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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#32 それぞれの進退
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若い2人の休日






「リュカ殿、原稿を回収に来ました」

「……そこ」

「拝見させてもらいま――リュカ殿?」


 顔を逸らす。

 壁新聞に書く内容にいつも困ってるシオンが、俺のところに来て書いてほしいって言ったのが4日前。最初は張り切ったけど、作文って苦手だ。5行書いただけで、もうあと何を書いていいか分からなくなって放置してしまった。


「これは……下書きですか? 清書したものはどちらに?」

「……それで、終わり」

「……はい?」

「俺ムリなんだってば、こういうの……」


 シオンが紙を持ったまま、俺を複雑な顔で見てくる。

 そんな顔をされたって、俺も困るしかない。できないものは、できない。


「明日の記事をどうすればいいんですか、それでは……!?」

「ごめんってば! どうにか埋めて!」

「そんなっ……もう万策尽きてるんです!」

「尽かさないで!」

「無茶を仰らないでください! お願いします、リュカ殿っ、どうかわたしを助けてください!!」


 結局、今夜中にっていうことにされた。

 シオンは明け方前に大きな紙4枚に同じ内容の新聞を書いて、日が昇る前に各島に貼りにいく。それに間に合うように書いて持ってかなくちゃならない。


 一応書き終えたものを見直す。内容は何でもいいから、って言われたからソアのことを書こうと思ったら絶対に足りないな、って思った。だから変更して、神様へのお祈りについて、ちょっとだけ書いた。でも5行で終わっちゃった。これ以上、どう詳しく書けばいいんだろう。



 悩んでいたら礼拝堂にシルヴィアがやって来た。礼拝堂内にある俺の部屋に顔を出してきて、俺が睨んでる紙を取り上げて眺める。


「シオンにお願いでもされましたの?」

「うん……」

「あなたって字がとってもヘタですのね」

「読めればいいの……」

「学校で教えてる子よりも汚いかも知れませんわよ?」

「……いいの、別に。死なないから」


 呆れられた。


「何しに来たの?」

「あら、用事がなくては来てはいけないのかしら?」

「そんなことないけど……。て言うか、ここは俺の部屋。礼拝堂にはいつ出入りしたっていいけど、ここは俺の部屋なの」

「あら、ごめんあそばせ。だからこっちはあんまり綺麗ではないのですね」

「もう……うるさいな。今日掃除しようと思ってたの。占いもなしの日だし、やることもなかったし……。なのにシオンが来て、書け、助けてって……。でも書くこと分かんないし、俺、そもそも文章考えるの苦手だしさあ……」


 こういうのはちゃんとできる人に頼めばいいんだ、そもそも。いいよ、って言っちゃったからもうシオンには言えないけど次は断りたい。ああでもそうしたらシオンにまた縋りつかれちゃうかも……。そしたら断れなくなっちゃう……。



「これ以上、書くことが本当にありませんの?」

「ない」

「でしたらまずは、言い回しを変えて……あとは、書いてあることのひとつずつを、丁寧に解説した方がよろしいのでは? 文章というのは話し言葉とは違うのですから、そのように書かなくてはいけませんのよ」

「どう書くの?」

「椅子をお借りしますわね。まずは……最初のこの1文から添削いたしましょう」



 シルヴィアが教えてくれた。内容のかさまし、っていうのを一緒に考えてくれた。お祈りの方法は自由です、っていうだけじゃあよく分からないらしい。だから、こんな風にする人がいます、っていう紹介を思いつく限り挙げて、それをシルヴィアが正しい文章に直してくれた。

 そういう風にしながら5行しかなかったのをどんどん膨らませていった。それでもまだシオンに言われた量にはならなかったから、クセリニアで根づいている十二柱神話の祈祷に関連する文化っていうのも書いた。シルヴィアにあれこれ尋ねられて、それに分かる範囲で答えて、ちゃんとした文章にしていった。


 難しい言葉とかもシルヴィアはいっぱい知ってて、俺が言ったことなのにちょっと言葉を変えたりするだけで頭が良さそうなものになってった。すごい。



「これでおしまいですわね」

「終わっ……たぁー!!」


 最後のピリオドを打って、両手を上げた。

 出来上がったのを読む。本当に俺が書いたんじゃないみたい。文章はシルヴィアがほとんど考えてくれたようなもんだけど。でも、俺の頭にあったのが文章になっちゃった。すげー!



