帰ってきたリアン
「ただいま帰りました」
「おう、けっこう長いこと戻んなかったな。サクッと帰るかと思ってたけど」
「ええ。実家に行った後、王都へ立ち寄ってミシェーラと会ったり、足を伸ばしてレヴェルト卿にご助力いただいたことのお礼へ行ったり、エレキアーラで例のマティアスの坊やと会ったり、色々としてきたものですから」
さらっとこいつはまた、手を広げ、足を伸ばして……。
ミシェーラ姉ちゃんに会ったとか、オルトに助力してもらったとか。けどそんだけ移動して1年ちょいで帰ってきたってのはけっこう早いな。リアンの実家とレヴェルト領って、ディオニスメリアの端から端だろう。
「これからは、もうあまり外へ行くこともないでしょうしね」
リアンが約1年半ぶりに帰ってきた。
マレドミナ商会の代表を辞め、これからはエンセーラム王国の宰相である。言っても国王である俺の補佐をする役目の最上級という意味合いだが。まあ、俺はお飾りみたいなもんだから実質的な国の指導者だ。
「わたしがいない間、何か変わったことはありました?」
「ユーリエ学校の卒業式やったぜ」
「ああ、わたしも帰途で支部に立ち寄ってきて会いましたよ」
「そっか、元気そうだったか?」
「ええ」
それは良かった。
「あと……ロビンがな?」
「ロビンが?」
「……リュカから、発情の匂いを嗅いだとか言って……シルヴィアに」
「ほう」
「どうなってんだろうな?」
「気になりますねえ」
こういう話をできるからリアンはいい。別にどうこうするつもりはないが、あれこれ言い合うのが楽しいってもんだ。なのにロビンはしてくれない。
「あとフィリアが、いやいや期」
「おや、それはお可哀想に」
「ずっとなんだけどな! ハッハッハ!」
「ハハハ」
「お前まで笑わないでくれよ……ヘコんでるんだから……」
「てっきり一緒に笑って吹き飛ばそうという誘いかと。これは失敬」
分かってるくせに、こいつは。
「そっちは? ミシェーラ、元気だったか?」
「ええ。屋敷に招いていただきまして。ブレイズフォード卿とも晩餐を」
「マジで?」
「いやあ、緊張させられましたよ。さすがに」
平然と言ってるから、特に何もなかったってことでいいのか……?
「そのことで、後ほど、お話をしましょう」
一抹の疑念を抱いていたら声のトーンを落としてリアンに言われた。やっぱ、何かはあったのか。分かったと返事をしておく。
「あとは……ジェニスーザ・ポートを出航する直前に聞いたのですが、どうも陛下のお体がよろしくないようだと聞きましたよ」
「ディオニスメリアの?」
「ええ。トヴィスレヴィ殿下の使節団を呼び戻しにいくという騎士も見かけましたし、近い内に雲隠れされるのかも知れません」
「そうか……」
「すでに後継者はシグネアーダ殿下と決まっていますし、特に治世に乱れは出ないとは思いますが……喪に服す影響で色々と買い控えなどがあるでしょうからね。市場への影響はあるかも知れません。ディオニスメリアはマレドミナ商会の主要な市場ですからね」
「なるほど……」
まあ、小難しいことは聞くだけ聞いておくけど、リアンに任せておくとしよう。
これまでリアンは島にいる間はマレドミナ商会本部で寝泊まりしていたが、もうそれを退いた。どこに泊まるんだと尋ねたら、ロビンのところへ転がり込むと即答されたので、ロビンハウスに向かっている最中だ。
「使節団が呼び戻されるのだとしたら……」
「ん?」
「マティアスも帰ってくるでしょうね」
「ああ……そうだろうな」
「その時には、ロビンとのことに答えを出さねばなりません」
「そうだな……。一応言っとくが、ロビンは考えが変わってねえぞ」
「わたしもです。困りましたね」
困りましたね、じゃねえよ……。
