出生の秘密
ランバートは、とある小貴族の嫡男だったそうだ。しかし、幼い時分に貴族同士の潰し合いによって領地を取り上げられることになった。ランバートは地位や権力に興味がなかったが、平民に下ってあくせく働くのも嫌だったので騎士を志し、王立騎士魔導学院へ入学をした。
不真面目な男ではあったが頭はキレた。また、剣も魔法も人並み以上の素質を備えていた。たちまち実力を身につけたが、没落同然の貴族だったがゆえに周囲からのやっかみもあったようだ。しかしランバートは気にしなかった。飄々としている男だったから、聞き流せていたという。騎士魔導学院を、最終的に序列第2位で卒業してそのまま彼は騎士団の門戸を叩くことになった。
出世をするような手柄をあげることはなかった。能力は充分に備えていたが、ランバートは堕落を好んだ。しかし悪人ではなかったから、ラーゴアルダの巡回と称して小さな小さな市民への手伝いをしながら、小さな感謝を受け取りながら平々凡々に、飄々と、変わり者の騎士として過ごした。
ランバートにはひとりだけ、親友がいた。2つ年上のある騎士がその親友だった。学院時代に剣闘大会で戦い、ランバートが見事に勝利したことで気に入られたのが交流のキッカケとなった。その親友は腐敗を嫌悪し、驕る貴族を蔑視していた。有力な貴族の出身で、家柄も、実力も申し分がなく正義感に溢れた男であった。
そして、ランバート以外にはただ一度として、学院時代においても、騎士となってからも負けたことのない男だった。
ある時ランバートに転機が訪れた。
親友に誘われて赴いた夜会で女性と出会い、一目惚れで2人とも恋に落ちた。相手もまた、弱小貴族の娘であった。病気がちで体の弱い女であったが、美しい娘だった。彼女の父親は美しかった娘を利用して位の高い貴族に嫁がせようと考えていた。没落同然の騎士であったランバートはその条件を満たせなかった。
そこでランバートは騎士団を是正するべく、順調に出世コースを歩んでいた親友に相談を持ちかけた。友の恋のため、そして実力がありながら日陰に甘んじようとしていたランバートに日頃から不満を募らせていた親友は応援することにし、策謀によってランバートを出世街道に引き上げた。マジメにランバートは任務へ励み、とうとう、愛した女性の父に認められるほどにまでなった。
だが、ランバートの親友もまた――密かに弱小貴族の娘に恋心を抱いていた。
そのことを知った令嬢の親は、即座に親友に接触を開始した。娘をくれてやると縁談を持ちかけた。親友の心は揺れ惑った。何日も悩み、ランバートに打ち明けた。
『そうかい……。そりゃあ、参ったねえ』
ランバートは困りつつも、笑ったと言う。
『お前が娶っちまった方が、彼女も幸せだろうよ……。
地位がある、名誉がある、将来だって約束されているも同然だ。
彼女の父親だってそれを望んでて、彼女だってお前のことはきっと気に入るだろうさ』
そう言ってランバートは身を引いた。
ほどなくして親友と、ランバートの恋した女は結ばれた。
それから、戦争が起きた。
ディオニスメリア王国とバルドポルメ王国の戦だった。ランバートも、親友も、戦へ赴いた。
ディオニスメリアが勝利し、その功績によって親友は大出世を果たした。しかし、戦で国交断絶したことによってディオニスメリアにはバルドポルメから来ていた人々が取り残されることとなった。戦のせいでバルドポルメ人は悪だという風潮があり、彼らの多くは迫害されてしまっていた。
バルドポルメ人は故郷へ帰ることを望んだが、国交は断絶されていて叶わなかった。迫害を受けながら細々と暮らすしかない日々で、恨みが募っていった。その矛先は勝戦の立役者となった親友に向けられたが彼らに暴力的な手段で直接復讐することはできなかった。
しかし収まることのない復讐心は彼らを突き動かし、親友の家族に矛先が向いてしまった。
親友の妻は体が弱かったこともあり、王都を離れた長閑な故郷の屋敷で静かに暮らしていた。娘がすでに生まれていた。
その屋敷に、バルドポルメ人は討ち入った。使用人達の必死の抵抗も虚しく、妻は攫われた。娘だけはどうにか守り通した。
その報せはただちに親友の下へ届いたが、大出世を果たしていた親友は身動きが取れない状況にいた。ランバートはその時、恋を諦めたのと同時にまた元のうだつの上がらぬ日陰の騎士に甘んじていたが、それを知るや否や、ただちに救出へ向かった。親友のために、かつて愛した女のために。
ランバートが駆けつけた時、彼女はバルドポルメ人が迫害によって受けた心の痛みを、乱暴な手段で吐き出されていた。傷つけられ、犯され、見るに耐えぬ姿であった。
