何もかもが、ずっと
卒業試験2日目。
朝食の食材はさくっとロビンが狩りで調達をしてきて、その捌くところを見せてやった。可哀想にも見えてしまうが、生きて食べるのはそういうことなんだと思えるだろう。
そして2日目はベリル島の散策にした。これは別に班に分けたりもせず、ベリル島にどんな魔物がいて、どんな植物があるのかというのを1日かけて歩き回りながら見ていくだけだ。
自生していたパピルスを見つけるとシルヴィアが、これをどうやって紙にしたのかと解説なんか始めたりして。ロビンが山鳥を見つければ、さくっと仕留めて狩りの何たるかを見せつけてくれたり。
島の産業に関わることや、知っておいて損はしないだろうということなんかをざっくばらんにでも分かってくれればいい。百聞は一見に如かずの精神だ。
ベリル島にある山も登った。そこまで標高が高いわけではないが、頂上からは建設中の王宮も、音楽ホールも、礼拝堂も、迎賓館も一望できた。そこで昼飯にし、また野外炊飯。ロビンが仕留めた山鳥と、俺が途中で摘んできた山菜で炊き込みご飯にしてやると久しぶりに子どもらからの尊敬を受けられた。
もっと別のことで尊敬してくれてもいいと思うんだけどなあ。
昼飯の後にレストを呼びつけ、俺と一緒に空中散歩をさせてやると大好評だった。ただ、ちょっと子どもらのはしゃぎようがレストに伝染したようで、かなりハッスルした飛び方をされて、気が気じゃなかった。落ちたらどうするんだと軽くレストを叱っておいた。
2日目は散策に終始し、その夜にキャンプファイアーをした。
大きな組み木を燃やすとリュカは、カハール・ポートでの豊漁祭を思い出したようだ。ロビンの故郷でも大きな火の周りで打楽器を鳴らして踊るという文化があるようで、尻尾にその浮かれた気分がよく表れていた。カホンも作ってロビンに叩かせ、俺も持ってきていたリュートも鳴らした。
夜遅くまで起きてはしゃぐというイベントに子どもらも浮かれていた。
ひとしきり盛り上がったところで、しみじみしようぜということでじっくり子どもらと話した。家庭訪問での進路相談も終えていたから、それぞれがんばれよとか、夢は何だとか、そういう話をした。
親の仕事を継ぎたいと、明確に思っている子どももいた。お嫁さんになりたいっていうのもいた。中には島を出てみたかったというのもいて、マレドミナ商会の支部に働きにいくのが楽しみだと笑いながら言っていた。それに俺達みたいに学校の先生になりたいだとか、ベリル島のガイドになりたいとか、料理人になりたいとか、色々な夢を子どもは持っていた。
皆、エンセーラム王国が好きだと言ったのが不覚にも俺の涙腺を緩ませにかかってきた。煙が目に染みたと言い訳をしておいた。俺まだ若いのに、何で緩んじゃうかな。
火が消えて、天幕で子どもらが寝た。
持ってきていた酒を開けた。
「ようやく終わるな、卒業試験……」
「そうですわね……」
しみじみムードが抜けない。
「生意気極まりなかったガキどもだったのに、もう卒業か……」
「何度心臓が止まるかというほど驚かせられたやら、分かりませんわ……」
「レオンがこんなにひとつのことを長く続けたのって、ちょっとなかったよね」
苦労を思い出していたらロビンがちと引っかかることを言った。
「何でもある程度の軌道に乗ったら、別の人に任せたりしてたのに学校だけはもう3年だもの。まだやめるつもりもないんでしょ?」
「まあ……な。確かにそう言われるとそうか……。そうだったな……」
「案外向いてたのかもね」
「案外って何だよ、ロビン」
「あはは、ごめんごめん……」
「でも案外じゃないの?」
「おいこら、リュカ」
揃いも揃って案外、案外って……。
確かに俺は下のクラスしか受け持ってねえし、小難しいことは教えられねえけども。
「俺思ったんだけどさあ」
リュカがサトウキビを奥歯でかじりながら言う。器用なことに魔手で顎を強化しているから、皮を剥かなくてもそのままかじって甘いのを吸っている。たまに口から、ぺっぺと皮や繊維を吐き出す。
