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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#33 悲嘆のシスコンと赤髪のこぶつき
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臆病風に吹かれるな





「兄様、お帰りなさいませ」

「……いつまでそうして、僕にくっつこうとする? お前ももう中隊長なんだろう。だったら一人前の騎士として、独立した考えを持って励め」


 使節団の解団式を終えて王都ラーゴアルダのカノヴァス別邸へ帰宅すると、遅い時間だというのにガルニが起きて待っていた。まるで執事じゃないかと思う。



「あの、兄様に……ご報告がありまして」

「報告?」


 着替えてから談話室へ行き、酒を用意させるとガルニが乾杯もする前に切り出してきた。


「カーチア家の娘を覚えておいでですか?」

「カーチア……? いや、覚えていない」

「兄様が親衛隊へ抜擢される前の夜会で、兄様に熱視線を送っていたお方です」

「たくさんいすぎて忘れたな」

「僕のことを見ているのだと兄様が仰られて、僕がお相手をしに行ったのですが」

「……さっぱり記憶にない」

「そうですか……」


 葡萄酒を口に含む。


「で、そのカーチスの娘が何だ?」

「……兄様が使節団に同行されていった後、彼女とまた会うことがあったのです。それから、気が合って度々、逢い引きを重ねて参りました。僕は彼女を愛しています。結婚をしたいと、考えています」

「っ……そ、そうか。……そうか。それは良いことだ。そうするといい。カーチスなら家柄としても文句はない。父上も認めてくださるだろう」


 変な縁があったものだな。

 ガルニだって僕ほどではないが顔立ちは良いのだ。喜ばしい。


「ですが……」

「どうした? 何か問題があるのか?」

「僕は兄様を尊敬しています。兄様より早く僕が結婚をするなど考えられません」

「……気にするな。そのカーチスの娘は今、いくつだ?」

「20歳になります」

「だったら今が美しい盛りだろう。早く結婚してしまえ」

「いえ、そういうわけにはいきません。兄様も使節団でご活躍なされ、トヴィスレヴィ殿下のご信頼も厚いと聞き及んでいます。今ならばどのような令嬢でも、兄様がお声をかけられれば喜んで結婚を望むはず。どうか、兄様がお先に身を固めてください。それからでなければ、僕は結婚をするつもりがありません」



 僕を立てることに今さら文句は出ないが、煩わしいことを……。

 どのような令嬢でも――などと気楽なことを言う。確かに大抵の貴族の娘は、この僕が結婚してやろうと一言言えば股を濡らして嫁いでくるだろう。だが、そんなのに僕は興味ないんだ。


 僕が射止めるのは、ミシェーラの心のみ。

 そう決めている。



「兄様、どうか」

「待つのは勝手だが、後で文句を言うなよ」


 ガルニの視線から目を逸らし、酒を傾けた。




 国王陛下が雲隠れをなされた影響で、本来は使節団が帰国すれば華やかなパーティーが開かれるはずだったがそれもなかった。解団式もひっそりと、厳粛に執り行われて食事も質素なものが出され、酒さえも振る舞われることはなかった。

 しかし、トヴィスレヴィ殿下は王が亡くなられる前に帰国できたのは、報せを受けてからすぐに帰還の道筋を定めてガイドをした僕の尽力によるものだと仰ってくださった。他にも使節団の道中における僕の活躍を語り、使節に同行させていた吟遊詩人に僕の武勇を讃える歌まで朗詠させた。


 たちまち王都では僕のことが知られることとなった。

 カノヴァスの長男としてではなく、マティアス・カノヴァスとして。



 これらのことは殿下が僕のミシェーラへの恋を成就させるためにしてくださったことだ。解団式から2ヶ月が経ってから、とうとう、僕は王城の晩餐に招かれた。とうとう、卒業以来にミシェーラと会える時がきたのだ。


 その日は僕でも落ち着けなかった。

 3週間も前に最上級の服を仕立てさせ、身に飾る品も最高のもので取り揃えた。髪を編むヒモは金を織り込んでいるというものを用意したし、ブローチは金にルビーをあしらった気品溢れる逸品を選んだ。


 完璧だ。



 晩餐の席には、トヴィスレヴィ殿下、シグネアーダ殿下、リーゼリット殿下。

 そして僕と、使節団で一緒だった幾人かが招かれていた。


 が、問題はそこでない。

 無論、王族であられる方々との食事は光栄極まりないものであるが、この晩餐会を開かれたトヴィスレヴィ殿下の最大の目的は僕とミシェーラを引き合わせるということなのだ。



 リーゼリット殿下とともに姿を現したミシェーラは美しかった。

 彼女はリーゼリット殿下の近衛侍女としてやって来たから、ドレスを纏っているわけではない。しかしその立ち姿に、僕を見た時に浮かべたほほえみに、舞い上がりそうになってしまった。


