キミを可愛がりにきた
「父上、マオライアスを僕のところへ寄越してほしいという手紙は届きましたか?」
「届いてはいない」
「おや、もうボケが始まったのでしょうか。2通も3通も送っておいて届いていないはずがありません。見なかったことにしたのですか? まさか、むしゃむしゃ食べたということもないでしょう?」
侮辱の発言に父は隠すこともなく怒りの表情を見せた。
それを涼しい顔でやり過ごす。
カノヴァス領。交易の都エレキアーラ。
そのカノヴァス本邸に事前通達もなしに帰宅をした。マオライアスを手に入れなければならなかった。ラーゴアルダの別邸の使用人には騎士団の任務だと嘘を告げておいたから、僕がここへ来ることも知らなかったはずだ。
奇襲のように押しかけ、父に迫った。
「しかし、物騒な世情です。僕が手紙を託した配達人が賊の襲撃に遭い、届かなかったということもあるでしょう。もし、手紙が届いていながら、僕の嘆願を無視していたとあっては……まるで、父上に僕が嫌われてしまったかのようなものでしょうし。それで父上、マオライアスは一体どこに? あれは僕の子だと、確かに彼を送り届けたはずのリュカより聞いているはずです」
「……あれがお前の子という確証はあるのか?」
「僕によく似ているはずです。父上に見分けがつかずとも、僕が一目見れば確実に分かるでしょう。親と子なのであれば、分からないはずがない。僕も困っているのですよ。僕の子だ、などと言われている子がいることが。身に覚えがないわけではありませんから、早くハッキリさせた方が良いでしょう。ですから、早くマオライアスに会わせていただきたい」
さあ、早くしろ。
これ以上、あなたの好きにさせるつもりはないんだ。
「……仮にお前の子だったとして、どうするつもりだ?」
「はい?」
「お前は騎士団にて、トヴィスレヴィ第一王子の親衛隊として、殿下の警護の任を与えられている身。それで満足に養育ができると思っているのか? わたしが面倒を見ておいてやろう」
「お心遣いには感謝いたしますが、問題ありません」
「教育は大事なことだ。わたしに任せなさい」
「お断りします」
「……父親に楯突くというのか?」
もう取り繕うこともしなくなったか。
「まさか。これからは僕が、カノヴァス当主となるのですよ? だと言うのに、いつまでも父上のお手をわずらわせるわけにはいきません。これからは長くカノヴァス領を治められてきた分、ゆっくりとご余生を過ごしていただきたい。煩雑な政務など忘れて、自適に。僕からのささやかな感謝のつもりです」
「不要だ。まだ老いぼれてはいない」
「それは困ってしまいますね。まだまだ、ご隠居なされるつもりがないと?」
「まだお前には早かろう」
「少し急ぎすぎてしまいましたが、困ったことです」
「……どういうことだ?」
「すでに騎士団を辞めてきたものですから」
「何? お前は騎士団のトップへ登り詰めてからと――」
「状況は刻々と変化するものです、父上。そもそも騎士団のトップに登り詰めるというのは、そこで得られる各所への有力なパイプ作りを目的としたもの。
そうだったでしょう?
しかし、僕はすでにそれを手に入れていますし、何よりトヴィスレヴィ殿下から厚くご信頼を置いていただけるようにまでなれました。もう、そこまでする必要は僕にはないのですよ。だからこうして、本邸へ舞い戻ってきたのです。これからは僕が、父上、あなたの後を継ぎ、カノヴァス領をさらなる繁栄に導きましょう。
あなたは長年、よく領主として務めを果たしてこられましたが、これからは僕の時代です」
父は怒りにわなわなと震え、顔を赤らめていった。
やはり僕が思い通りにならないことには大層ご立腹らしい。
「マオライアスと会わせてもらいましょう。これからは僕が育てます」
「ふざけるなっ! お前はわたしの子だ、逆らうなどは許さんぞっ!?」
テーブルを叩きながら怒声を発し、父が立ち上がる。控える使用人はそれにすくみ上がった。
「ではどうされるのです?」
「お前に領主の座は譲らん、断じてだ! ガルニもダメだ、あれもお前に心酔しきっている! ステラをボーデンフォーチュの次男と結婚させることにした! お前などはもう、わたしの子などではない、出ていけ!」
「……なるほど、ボーデンフォーチュの次男」
確か、騎士団の第一大隊にいたな。
うだつの上がらぬ、冴えない男だ。あれを婿養子にして、実権を握ろうという腹か。ボーデンフォーチュはカノヴァス領と接する、ボーデンフォーチュ領の領主でもある。カノヴァスとボーデンフォーチュの間に婚姻による繋がりが生まれれば、大領主達の中でも特別の変わり者であるレヴェルト卿を牽制することもできそうだ。