「ありがと、シルヴィア」

「お礼なんてよろしくてよ。……あなたには、いつもお世話になっていますし、たまにはこうして恩を返しておかないと、それを盾にして――」

「そんなことしないよ」

「いいえ、分かりませんもの。これはわたくしの戦いなのですから」

「……あっそ」


 まだまだ、全然明るい時間帯。

 けっこう時間はかかっちゃったけど、夜までどころかお昼にもなってない。


「シオンのとこにこれ持ってくけど、一緒に行く?」

「ええ、ではご一緒しますわ」



 王宮前広場の舟乗り場から、ユーリエ島の学校前舟乗り場へ渡った。シオンは最初は俺と一緒にレオンのとこで寝泊まりしていたけど、俺が礼拝堂に住むようになってしばらくしてから、やっぱり出て行っていた。あそこはレオン達の家だから。

 それで今は学校に近いところに建てられた大きめの家に住んでいる。家っていうか、作業場だ。中にはいつも大判のパピルス紙があって、これが壁新聞にもなる。インクやペンもいっぱいある。そんなシオンの家に行ったけど、留守だった。学校がない時はいつも壁新聞のネタを探すために島中を駆け回っているから珍しくない。だから、原稿を分かるようにちゃんと置いておいた。



「終わった、やったー! お休みだーっ!!」

「そんなに忙しくされてましたの?」

「昨日なんて午前中に結婚式があって、5隻目の船の進水式が午後にあって、ぎっくり腰だって呼ばれてすっ飛んでいって、それから占いが13人で、あと……」

「もういいですわ。大変でしたというのは伝わりましたから」

「昨日はかなり忙しい日だったけど、普段だって色々あるし……。明日はトウキビ島の徴税しなくちゃだし……」

「トウキビ島の徴税は……確か、シャビィでしたわね。明日が初仕事……ちゃんとできるのかしら……?」

「あっ、明日だって言ってなかった」

「ダメですわよ、そんなでは。あなたはシャビィの上司なのでしょう? きちんと仕事については教えて差しあげなければ。シャビィのお家へ今から伝えに参りましょう。さあ、お早くなさってください」



 シルヴィアに引っ張られるようにして行くことになった。明日になったら礼拝堂に来いって言っておいた。けっこう内陸の方にシャビィの家があったから時間がかかっちゃった。お昼ご飯の時間になって、食べていったらって誘われたけど俺がいっぱい食べすぎて迷惑になるんだからって、またシルヴィアに引っ張られてありつけなかった。お腹空いてたのに。



 結局、トト島玄関港で食べることにした。マレドミナ商会直営の食堂に入ると、そこのコックが俺を見てぎょっとしていた。いっぱい食べるから、作る方も大変なんだと思う。でもそんなに驚かなくたっていいと思う。まあ、いっぱい注文するんだけど。



「そういえばシルヴィア、何しに来てたの? 俺に用事? ソアにお祈りでもないんでしょ? 占いは今日やんない日だけど」

「学校がお休みで退屈をもてあましていただけですわよ」

「ふうん……」


 前、シルヴィアを占った時に色々やった方がいいってことになって、学校が休みの日には何かできることを探してあげてた。けど最近はシルヴィアは自分でそういうのができるようになったから、俺はしなくなってた。今のところ、あの時の占いの結果みたいな大変そうな事態にはなってない。


「…………」

「…………」


 ご飯がまだこない。全部大盛りで、ってお願いしたからかも。

 何か話すようなことが浮かんでこない。どうしようかなって考えながらふとシルヴィアを見る。と、目が合った。


「…………」


 顔を逸らしておく。


「どうされましたの?」

「何も」

「何もないなら、どうしてわたくしの顔を見てから、お顔を逸らしますの? そういうのは失礼と申しますのよ?」

「何でもないってば。目なんか見合ってもどうにもなんないから、いいやって目え逸らしただけじゃん」

「白々しくはありません? あなたはそのようなことを気になさるお方ではないでしょう?」

「そう思ったの!」


 体ごと横を向いて、肘をついて顔を支える。

 たまに、何だか変になる。ふとした時にシルヴィアをじっと見ちゃうことがある。そうすると何だか胸がドキドキしてくる。これって何だろうと思うけど、薬とかは苦くて嫌いだから出されたら嫌でエノラにも相談してない。


 ご飯ができて、どんどん運ばれてきた。どれもこれもおいしい。特に好きなのは、米。俺が神殿でもらって持ち帰ってきた種を撒いたやつ。これの畑――田園っていうのがいっぱい、島中にできている。レオンもこれが大好きで、たくさん作れって命令してた。顔より大きなサイズのお皿に、山盛りで出してもらった米をいっぱいのエンセーラムの食べもので食べた。

 さすがにそれだけ食べると俺のお腹も6分目くらいになって、それで終わりにしておいた。炊いておいた分が全部なくなっちゃったってお店の人にも言われたし。



「また来るから」

「……はい」

「お釣りはいらないから、お店がんばって」

「ありがとうございます、神官様」

「リュカでいいよ」


 お店を出る。


「本当にたくさん食べられますのね……。何度見ても目を疑ってしまいますわ」

「食べるの好きだから」

「あっ……リュカ、そのまま」

「ん?」


 シルヴィアが俺に近寄って、手を顔に伸ばしてきた。顔が近い。ドキッとする。と、触りかけた指が離れた。お米の粒を取っていた。


「頬についていましたわよ」

「…………うん」


 何でだろう、耳が熱い。シルヴィアは背が俺よりちっちゃい。子どもみたい、とか言うシルヴィアを見下ろすと、服の襟元からおっぱいの谷間が見えた。


「リュカ?」

「あっ……う、うん」


 背中を向ける。


「どうして腰をかがめてらっしゃるの? 食べすぎ?」

「ち、違うってば!」

「お腹が痛いとか?」

「違うの!」



 何でこうなるんだ?




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