 トヴィスレヴィ殿下が僕の活躍についてお話をしてくださった。語られた話について、シグネアーダ殿下とリーゼリット殿下からご質問を受け、それに丁寧にお答えした。しかし、ミシェーラが気になって仕方がなく、きちんとご説明を申し上げられたかはいまいち分からなくなるほどだった。



「マティアス、カノヴァス卿もじきに領主の座をお前へ譲るだろう。そうなれば妻を娶らねばならないな。婚約者はいるのか?」


 おおよその話が一段落したところで、殿下が僕にいきなりその話を振ってきた。


「いえ……僕にはまだございません」

「早い内に見つけた方がいい」

「兄上の言う通りだろう。カノヴァス、わたしはお前の武勇に久方ぶりに胸が躍った。お前が当主となればカノヴァスも安泰となる。早く身を固めてしまうがいい」

「恐縮でございます」


 シグネアーダ殿下は、少々ヴァネッサ女王と重なる部分があって苦手だ。ヴァネッサ女王は怪力・豪腕を女という肉体に押しとどめたような女性だが、シグネアーダ殿下は冷厳・剛強で女性像を為したのではないかという印象を持っている。


「リーズ、お前もそろそろ嫁いだ方がいい。マティアスに嫁ぐか?」

「えっ? い、いえ、そんな……わたしはまだ……」

「そうか。……ならば――」


 と、トヴィスレヴィ殿下が周囲を見渡し、白々しくもミシェーラを目に留めた。


「そう言えば……ブレイズフォード卿のお嬢さんもまだ未婚だったのでは?」

「っ……は、はい」


 ずっと控えていたミシェーラが殿下に声をかけられ、少し驚いてから返事をした。


「確か年も近かったのではないか?」

「トヴィスレヴィ殿下、彼女は……学院時代の同期なのです」

「おお、そうだったのか」


 何度この話をしたかも分からないというのに。

 しかし殿下は大仰な仕草もなく、ごくごく自然な演技をなさる。



「ではお前達で結婚をしてしまえばどうだ。ブレイズフォード卿とて、マティアスほど優秀な男ならば娘を嫁がせようと――」

「いえ、殿下。……お言葉を遮ってしまい、申し訳ございません。ですが……」


 それは、殿下の口から言わせてはならないことなのだ。

 僕は自分の力でミシェーラを手に入れる。殿下の力をお借りするのは最小限でなければならない。何度も確認をしていただいたのに、殿下としては間を取り持とうと有り難くも、やや性急に考えられてしまっているようだ。



「そうか。出過ぎたことをしたな」

「いえ、ご厚意に感謝いたします。お許しください」


 ちらとミシェーラを見ると、パチパチと瞬きをしていた。

 いきなり殿下に僕と結婚しろなどと口走られては驚くのもムリはないかも知れない。当たり前だ、僕のこの気持ちなど彼女はまだ(、、)知りもしないのだから。



 晩餐が終わった。

 トヴィスレヴィ殿下に、シグネアーダ殿下に、リーゼリット殿下に、それぞれ丁重な挨拶をさせていただいた。



「ミシェーラの知り合いだったなんて、初めて聞いちゃった。あなたはレオンとも友達なの?」

「はい。リーゼリット殿下も彼と面識があったのですね」

「あー……うーん、ちょ、ちょっとね。あんまり……うん、大声で言えないことなんだけど……」

「そうでしたか。あの男のことは分かっているつもりですので、心中お察しいたします」


 言葉を交わしてからミシェーラを見ると、彼女がほほえみを浮かべた。


「久しぶりだね、マティアス」

「……久しぶり」

「何だか、卒業した時よりもずっと逞しくなったね」

「ミシェーラも……綺麗だ。とても。誰よりも美しい」

「相変わらずみたいだね」


 ふふ、と小さく笑いながらミシェーラに言われてしまう。

 違うんだ、僕がこれまで女性を誉めてきたものとは違う意味合いで言っているんだ。普段ならつらつら言葉が出てくるのに、キミを前にすると、今はもう単純な言葉しか出てこないほどに。



「それじゃあミシェーラ、そろそろ行こ」

「うん。マティアス、またね」

「っ――」


 リーゼリット様に従い、ミシェーラが小さく手を振って踵を返そうとした。



「み、ミシェーラっ」


 呼び止めると、彼女は振り向く。

 ためらうな、マティアス・カノヴァス。臆病風に吹かれるな。


「どうしたの、マティアス?」


 クソっ、どうしてレオンの顔がちらつく。

 あいつはもうエノラと結婚したじゃないか、何も咎められる筋合いなどはないんだ。


 失せろ、レオン!

 ミシェーラはこの僕が――!



「こ、今度……2人きりで会えないだろうか、ゆっくりと。

 久しぶりに会えて……思い出話もしたい。学院を卒業してからのことを、語り合いたい」


 言えた。

 言ってしまった。



「あ、いいね。じゃあ、また今度、近い内にね」



 天使だ。

 いや、女神だ。


 ミシェーラのにこりと笑った表情で、胸の中で硬く身構えていたものがほぐされたのを感じた。



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