結局どうにもならなかったら、リアンは体外的に結婚すると言ったのが嘘になってマレドミナ商会は大ピンチになる。偽装結婚なんてのもバレたら大変だろうし。
つーか、普通にお前ら結婚しとけって俺も言いたいし。
マティアスが心変わりでもして、ロビンを専属魔法士にしないとか言い出さない限りはどうにもならないんじゃなかろうか。でも、そんなのあり得ねえ――いや、あるんじゃないか? マティアスがこの現状を知ったら、男前にロビンに自分の幸せを優先しろとか言って考えを改めたり……? いやいや、でもロビンはそんなの受け入れるのか? あいつだって色々考えた上でそうするって決めたのに、いきなりなしにしろとか気を遣われて言いつけられたって反発するだろう。やっぱこの考えもダメだな。
ロビンの家に着くが、留守だった。メーシャもいない。
リアンは我が物顔で荷物を置き、簡素な炊事場に立って何やら料理を始める。
「レオンも食べていきます?」
「つーか、お前は遠慮ねえのな……?」
「これから結婚しようと言うのに、何を遠慮する必要があるんです?」
「……俺はエノラの手料理食いますぅー。メーシャを追い出す方便が欲しけりゃ、適当言って寄越してもいいぞ」
「ふふっ……お気遣い感謝します。あ、王宮の建築状況はどうです?」
「んー、もう9割方? あとはこまかーい、内装とかの部分だとさ」
「では完成したらレオンはそちらに居を移していただきましょう。わたしも王宮近くに移り住みますから」
「王宮住むの?」
「王の住まない王宮なんて意味がないでしょう」
「いや、だけどさあ……」
「いけませんよ、レオン」
「……せめて、じいさんが逝くまでだけ。それまで、今の家で頼むよ。絶対、じいさんは王宮なんて住まねえだろうしさ、俺とフィリアがいなくなったら張り合いなくなってころっと逝っちゃうから、絶対。最近、骨と皮ばっかになってきててさ。年なんだよ」
まだ漁には毎日出ているが、食が細くなってきているような感じがある。いつころっと逝くのかと不安なのだ。看取ってやるという約束を、一度は反故にしかけたがまたそうできそうになっている。今度はちゃんと死に水を取ってやるつもりなのだ。
「……では、分かりました。けれどチェスターさんの体調をわたしが見て、ピンピンしていて死ぬ気配もなさそうでしたら連れて行きますからね?」
「多分お前の目にも死期が近いのは分かる」
「そうですか……」
リアンが料理をする姿を眺める。袖をまくってきびきび料理している姿は何だか、新妻ってよか、シャレオツなカフェ店員って感じに見えてくる。かなり手慣れてる。
「お前は料理もできるのな……」
「レディーとお喋りをする時、料理のお話をしても楽しませてあげられますからね」
「さいですか……」
料理をしながら、リアンは後ほど、としていた話を切り出してきた。ブレイズフォード邸に招かれた後、何とオッサンに声をかけられて忠告を受けたらしい。何でもエドヴァルドが快く思っていないやつがいる、と。俺のことだろうなとはピンときた。俺を殺しにかかってきたやつだ。
打ち明けていなかったが、スタンフィールドに行った時に因縁をつけられて殺されかけたとだけ教えておいた。親子だとか、そういうのは意図的に伏せて。リアンなら、何かを隠していることには気づいたかも知れないが、触れてこなかった。隠している意図を察知してくれたならいい。
そういう話をしてから、今後の国の運営についても軽く喋った。さらには、ミシェーラと会った時の様子なんかを教えてくれた。変わらずに元気なようで安心した。リアンの手と口はよく動いて、喋りつつも料理はよどみなかった。そして夕暮れにロビンとメーシャが仲良く帰ってきたのでお暇した。
その晩、メーシャが我が家に来ることはなかった。




