握手の意味は変わらずに
ディオニスメリア王が崩御したことで、国内の全貴族は喪に服さなければならない。となれば、結婚などの祝いごとも控える必要があった。年が明けてからシグネアーダ殿下が戴冠し、新王となられるまでは。
だからミシェーラには、その時になったら返事を聞きたいと伝えておいた。
時間がかかる。しかし、その間に僕も自分の問題を片づけなければならなかった。必要な時間だ。
「うーみーはー、ひろーいーよー♪」
「何だ、その歌は?」
「うみのおうた! リュカにおしえたもった!」
ジェニスーザ・ポートに到着し、ダイアンシア・ポート行きの船を待つ間、1日待たなければならなかった。宿を取ってからマオライアスを連れて港に赴き、海を見せると変な歌を口ずさんだ。海の歌、か。そうか。リュカに教わった、ということは元々はレオンらへんが作った歌なんだろうな。
マオライアスは父の教育を受けていなかった。
何から何までメイドに身の回りのことをさせて、剣も一度も持たせたことはなかったらしい。
完全に僕を牽制するための道具とみなし、余計なことを教えなかったんだろう。良かったような、良くなかったような。
しかしマオライアスは自分で思っていたより、かわいく思えた。とても小さい。無邪気で、それが愛らしい。もっと早く迎えに来ていれば良かった。
馬で移動をしたが、乗せてやると大はしゃぎだった。馬の世話をしていると、僕の周りをちょろちょろ歩き回っては手伝いをしたがった。野宿にはあまり抵抗もなかったようだ。リュカとともに遥々ジョアバナーサから旅してきたから、なんだろうか。あいつと会ったら、何か礼をしておこう。
船旅の間、マオライアスと遊んだ。
本を読んでもらうのが好きなようだった。子ども用の本を読み聞かせた。
また、男の子らしく英雄ごっこも好きなようだった。僕が剣を振って見せると目を輝かせていたから、持たせてやったが重くて持てないようだった。それでも持ち上げようとする姿がほほえましく、見ていて飽きなかった。
そうして遊んでいると、ジェニスーザ・ポートまでの船旅もあっという間だった。ダイアンシア・ポートからレオンの国にどう行けば良いのかと悩みかけたが、すぐにエンセーラム王国行きの船が見つかった。何でも、その国で作った船で航行をしているらしい。
乗り込んでから少し船内をマオライアスと見て回ったが、船そのものの造りも良いが、施された魔法的機構が見事なものだった。そのせいか、船は速かった。風がなくともグングンと進む。
マオライアスと舳先に立つと、海風が心地よかった。
そして、ようやくエンセーラム王国に降り立った。
港はそこまで広く立派なわけではない。田舎の漁村より、少し立派――というような程度だった。しかし、人々には活気があった。人間族だけでなく、獣人族がいる。魔人族もいた。
日差しが強く暑い。しかしカラッとした心地の良いものだった。
マオライアスと手を繋ぎながら港を歩けば、案内板があった。これは観光客向けらしい。今いるところがトト島だという。それから、3つの主要な島がある。ユーリエ島、トウキビ島、ベリル島。これは、確か女の子がよく好むお話の登場人物の名詞ではなかったか。
トウキビなるものはよくわからないが。
「さて……レオンはどこにいるのや――」
「あ、リュカっ!!」
案内板から目を外したところでマオライアスが僕の手を払って走り出していた。その先を目で追うと、お腹をさすりながら食堂らしい店から出てきた青年――リュカがいる。
リュカ?
あれが?