となれば、かねてよりレヴェルト卿に煮え湯を飲まされてきた貴族達とも上手い関係を築ける。
悪くはない考えだな。
あまりにも優秀すぎた己の息子を怖れて家督を譲らなかった――ということへの言い訳にも、充分通用しそうなものだ。
だが、そこにはリスクもありそうなものだ。
「出ていけ、カノヴァスの面汚しめがっ!!」
「……承服いたしかねます。僕はあなたの言いつけを守り、これまでずっとカノヴァスの領主となること、そしてカノヴァス領を繁栄させるために生きてきました。今さら、それをなしにすることなどできません」
「お前が逆らったのだ! わたしの言うように動いていれば、ただそれだけで良かったというのに!」
「別に僕個人がどうなろうがよろしいですよ。ただ、ここで僕が出て行けば……エレキアーラの未来は暗いものになるでしょう。僕が領主となった方が、これまでの治世より良くなることが確実。僕を差し置いた誰が領主となろうとも、僕以上に良くすることもできないのですから」
「つまみ出せ!」
やれやれ。
年を取るとこれほどに自分勝手になってしまうものか。
カノヴァス家で雇われている魔法士4人、それと私兵が10人出てきた。合わせて14人程度で、僕をどうしようと言うのか。
「荒事にしてもいいですが、屋敷が燃えては領民に不安を与え、どこかの欲に駆られた輩が攻め込んでくることもあります。この場は退かせていただきましょう。攻撃をしてくれば、やり返しますが」
椅子を立ち、青光の剣を鞘ごとベルトから外した。
「これは、あなたが学院入学時に僕へくださったもの。……今まで、大切にしてきました。でもあなたが僕を追放だと仰るのであればいりませんね。それに、このヒモも……15歳の祝いでもらったものですが、同時にカノヴァスの男子として成人を認めていただいた証明になる品。これも、もう不要」
青光の剣をテーブルに置く。
髪を編んでいるヒモもほどき、剣の上へ乗せた。
「……さて、父上。
いやカノヴァス卿、これで僕はあなたとはもう繋がりがありませんね。
この屋敷には僕の息子がいるはずです。あなたが僕の子をここに引き留める理由はないはず。寄越してください」
「何のことだ、出ていけ!」
「最後まで、僕は譲歩したつもりだったんですがね」
「っ――やれ、殺せっ!」
父の号令とともに、アクアスフィアが発動された。
アーバインの剣を抜いて切り裂き、テーブルを蹴り飛ばして父をそれに巻き込んだ。私兵が槍を繰り出してくる。柄を掴んで引き寄せ、頭を蹴りつけた。頭が強く揺れれば起き上がるのも困難になるはずだ。
「僕を殺すなら、もっと強い魔法を使わなければならないぞ。それで屋敷も壊れる。いいのか?」
魔法士に尋ねる。
幼い日、僕にファイアボールを教えてくれた男が尻込みをする。
「生半可な攻撃では、僕はやり返すぞ。悪いが僕は強いんだ。傷つき倒れるのはお前達になる。いいのか?」
私兵に尋ねる。
幼い日、僕の剣の練習相手をしていた男が剣を握り直した。
「マオライアスはどこだ。お前達を傷つけたくはない。答えろ」
離れの一室に、赤髪の子がいた。
部屋には最低限の調度品がある程度で、玩具などはなかった。僕が部屋のドアを開けると、その子は開け放っている窓から空をぼんやり眺めていた。床にべたりと座り込んだままで。
「……だあれ?」
きょとんとした目で僕を見上げてくる。
歩み寄ってしゃがむと、少し困惑したような顔をした。
「初めましてだな。おいで、キミを可愛がりにきた」
「…………」
よく分かっていなさそうな顔で、男の子は僕の差し出した手を見ていた。僕の顔をじっと見てくる。立ち上がると僕の首に腕を回してくっついてきた。片腕で抱えて立ち上がる。
「キミの名は?」
「マオライアス」
「そうか。僕はマティアスだ」
カノヴァス本邸を出ていくと、何人かの使用人が整列もせずに見送りに出てきた。きちんとした見送りというのは、僕が追い出された手前できないから、わざと並ばなかったのだろう。片手を挙げて別れの挨拶としておくと、マオライアスはそれをマネしたのか、僕に抱えられたまま手をぶんぶんと振っていた。
やはり、父は僕を認めなかったか。
どこかでこうなるんじゃないかとは思っていたが、こうも予想通りだと虚しささえ込み上げてくる。
だがまだ、僕は諦めていない。
カノヴァス領の領主となるのは、この僕だ。




