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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#33 悲嘆のシスコンと赤髪のこぶつき
367/522

キミに恋してる





 そろそろ、直視するのを避けてきた問題に目を向けねばならぬだろうと思った。

 意図的にガルニさえも話題を避けているのは分かっていたが、問わねばならないことだった。



「ガルニ、マオライアスはエレキアーラの屋敷か?」


 夕食の席で切り出すと、ガルニはフォークを取りこぼした。


「ぁ……え、あの……兄様、ご、ご存知で……?」

「僕を何だと思っている? それくらい掴んでいるさ」


 本当はジョアバナーサでヴァネッサ女王に突きつけられたことだが。


「……マオライアスは、エレキアーラです」


 しかし、この狼狽は何だ?

 確かに僕とてうろたえさせられたが、ガルニがどうしてこれほどにうろたえなければならない。



「父上は何と言って、マオライアスをどうしている?」

「……兄様の子であるといきなり連れられてきた子どもを、カノヴァスの者として迎え入れるわけにはいかないと」

「何? リュカという男が連れてきたはずだ。それには何と言った?」

「分かりませんが……嘘をついたのでは、ないでしょうか」



 後回しにすべきではなかったな。ヴァネッサ女王の息子とは言え、このディオニスメリアでは知られていない国だ。その威光は届いていない。マオライアスをどうしようがそもそもジョアバナーサへ伝わりようもなかった。

 僕がマオライアスに情を持てば父はそれを利用して僕の手綱を取ろうとする。そうでなくとも、僕とガルニの、さらなる代替品(スペア)にもできる。マオライアスは駒とされているのだ。


 だからガルニも触れてこなかった。

 僕がどう反応するかも予測できず、かと言ってガルニには父を止めることもできずに看過してきたのであろうから。



 すぐに手紙を書き、本邸へ送るよう言いつけた。

 マオライアスを即刻、僕のところへ寄越すようにという内容だ。父のところで、父の教育を受けては勘違い甚だしいつけあがった子どもになりかねない。確か、マオライアスは6歳ほどになっているはずだ。


 6歳……。

 そう言えば出会ったころのレオンと同じ年だな。考えられない。レオンはやはり異常だ。あの時すでに、現在のレオンと同じ思考回路だった。6歳なんて子どもすぎる。まともな思考力さえないはず。だと言うのに……。あいつは一体何なのだろうか。



 いや、レオンのことはいい。

 大人しく父が僕の手紙通りにマオライアスを寄越すようには思えない。あの人は自分の力に自惚れていて、他人に指図されることを嫌う。息子である僕に指図を受けるなんて許さないだろう。


 だが僕はもう、今や父より名声を得ている。トヴィスレヴィ殿下のご信頼による賜物だ。僕に当主の座を譲らなければ、この僕に怖れをなしたのだと後ろ指を指されかねない。父の面子が潰れてしまうことになる。

 ゆえにもう、父の言うことを聞く必要などはなく、思い通りにできるというものだ。マオライアスさえ僕の保護下に置けば、完全に僕は父を超えることができる。


 どんな口実で、どのような手段で、マオライアスを僕から遠ざけてくるものか。

 殺してしまったり、傷つけてしまうことはないはずだ。それでは人質の意味がなくなってしまう。しかし、マオライアスを手放せばもう、僕に言うことを聞かせられる手段がなくなる。必死になって監視下に置こうとするはず。



 ロビンを迎えに行くのは、ミシェーラに想いを伝え、マオライアスを保護下に置いてからだな。




「マティアス様、クラシア様という方よりお手紙が届いております」


 非番に屋敷へ帰ると使用人に手紙を差し出されて胸が弾んだ。

 ミシェーラからの、手紙!


「いつ届いた?」

「昨日のお昼前でございました」

「分かった」


 書斎で手紙を開封すると、先日の晩餐会で交わした約束の日時の相談だった。ああ、このような事前のやり取りであっても手紙が届くだけでこれほど嬉しくなるとは。ミシェーラの文字は優雅だ。美しい筆致で綴られた文字は見ているだけで、彼女の清らかさが伝わってくるような心地になる。


 すぐに返事を書き上げ、明日の朝一番で届けてこいと使用人に言いつけた。

 ああ、楽しみだ。ミシェーラは美しかった。少しも褪せることなく、むしろ記憶にあったよりもずっと綺麗だった。また会える。そう思うだけで、言葉にならない歓喜が込み上げてきて身が震えた。



 そしてその日がやって来た。

 別邸の庭で咲いていた綺麗な花だけを選ばせて花束にした。色とりどりの花で、メインになっているのはヴォーガインという鮮やかな紫色の花。それに添えるのはカーラという小さな白い花だ。紫と白の花束だけでは重々しいから、さらにライノンという淡い桃色の花もカーラと一緒に添えた。

