ブレイクイット!
「……何かあったのか? 僕が間に挟まれると、そこはかとない違和感がある」
「るっせえ、だあってろ」
合同授業。昨夜からロビンとは、一言も口を利いていない。
俺が銛をぶん回しまくってから、それでも怒りが収まらずに戻ると、すでにロビンは二段ベッドの上で丸まっていた。朝になっても何も話すことはなかった。それで合同授業の時間になっても、同じだった。
ただ、何を考えてか、あるいは習慣や習性か、他に行き場がないのか、合同授業の講堂にしょげたままやって来たロビンは――いつもとは少し違い、マティアスの横へ腰掛けた。そしていつもなら、授業の開始前に必要なものを机へ出すはずなのに、鞄を胸に抱えたまま座りつくす。
やがて担当の教官と魔法士養成科の教師が授業開始とともに来る。
「……マティアスくん……書くものと、羊皮紙、貸してくれない?」
「別にいいが、自分のはどうしたんだ?」
「ちょっと、やっちゃって……ダメに、しちゃって」
「貸すなんてケチなことはしないさ。そっくりそのままやる」
また、何かされたのか。
収まりかけていたものが、ふつふつと湧いてくる。
ネグロのやり方にもムカついちゃいるが、ロビンにも同じくらいに、もしかすればそれ以上に、腹が立っている。
ロビンは、自分が獣人族だからこうなっているのを仕方がないと諦めた。
それが気に食わない。反吐が出そうなほどに頭にくる。はらわたが煮えくり返る。脳みそが沸く。
あっという間に授業は終わった。
鉛筆があれば、何本折ったか分からないほど、手の骨を鳴らし続けていた。
こういう時は、フルテンでエレキをかき鳴らしまくってピストルズを歌いまくりたい。何なら、ベースに持ち替えて享年21歳のパンクスターごっこをしまくりたい。できねえけど。この世界じゃ、できやしねえけど、そういう気分だった。
「レオン、うるさかったぞ。集中させろ」
「へーへー、わるーござんした」
「…………」
朝から俺の機嫌が最悪なのはマティアスもとっくに承知のはずだ。
この日の授業はこれで済んだ。とっとと帰ろうと席を立ち、講堂を出ようとしたらジェルマーニとネグロが、この前とは違う2人を従えて俺を取り囲んできた。体のデカい野郎と、くるくるパーマの目つきの悪い女。
「おい無能、いよいよ2週間後だぞ、模擬戦は。誰と組むつもりだ?」
「邪魔だからどけ」
通り過ぎようとしたが、体のデカい騎士養成科の学生が邪魔をした。虫の居所が悪いのが見て分かんねえのか、こいつら。
「つれないことを言うなよ。俺達の仲間をわざわざ、紹介しに来てやったんだ。
こいつは知ってるよな? ブリアーズ、父君は現役の騎士団だ。父君から手ほどきを受けているんだ」
知るかよ。
「そして、彼女はエンライト。
魔法士養成科の女子では彼女ほど巧みに土魔法を操る者はいないんだ」
だから知るかってんだよ。
「これが、俺達の学年では最強の組み合わせだ」
「そっちは無能と、獣人と、落ちこぼれたカノヴァス……。あれ? 人数が足りてないんじゃないかい?」
「…………上等だよ、ここで俺がてめーらまとめて相手してやろうか? ああ?」
滅多に抜かない、腰の安物の剣の柄を握る。
だがジェルマーニはへらへらしながら笑い出す。
「へえ、ここで? やってみろよ、無能。
やれるものならやってみればいい。一方的に剣を抜いて斬るか?
レヴェルトの後ろ盾があろうが、ここでお前だけが一方的にそれを抜けば退学は確実だぞ?」
舐め腐ってやがる。退学なんぞどうだっていい。
卒業しようがしまいが変わりゃしねえ。ここで鼻の穴をもっとデカくなるように切り刻んで広げてやりゃオルトも笑うだろうよ。
「――何をしてるの?」
女の声がした。エンライトとかいう女じゃない。
尋ねているのではなく、咎めたような横入りの声だった。ジェルマーニが舌打ちをすると、4人が気だるそうに講堂を出ていく。
剣を放して俺も行こうとしたが、肩を掴まれた。振り払いながら歩いていこうとしたが、また掴まれて振り返った。
「んだよっ!?」
「何って、何? 何をしてるの、って訊いたのに」
その女を見て、半歩、思わずたじろいだ。
栗色の髪。ローブの上からでも想像のつく、発展の兆しが見えていない平坦そうな胸。
今は俺を細めたキツめの目で見ているが、確かにダブる面影のある――
「わたしはミシェーラよ。ミシェーラ・クラシア。
ネグラやエンライトと、何を揉めていたの? えと……」
「ミシェー、ラ……」
「そうだけど……あれ、あっ、前に階段で」
やっぱり彼女は、ミシェーラ姉ちゃんだった。
「レオン、レオンっ! 何を逃げてる、お前らしくもない!」
マティアスに捕まえられたのは岩山の頂上にある修練場だった。麓からここまでの全力の上り下りに使われたり、ひたすらに剣の素振りをするのに使われる。言わば屋上のような場所。欄干などはなく、足を滑らせれば急な斜面を転げ落ちていくはめになるだろう。
「朝から何かあったような感じはしてたが、一体どうしたんだ?」
「放っとけよ、もう……」
「放っておけるか。おかしいぞ、お前」
次から次へと面倒事ばっかり出てきやがって。
うざったい直接的な嫌がらせも、因縁をつけられるのも、遠回しなちょっかいも、生まれの家のことも、ロビンのことも、何もかもが面倒臭い。どうしてこんなに一度に降って湧く。
「レオン、僕に言えっ!」
肩を揺さぶられて舌打ちをした。
「今はひとりにさせろ!」
「だったら、気が済むまで待つ。落ち着いたら言え、ここで待つ」
「いらねえんだよ、そういうの……」
座り込む。
髪の毛をかきまくる。
どうしようもなくむしゃくしゃする。
ムカつく。ムカつく、ムカつく、ムカつく――!!
