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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#32 それぞれの進退
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マティアスの手紙





 年を重ねるにつれ、時間が過ぎていくのがどんどん早くなっていくような感覚がある。レオンハルトになる前だってそうだったし、今だってそうだ。エンセーラム王国に来てから、1日があっという間に過ぎて、1年があっという間に終わってしまう感覚がする。


 フィリアは3歳になり、エノラがお腹を大きく膨らませている。2人目がもうすぐ、生まれるのだ。嬉しいものだった。

 もう安定期ということで、流産の危険性もあまりなくなった。あとはお産の時を待つのみ。男の子が生まれるのか、女の子が生まれるのか、楽しみにしている。名前をどうしようとか、そういう幸せな考えごとに終われると楽しくなる。


 もっともフィリアは相変わらず、俺のことがやけに嫌いなようだが。

 しかし、かわいい盛りだ。あれも嫌、これも嫌ではあるが――それでもいやいやをしない時はよく笑うし、嬉しい時はぴょんぴょんはねたりして喜んでこれまたかわいくてたまらない。頬はふにふにで、俺が触ると嫌がられるが変な顔をしてやるとこらえられないようで笑い出し、それから俺に構われて怒る姿もかわいい。



 そんな折に、ニュースが飛び込んできた。

 ディオニスメリア国王の崩御だった。そして、使節団はそれに間に合うようにどうにか帰国を果たしたのだとも。国王の死という重大な節目にあっては、使節団の帰りも華々しくやることはできない。しかしちらほらと噂程度のものだが、使節団の代表であるトヴィスレヴィ王子が見違えたように逞しく見られただとか、その傍らに常に赤髪の見目麗しい青年がいただとか、そういう話はあるようだ。

 見目麗しい――なんてのは鼻で笑いたくなるが、マティアスも無事に帰ってこられたということだろう。しかもかなり王子様とやらと親しくなっているっぽいという話なのだから、出世も確実。いよいよ、家督を継ぐことになるんじゃないかということが関心ごとだ。


 そうなればロビンはエンセーラム王国を去ることになる。リアンとはまだ、同棲していれども結婚していない。

 決着をつけなければならない時が、迫っている。



 ちなみに、もうひとつの恋の話――リュカのことだが、これは驚くほど、何も進展がない。

 レストを勝手に使ってラーゴアルダへ赴いたリュカはリーズに会おうとした。城へ行ったそうだが、もちろん、入れやしない。門前払いを食らった。押し入るんじゃないかと危惧したが、さすがにそこまで考えなしではなかったようで、どうすればいいのかとカハール・ポートに向かってバリオス卿に意見を仰ごうとしたそうだ。

 が、バリオス卿も年が年だったから、もう亡くなっていた。リュカが父親のように慕っていた相手だし、けっこうショックを受けたらしい。だが、バリオスという家は存続されていた。養子をもらって育てたらしい。だから、それが今はバリオス卿の後を継いだ。



 どうやって城に行けばいいのかのアドバイスをもらい損ねたリュカは、またラーゴアルダにとんぼ返りをした。ない知恵を絞りつくして忍び込もうとしたらしいが、実行前に、幸いにもイアニス先輩と出くわせたらしい。ちゃんとイレーヌ先輩とは結ばれたようだ。

 そして、イアニス先輩と言えば身分違いの恋をし、結婚に漕ぎ着けた男だ。


 リーズをデートに誘いにいくという話を聞いたイアニス先輩は、賢明な知恵を授けた。曰く、「王族と近づきたいならば名を上げ、上流階級の社交界で会うのが良い」と。ちなみにイアニス先輩はそこまですごい貴族というわけではないから、リュカをそういう社交界に連れていくのはできないということだった。

 そこでコロシアムに出場した。圧倒的な強さでたちまちリュカはコロシアムの超新星となり、夜会の招待を受けるようになった。しかし、リーズはなかなかそういう場には現れなかった。リュカの力を利用しようとけっこうな誘いを受けたようだが、全て、俺の従者だからと断り続けたらしい。


 すると招待したって意味がないと知れ渡って、社交界にも招かれなくなった。

 ここまでエンセーラム王国を飛び出していって6日のことだ。行動力に驚かされる。


 イアニス先輩を頼っても、それ以上の上策を授けてもらうことができず、リュカは悶々とした。が、コロシアムでの活躍ぶりと、一瞬で情報が駆け巡ってしまうほど目立ったリュカのことは、ちゃんと人伝の噂で城に入っていった。そうして、リーズから密会のお誘いを受けることができたそうだ。リュカは歓喜した。



