朝風呂最高。もう昼なんだけど。
「ロビン」
「うん?」
「僕のとこへは来なくていい」
海を眺めてたらマティアスが言った。
「へっ……?」
「そうすればリアンとここで暮らせるだろう……。そうしろ」
ロビンはほうけたようにマティアスを凝視する。
「で、でもっ……それじゃあ、約束……」
「今さらだろう……。大丈夫だ、ロビン。僕だぞ?
キミの助けがあれば心強いが、なくてもやれないことはない」
「今さらって、こっちこそ今さらだよ。だって……ずっとマティアスくんは僕のこと誘ってくれてて、だから僕だって……マティアスくんに必要とされるのが嬉しかったし、そうしようって思えたのに」
「キミにはここでの暮らしの方が似合ってるさ。ディオニスメリアは人間族以外への差別も激しいし、キミだって嫌な思いをさせられることもあるだろう。まして僕は……これから、領主の座を奪いに戦うことになる。そんなの、キミには似合わない」
マティアスが立った。隠すべきものなどないとばかりに堂々と背筋を伸ばしたまま、暑いと言いながらもちゃんと湯船の中のロビンを見下ろす。
「友の幸せのためだ、惜しくはない。本当のことだ。……僕は先に上がらせてもらう」
フルチンのまま、堂々とマティアスは浴室を出ていった。
あれだな。全裸って、全然、格好つかねえのな。いやー、マティアスのかっこつけがいつもの20倍は薄ら寒い。
「…………」
ちらっと、ロビンを見る。
お湯の中だと尻尾の動きも鈍いのか、尻尾から心境を読み取れない。
「ロビン……どうした?」
「だっていきなりあんなこと言われたって……困るよ……」
「困るのかよ?」
「マティアスくんが来るなって言うんなら、確かに……ずっとここにいられるよ。だけどそれって、マティアスくんはどうなの? ずっとマティアスくんはミシェーラのことが好きで、やっとプロポーズもしたんでしょう? だけどマティアスくんが、貴族としての立場をまた取り戻さなきゃ……きっと、ミシェーラがオーケーしたって結婚できない。貴族同士の結婚って、そういうことなんだろうし……」
俺は別に、それでもいいかなーとか思っちゃうんだけど……。
「だったら……ここで僕が助けてあげなきゃ、ダメだと思う……。なのに、あんなこと言って……」
ばしゃん、と尻尾がお湯の中から出て水面を叩き、また沈んでいった。なるほど、ロビンの尻尾は腰の下、尻の割れ目のちょい上くらいから生えてたのか。しっかし、やっぱり水を吸うと尻尾がすごいことになるな。もふもふの尻尾で覆われたタイプの尻尾だからぐっしょぐしょだ。
「……ねえレオン」
「ん?」
「やっぱり僕は……マティアスくんの力になりたいよ」
「そっか……」
「うん……」
まあ、そうだよなあ。
「んじゃ、力になってやれよ。……でも、あいつの専属魔法士になる以外にも、そういうことってできねえの?」
「え……?」
「呼ばれりゃあ駆けつけるって言うの? そういう形でもいいじゃんか。普段はここにいてさ、呼ばれりゃあレストも貸してやるから、颯爽と行って助けてやれよ」
風呂を上がってから、マティアスに自慢の俺の子を見せてやった。
フィリアは相変わらずふてぶてしくて、俺には何故かさっぱり懐かないし、俺がいると喋ろうともしない。が、マティアスが構おうとするとパッと逃げてロビンの尻尾へ飛びついていった。
振られたマティアスにはざまあと言ってやった。
そして、フィリアの弟。2人目の子も見せてやった。
名前はディートハルトと名づけられた。俺からちょっぴりもじって考えてみた、とかエノラに言われたらもう、それでいこうとしか言えなかった。ディーと呼んでいる。
かわいいんだ、こいつがまた。ディー、天使。超、天使。
Dと言えばレだけど。まあいい。何、意味が分からないって? いいのさ、そんなこと。
ディーもまた、人間族と魔人族のハーフとして生まれてきた。人間族にはあり得ない、青い髪の毛と、人間族の皮膚の色。エノラ曰く、こんなことがあるなんて謎すぎる、などと言っていた。よっぽどハーフってのは珍しいんだろう。思い起こしてみれば、確かに俺も自分の子以外は見たことがない。よっぽど俺とエノラの遺伝子が相容れないか、相容れすぎちゃってて2つの特徴が出ちゃってるってことだ。きっと後者だな、うん。
「忘れていたが、キミ達に土産だ。土産と言うか、祝いの品だ。受け取ってくれ」
「おっ、気が利くじゃんか」
マティアスが何かくれて開封してみると、スカーフが何枚か入っていた。スカーフ、スカーフかー。うん、うん……。
「それはエレキアーラでも有名で、ラーゴアルダの貴族がステータスとして――」
「ほれフィリア、マティアスおじちゃんがスカーフくれたぞー」
「おじちゃん呼ばわりするなっ!」
「やっ」
「やっ、てさ、マティアス。持ち帰れ」
「持ち帰るはずないだろうっ!」
「あ、ディーのよだれ拭きにいいんじゃね?」
「身だしなみに使え、身だしなみに」
「フィリアちゃん、これ、折角くれたんだから巻いてみよう? ね?」
「……うん」
ロビンの言うことは聞くのな……。
とりあえず首に簡単に巻いたところを見ると、これがまあかわいいの何のって。牧場スタイルっつーの? わんこの首とかに巻くバンダナと似たような、そういう感じの巻き方。すっかり女の子みたいで、ロビンが水魔法で鏡みたいなのを作って姿見にするとその前でくるくる回ってスカーフをいじいじしたりしちゃったりして、マジ天使。フィリアかわいいぞ、フィリア。
「本当はもっと色々と持ってきたかったんだが、ごたごたしてしまったからな。すまない」
「くれるだけでいいって」
「いざとなれば売って金にできる。大切な財産」
「売る前提なのか、エノラ……」
「しっかり者の嫁だろっ?」
おい、どうしてロビンと揃ってため息をつく?
「ディートハルトはまだまだ赤ん坊か……。レオン、あまり姿を見せない方がいいんじゃないか? 悪影響かも知れない」
「おいこら」
「いや、レオンハルトは悪影響を与えない」
「エノラっ……やっぱりお前は――」
「むしろフィリアは生後半年くらいの時からレオンハルトが姿を消したからこうなってしまったと言えるかも知れない」
「あ、根に持ってたの、そこ……?」
フォローかと思えばフォローじゃないっていう、この肩透かしのがっくり感。
「……しかし、ちゃんと家族をやってるんだな……」
「何をしみじみ言ってんだよ?」
「キミはずっと育ての親の漁師に育てられてきたんだろう? なのに、今こうして妻を迎えて、子どもを2人もうけてる姿を見てると……」
確かに天涯孤独感はあったのかも知れないけど……。
俺、別にそんな、家族のぬくもりなんて知りません、ってキャラじゃあなかった気がするんだよな。なのに何でマティアスくんよ、そんなしんみり言うんだよ。
お前センチメンタルかよ、センチメンタルなのかよ、お前は。
「お前だってもう子持ちだろ」
「……一応、な」
何故かため息混じりにマティアスは答えた。