「だああああああああああっ、クソったれが! あんの性根の腐ったクソどもめ、わらわらわらわらと出てきやがって、踏みつぶす、ぷちっと潰して地面ににじって擦り込んで小便ぶっかけてやらぁっ! もう容赦しねえ、完膚なきまでにすり潰して魚の身と一緒に蒸してカマボコにした上でグロフィッシュ釣りの撒き餌にしてやる、それを食ったグロフィッシュでまたカマボコ作って、延々に海で循環させてやる!!」
叫ぶ。地団駄を踏む。
それで可能な限りに息を吐き出し、呼吸を整える。
「カマボコって、何だ……?」
「自分で考えろ」
「考えるも何もないだろうっ!? 大体キミは前々から思っていたが、本当に7歳か? 言葉遣いが悪いにもほどがあるぞ。しかも意味も分からない……」
「漁師なめんな」
「今は漁師じゃないだろう。というか、漁師が全てそんな言葉遣いなら僕は学院生活が始まって以来最大のショックだぞ」
「るっせえ、ボケ」
「だから言葉を……ええい、もういい。話せ、レオン」
吹っ切れた。もう好き勝手にやる。
知ったことかと開き直って、俺のやりたいようにやる。
「ロビンが、虐められてる」
「……それは知っている」
「なのにあいつは、自分が獣人だからとか抜かして、諦めてる。それが、今、1番むしゃくしゃしてる」
「そう、か……。獣人差別は根強いものがあるからな……」
「それ禁止な」
「は?」
「嫌いなんだよ、諦めるって。どうにもならねえってことなら、まだ譲れる。
だけど、獣人だからって何だ。ロビンが悪さしたわけでもねえのに、理不尽なことされてはいそうですかって受け入れる道理はない。
嫌なら足掻きゃあいいのに、それさえしない。てめえで、てめえが良く思われるようにすりゃ変わるはずだろ。
なのに全部諦めて、悔しいのも怒りたいのも我慢して、ぷるぷる震えて、そういうのが俺は大っ嫌いだ。反吐が出らぁ!
だからお前も、ああそれか、みたいな反応やめろ。どうにかする。最初はロビンが一目置かれるようにする。そう決めた」
マティアスが何か言いたげに口を開きかけたが、見ると、渋面してから閉口する。
「文句あるかよ?」
「文句と言うか……ロビンがそれでどう思う?」
「嫌なことを嫌って言えねえのが悪いんだよ、俺を止まるとすりゃ、あいつがぶつかってきてからだ」
「ジェルマーニやネグロのことは? あとひとりがいるんだぞ? 時間も差し迫ってる」
「……ミシェーラ」
「ミシェーラ?」
「きっと貴族だ。上流かどうかまでは知らねえけど。……ミシェーラなら多分、力になってくれる」
「キミが逃げ出した、あの彼女か?」
「うるせえな……」
「知り合いなのか?」
「詮索すんなよ……。俺のことも伏せて、お前から頼め。ロビンのこと言ったっていいけど、俺のことは言うな」
「意味が分からないぞ」
「いいから、そうしろ。そうしてくれ。……頼むぜ、相棒」
「…………僕はキミの相棒になったつもりはない」
「ああそうかよ」
「だが、僕まで軽んじられるのは――ひいてはカノヴァスの名誉を汚されるのは心外だから、そうしてやる。その代わり、いつか話せよ」
いつかな、と言い返す。
ミシェーラ姉ちゃんのことは、後でいい。
問題はロビンだ。
あいつの諦念をぶっ壊さないといけない。そのために俺ができるのは――
「おい、どこへ行く?」
「フォーシェせんせんとこ」
「これからか? 授業の時間でもないのに」
「でもって、無能のレオンハルトじゃなくなってくる」
穴空きの魔力欠乏症。無能。劣等体質。
それはきっと、ロビンにとっての獣人であることと同義だろう。
だったら、俺がこの身体で示してやる。
その気になってやれないことはない。やる、やらないじゃない。
どんだけ高くて分厚い壁だろうが、壊すつもりがねえんじゃ壊せるもんも壊せない。
それを、分からせてやる。