怒りのままにランバートは彼女を攫ったバルドポルメ人を葬った。
陵辱を受けた彼女は自分が陵辱されたことを恥と言い、精神的・肉体的なショックも相まって静かに自死をはかろうとした。それをランバートは必死に引き止めた。操を守れなかったことで自罰的になっていた彼女をランバートは見ていられなかった。
ランバートはまだ、彼女を愛していた。
彼女を救いたかった。
その一心で、ランバートは女を抱いた。
『もしも子どもが生まれても、それは俺の子だ。あんたへの想いを断ち切ることのできなかった俺が、あんたを襲ったんだ。だから旦那にゃあそう言え。あんたにゃあ何の罪もない。考えてもみろよ、俺はあんたの旦那と、唯一、真正面から戦い合って勝ったことがある男だ。そんなのに襲われちゃあ、どうにもなりゃあしなかったのさ。だから……頼むから、悲しいことは言わないでくれ。俺を恨んで、それを糧に生きてくれ』
ほどなくして、彼女が子を孕んだことが発覚した。
それは無論、旦那には身に覚えのないものだった。
ランバートは親友に懇願した。
どうか、彼女に罰を与えないでほしいと。
身ごもった子は自分の子であり、そのことに彼女は一切の責任もない。そして、生まれてくる子どもにも何も罪はない。
であるからして、許せないのであれば自分を罰しろと。死ねと命じるのならば、どんな拷問を受けてからでも、どれほど屈辱的な死に方でも受け入れる。だからどうか、彼女と、生まれる子だけは許してくれと。
親友が、それをどう捉えたのかは分からない。
しかしランバートはそれから、死亡した。そして長らく空位であった、ヴィクトルという称号を持った騎士団最強の騎士が密かに暗躍を始めることになったらしい。
そうして生まれた赤ん坊には、レオンハルトと名前がつけられた――。
「俺はトリシャ様が屋敷に戻ってからすぐ、先輩に頼まれて騎士団を辞めてクラシアの屋敷に向かった。恨みを持った、残されていたバルドポルメの者がまた襲撃に来た時、屋敷の全ての者を守るために」
うっすらと東の空が白んできていた。
「トリシャ様は俺の素性も、何のために使用人として雇ってほしいと赴いたのかも打ち明けていた。ミシェーラ様は屋敷が襲撃に遭った時のことは覚えてはいない。だから、レオンハルト様の父親のことも知りはしない。ブリジットもマノンも、エドヴァルド様がレオンハルト様の父親ではないと分かっていても、誰が父なのかということは知らない。
そこでトリシャ様は、自身が死ぬまではこのことは俺の胸に秘めておいてくれと言った。それに従い、俺はずっと黙ってきた。だが……トリシャ様は亡くなられた。だからこれをどうするべきか、新たな主となったあなたに判断を仰ぎたい」
よく考えれば、確かにエドヴァルドと俺は似てないように思った。
最後までぼかしてイザークが語ったランバートという男のことを思い出す。正直信じがたいが、こんな長ったらしい嘘をつく必要なんてないはずだ。
「……黙っててくれ」
答えるとイザークは頷いた。
「お前は……その、ランバートっていう男とどういう繋がりがあるんだ?」
「騎士団での先輩に当たる」
「で、ずっと……ただ先輩に言われたからって、屋敷に?」
「先輩は不真面目だが騎士としては尊敬に値する人物だ。俺は貴族の五男で騎士になったのも食うためだけだった。だから騎士団に拘る必要もなかった。……何かあった時にだけ剣を取り、あとは働かない牛のようにのんびり暮らしていろと言われて屋敷に行くことを決めた」
牛って……。
まあいいや。
「……どうしてエドヴァルドは、ランバートの子どもを捨てた?」
「理由は分からない」
「そうか……」
「トリシャ様は最後まで、レオンハルト様を愛していた。特にプディングパンは好まれて、あまり自分が食べられないからとブリジットや、マノンや、俺に、食べさせて、その顔を眺めるのがお好きなようだった」
「そりゃ、良かった……」
話は終わった。
家へ帰った。イザークは宿に帰っていった。
ほんの少しだけ寝て、すぐにじいさんに叩き起こされて、キャスと3人で漁に出た。次にイザークと顔を合わせた時には、また喋らなくなっていた。
『レオンハルト、恨むのなら強くなれ。でなければお前に価値はない』
エドヴァルドが俺を捨てたのは……。
スタンフィールドで、騎士団に入れと言ってきたのは……。
いや、何にしろ、父親でも何でもなかったわけだ。
望まぬ子どもだっただけだ。惚れた女が孕んでしまった、身に覚えのない他人のガキだったというだけ。
そりゃあ、憎くもなるのか。
頭で考えることと、心が思っちまうことがいつだって噛み合うとは限らないんだ。