 ヴォーガインの花言葉は、「情熱」、「あなたのことしか目に見えない」。カーラは「華麗なる君」、「清浄な心」。ライノンは「この恋に気づいて」というもの。


 少しやりすぎだろうかとも思ったが、良しとしておいた。

 そう、都合よく庭に咲いていた花から選んだだけなのだ。別にガルニがカーチアの娘へ贈るために育てさせた花の残りだっただけで、枯らせずに咲いていたのだからこれで良い。


 たまにはガルニも役に立つじゃないか。

 兄として鼻が高くなる。気分も良かったので、出掛ける時にガルニの肩を後ろから叩いておいた。花束を持って足取り軽く出かけていく僕を、ガルニはどう思っただろう。



 湖の遊覧船に乗ってから、その後にレストランで食事というプランを用意した。

 遊覧船乗り場に待ち合わせよりずっと早く到着してしまったが、待っている間に美しい湖を眺めて心を落ち着かせられた。



「お待たせ、マティアス」


 湖に僕の女神が降臨した。ああ、今日も美しい。目を細めなければその眩しさに目が焼かれそうなほどだ。

 後ろ手に持っていた花束を出して見せると、ミシェーラは目を大きくした。


「屋敷の庭で咲いていて、綺麗だと思ってミシェーラに持ってきたんだ。受け取ってもらえるだろうか?」

「これ、わたしに? ありがとう、マティアス。綺麗だね」

「喜んでもらえると僕も嬉しいよ」



 ああ、ああ、ああ……。もう言葉にならない。

 けれど花よりもキミの方が美しい。可憐だ。どんな言葉を使えば、その美しさを讃えることができるのか、僕には想像も及ばない。



 夢のような時間だった。

 船のデッキで彼女と言葉を交わすだけで、耳から全身がとろけてしまうのではないかと思うほどに。


 ミシェーラは昔よりもさらに美しくなり、しかし、中身は変わらぬ可憐な少女のようでもあった。しかし、ただの幼い少女ではない。少女性とでも言おうか。無垢な明るさの中に、純粋に人を思いやることのできるやさしさが秘められている。


 遊覧船はゆっくりと湖を一周した。湖岸に一度停泊する。そこは花畑になっていて、一面を黄色の花が風に揺らされながら絨毯のように敷き詰められていた。何を背景にしようが、ミシェーラの容姿の美しさと、内面から溢れ出るかわいさが引き立てられる。



 遊覧船を降りてから予約をしておいたレストランへ向かった。

 ラーゴアルダでもっとも評判の良い店。つまり、ディオニスメリア王国においては最高の店ということになるだろう。予約しておいたのも、最高級の個室だ。


 食事をしながら僕はロビンとリアンと旅していた時の話をした。それから使節団に同行していった時のことも話をした。ヤマハミとの戦いや、アイウェインを山脈を越えてからの危険な旅路のこと、大神殿で見知った十二柱神話を基盤とした文化、それに2度目のジョアバナーサ訪問と神前競武祭での僕の華麗なる勝利の話。そこからさらに西へ向かい、クセリニアの下顎と言われる南西部でのことも話した。


 楽しんでもらいたい一念で喋りすぎたかとも思ったが、杞憂のようだった。



「いいなあ、わたしも旅とかしてみたかったかも……。この前――って言ってもけっこう、前なんだけどね、リアンが来てくれて、やっぱりロビンとマティアスとの旅のことを話してくれたんだ。あ、そうだ、リアンのこと、知ってる?」

「商会のことか? 僕の旅が終わった時、そういうことをするとは聞いていたが、本当にやって、しかもあれほどのことにするとは恐れ入るよ」

「ううん、そうじゃなくて」

「そうじゃない?」

「ロビンと結婚するんだって」



 …………は?



「あ、えっ……り、リアンが、ロビンと……?」

「そうっ。意外だよね。あ、マティアス、そういう素振りとかあったの? 一緒に旅してたんでしょ?」

「い、いや、さっぱり……。ロビンが、リアンと……?」


 何も聞いてない。

 どうして僕に何も言わずに彼らはいつもいつも……!


「結婚ブームなのかなあ……?」

「っ……」


 いや、いや、しかし!

 これは、この流れなら自然と……いける、のか?


 だがまだ、タイミングが早くはないか?

 性急にことを運ぼうとしてもしくじってしまう危険性が――だが今なら、自然な流れで、いや、いや、いや。



「み、ミシェーラ……キミは、結婚というのは、まだ……?」

「うん、全然……。まだいいかなあ、まだいいよねえ、って思いながら……あははは……」

「実は僕も……弟のガルニが、結婚をしたい相手がいるとは言うんだが、僕が先にしないことには、と言っていてな。せっつかれてはいるんだが、なかなか、魅力的な女性というのは……」


 キミが好きだと言え、僕!

 いやっ、そこまでストレートでなくてもいいんだ、冗談のようなものでもいいから、僕はどうだと、尋ねるだけ尋ねて――しかし、それで全く気がなかったら? ダメだ、弱気になるんじゃあないッ!!


「リーズの近衛侍女って、けっこう楽しいし……まだいいかなあ、なんて考えちゃって」

「僕は……」

「うん?」

「ミシェーラ、僕は結婚をするのであれば、キミのような、いや、そうじゃない――僕はキミと、結婚をしたい」



 言ってしまった。

 勢い余ってしまった。


 しぱしぱとミシェーラは瞬きをし、僕を見た。



「好きなんだ。キミに恋してる。

 これほど焦がれているのは、初めてなんだ」

「えっ……あ、う、うん……」


 う、うん……?

 それは、ええと……どういう反応と見ればいいのだろうか……?


 僕も戸惑うが、彼女もまた、瞬きの回数が増えて顔を俯かせた。そういう仕草さえも、愛おしい。



「…………」

「…………」


 どう、すればいいんだ?

 頭の中が白くなってしまっている。


「……結婚してください、ミシェーラ」



 やがて、ミシェーラは赤くした顔をちょっと上げて僕を見た。



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