 飛び出していって7日目。

 リュカは数人の親衛隊と、ミシェーラに付き添われてリーズとお忍びで会うことができた。


 そして。


『俺とデートしよ、リーズ』


 なんて、ストレートなことを言ったそうだ。リーズは大ウケにウケて笑ってくれたらしい。しかし、ディオニスメリア王の具合は思わしくない状況のこと。そんな時にデートなんてできないと言われてしまった。

 それでリュカは7日間の奔走の末にようやく会えたリーズとその場は別れ、帰ってきた。



 やけに帰ってきた時に落ち込んでいたのは、どうやら再会したことで再燃してしまったリーズへの恋煩いと、バリオス卿が知らぬ内に死んでしまっていたことのショックが帰ってくる間に思い出されて、理解が追いつかなくなってしまったかららしい。頭の中で整理ができなくなったんだろう。


 しかも、エンセーラム王国に帰ってくるなり俺に叱られて、リアンにも叱られ、それもこたえたようだ。反省したらしい。そこにじいさんの死も加わって、じいさんと俺の関係性を、リュカは自分とバリオス卿に重ねて、またセンチメンタルになって。



 浮かれていいやら、悲しめばいいやら、暴走していた間に完璧に止まっていた色々な思考が追いついてきて、健康優良児――おっと、もう児でもなかったか――のリュカが初めて、熱を出していた。シルヴィアがその気があるのかないのか、礼拝堂に看病に行っちゃうもんだから、リュカは目を回しながら俺のところへ避難をしてきた。


 それで熱にうなされながら、こういうことを俺に喋った。


 で。

 リュカはそれから、ない頭であれこれ考えるようになって、考えるばかりで今度は行動を起こさなくなって何も進まなくなった。まあ、ちゃんと自分のやるべきことをやってはいるんだけど。


 悩めばいい。

 いつまでも思いつくままに行動するわけにはいかないんだから。



 マティアスからマレドミナ商会宛に手紙が届いて、それがエンセーラム王国へ送られてきた。

 俺と、ロビンと、リアンにそれぞれ1通ずつだった。



―――――――――――――――


 我が友 レオンへ


 久しく会っていないが元気でやっているだろうか。

 キミが元気でないことはそうそうないだろうから、僕はあまり心配していないが。


 僕は騎士団内で出世し、トヴィスレヴィ第一王子の親衛隊に加えていただき、使節団に同行してクセリニア大陸をまた旅してきた。書ききれないほど多くのことがあったから、使節団での旅路についてはいずれ顔を合わせた時に語るとしよう。


 風の噂でキミの身に起きたことをいくつか聞いた。

 ヴェッカースターム大陸にほど近い島の王となったこと。

 エノラと結婚をしたこと。

 子どもも生まれたこと。


 これを旅先で僕が聞かされた時の気分が、キミに理解できるだろうか?


 エノラと結婚したことは祝福しよう。子どもが生まれたことも。おめでとう。顔を合わせた時も言わせてもらおう。

 だが、それを僕に断りもなく、報告もなくして済ませるというのはどういうことだ。百歩譲って子どもが生まれたことについては、仕方がないと言おう。授かり物にタイミングなどはないだろう。キミとエノラの仲が良好だという証明でもある。許そう。

 でもこの僕を差し置いて挙式したことについては、これからずっと根に持たせてもらおう。キミとは学院のころからのつき合いだ。恐らく対等な関係における友人というのはキミが初めてでもあっただろう。それが現在まで続いているというのに、その僕を蔑ろにするなどけしからぬ話だ。そうだろう。そのはずだ。このことについては譲らないぞ。



 できるだけ早い内に、ロビンを迎えにそちらへ行くつもりだ。

 それまでに言い訳を用意したければしておくがいい。僕は心ばかりの祝いの品をキミに贈ってやる。それで肝を抜かして一切の反論を封じてしまうがな。



 追伸

 キミに相談をしたいことがある。

 何を言っても平静でいられるよう、よく心しておいてくれ。



―――――――――――――――



 マティアスっぽい手紙だな、と思う。

 しかし追伸も気になるな。何を言っても平静でいられるよう、ってどういうことだ? そんなに何か俺が驚くようなことを相談しようってのか? 一体何だ? 実は女でしたとか? あり得ねえよな。



 ロビンとリアンに宛てた手紙も、まあ似たようなもので近々こっちへ来るという内容と、それぞれへの挨拶めいたものだった。いきなりこっちへ来ないで、あらかじめ手紙を寄越すらへんがマティアスらしいと言える。



「いよいよ……どうするべきか、考えねばなりませんね」

「そうだね……」


 ロビンとリアンがどんな結論を出すのか。

 できるだけ上手に着地してもらいたいものだ。でもそのビジョンがさっぱり思い浮かばなかった。

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