大きくなったな。
「マオ……? マオっ、何でっ?」
リュカが素っ頓狂な声を上げ、走ってきたマオライアスを抱き上げた。
そこへ歩いていくと、リュカが僕を見る。
「やあ、リュカ。元気か?」
「あ、マティアス」
「あ、とは何だ」
「何でいるの?」
「キミはあまり変わらないようだな……。マオライアスをジョアバナーサから連れて行ってくれたことに礼を言おう。ありがとう」
「うん」
「で、レオンはどこにいる?」
「レオンは学校」
「学校? ……そうか、ロビンは?」
「ロビンは……知らないけど、島にはいるよ」
「リアンはいるのか?」
「リアンなら多分、王宮」
「王宮……。エノラは?」
「エノラも」
「……そうか。じゃあリュカ、まずは王宮まで案内してくれないか?」
「俺ちょっと今忙しいからごめん。水夫に言えば乗せてってくれるから、そうして」
マオライアスを降ろすとリュカは頭を撫でて、あとでと言い聞かせてから行ってしまった。リュカが忙しいとは……成長したな。ちょっとは。
水夫というのはすぐ見つかった。島を行き来する小舟の船頭だ。てっきり、金を支払うのかと思えば乗せる人からはもらっていないと言う。国から決まった給金が支払われているということだ。
ベリル島に行ってくれと言ったら、目を大きくされた。
「あそこは見るものなんてほとんどありゃあしませんよ?」
「ほとんど、ということは多少はあるのだろう?」
「まあ……王宮や、礼拝堂なんかはあるけど、あとは迎賓館と、音楽ホールくらいのもんで。ちょっと外から眺めて終わりみたいな場所で」
「なるほど、レオンらしい……」
「レオン? もしかしてあんた……お知り合いで?」
「ああ。あいつは本当に、ここの王なのか? いや、こういう質問も、無礼かも知れないが……」
「ははは、まあよく言われますよ、観光客の人なんかには。あの人が本当にここの王様なのかって。確かに普通じゃあないですけど、ここに移住してきてからはいい生活させてもらってて、島のもんはみぃんな、王様にゃあ感謝してますよ」
「……そうなのか」
ベリル島に降りると、すぐ広場があった。そこには石畳が敷かれていて、立派な道が王宮まで続いている。
あそこにレオンが暮らしているわけか。
長い道を歩いていく。緩い段差の階段もあり、少しずつ登っていく。マオライアスにも登れる、段差の低い階段だった。王宮の入口には用のない者の立入りを禁じると書いてあるのみで、衛兵のひとりさえ姿はなかった。不用心だな。
用向きを伝えようにも、人の気配がない。
仕方がないのでそのまま中に踏み入った。
王宮そのものの大きさは、そこまでではない。しかし、造りは立派なものだった。だがやはり人の気配がない。飾りなのかも知れないと思ってきた。目に見える部分以外は、案外ハリボテなのでは――と思って壁を軽く叩いてみたが、そういうことでもなかった。
「誰かいないか!?」
声を張ってみた。
しかし、誰も出てくる気配がない。
「やれやれ……」
このまま中に入るのも不躾だ。何かあってから疑われても嫌になる。だから途中で引き返し、レオンがいるという学校に連れていってほしいと水夫に伝えた。
ユーリエ島というところに船で連れられ、桟橋に降り立つと向こうに建物が見えた。と、その中から子ども達が走り出てきて遊び出す。それを眺めながら歩いていくと、建物からひとりの男が子ども達に腕を引っ張られながら連れ出されてきた。ボールのようなものを蹴り合う遊びにつき合わされている。
「変わらないな、あいつは……」
マオライアスは人見知りをするようで、僕の手をぎゅっと握ってくっついてくる。と、ボールが僕の方へ転がってきた。レオンがようやく、僕に気づく。子ども達が見知らぬ僕とマオライアスを見て何か言い合う。
「マオライアス、遊んでこい。ほら、ボールを持っていって、遊ぼうって言ってこい。混ぜてもらえ」
「でも……」
「大丈夫だから、行け」
ボールをマオライアスに持たせる。と、学校から出てきた子ども達が駆け寄ってきた。
「ボールちょうだい!」
「パスして、パス!」
「マオライアス……ほら」
おずおずとマオライアスがボールを置いて、蹴った。ころころとボールが転がる。ヘタくそだな。
「ちゃんと蹴らないとえーすすとらいかーになれないんだよ」
「パスの時は、足の、ここの内側のとこで、ぽーんってやるの。ほら、こうやって」
「この子によく教えてやってくれないか?」
「いいよ! ほら、こっちきて!」
子どもに手を引かれ、マオライアスが走っていく。途中で転んだ。やれやれ。
レオンの方へ歩いていく。子ども達の輪を離れて待ってくれていた。
「やあ、レオン」
「おう」
「久しぶりだな。勝手に結婚をして……」
「仕方ねえだろ。つか、一応、お前の実家には手紙持ってったし、言われる筋合いねえよ」
軽口を言い合ってから手を差し出すと、レオンが応じて握手した。