ワイルド極まりない食べ方だ。
「普通に大人になるってすごいよね」
「何を当たり前のこと言ってんだ?」
「俺ちっちゃいころ、周りにいっぱい、子どもの内に死んじゃうのとか見てたから。皆、親がいるし、お腹をすかせて死んじゃう人もいないし、盗まなくちゃ食べられない子どももいないし。だから、すごいと思う」
孤児だったころのことはリュカにとっては絶対になくならない経験だ。原体験としてそれが刻み込まれている。だからいつまで経っても食べることが最優先だし、孤児でなくなったキッカケになった俺にずっとついてきている。
「この……卒業試験でやってたことって、俺からしたら別に今さらって感じのことばっかなのに、子どもは皆できなくって、変だなって思ってた。でもそれって、そんだけすごいことなんだなって思った。だって、やらなくても良かったってことだもんね?」
「そうですわね……。けれどそれはこの国にとっては今もまだ黎明期だからというだけに過ぎませんわ。いずれ時が経って文化が円熟してくるにつれ、様々な問題が発生しますわよ。貧富の差や、それに起因した犯罪。政がうまく運ばれなくなれば国家体制への不満が生じて、内乱や、独立だという動きが出てくるかも知れません」
小さな焚き火に照らされたシルヴィアの顔は遠いところを見ているようだった。自分の故郷だろう。口にした未来への不安だって、自分の国で起きたことなのかも知れない。
「……そうなの?」
「そんなもんだよなあ……。何もかもが、ずっとうまくいくとは限らない」
「うん……」
「けれど……そうならないために、教育があるのだとわたくしは思いますわ。最初は子どもに勉強を教えるなんて嫌でしたけれど、今では……やりがいさえ感じてしまっています。未来を創っていくのは子ども達ですもの、彼らに正しい教育を施せればどんな困難にも乗り越えられるはずですわ」
ピクッとロビンの尻尾が立った。何かと思ってロビンの顔を見ると、目だけがじっとリュカを見つめている。僅かにロビンの鼻がひくつくのも見えた。
「……でも、こういう体験はあまりわたくしに合いませんわ。もう体が疲れてしまって……。先に休ませていただきますわね」
欠伸しかけたのをグッとこらえながら、シルヴィアが腰掛けていた木から立ち上がった。そのまま自分の天幕へと戻っていく。
「俺も寝る。おやすみ」
「ん、おやすみ」
「おやすみ、リュカ」
リュカも立って、茂みの中へ何故か入っていった。寝る前のしょんべんか?
ロビンはしばらくリュカが入っていった茂みの方を見ていたが、焚き火を向いて、火を枝でつついた。
「どうかしたかよ?」
「えっ?」
「リュカに反応してたろ?」
「……あ、い、いや、別に……」
「何かあったな? お見通しだっつーの。お前の尻尾をいつでも俺は見てるんだぞ?」
「引いていい……?」
「できれば引かないでくれ。んで、どうした?」
尋ねるとロビンの尻尾が悩み出した。俺の視線に気づいたのか、ロビンが自分の尻尾を握って膝の上に持ってくる。悟らせないための作戦だろう。
「……レオン、あんまり……その、茶々入れたら、ダメだよ?」
「何だよ?」
「リュカから……発情の匂いがした」
「……マジでか」
「あ、でも発情って言っても、盛ってる方じゃなくて……こう、あるじゃない? 人に好意を向けた時の匂い」
「いや分からねえけど」
フェロモン的なもんなのか?
そんなの嗅ぎ取れないっつーのに。
「本当にシルヴィアのこと、好きなのかなあって思ってたけど……丁度さっき、好きになったのかな、って」
「……あいつ惚れっぽいんだよな」
「でももうリュカだって大人だよ。レオンが言うような好意じゃなくて、あれは異性に向けた匂いだったよ」
「そこまで判別できんのか……。獣人族ってほんとに鼻いいのな」
「金狼族だからね」
金狼族が特に鼻がすぐれてる、ってことなのか?
「リュカに変な茶々入れたらダメだよ?」
「しない、って……。ガキじゃあるめえし囃し立てるかよ」
「レオンならやりそうかと思って……」
信用ないのな、ちょっぴり寂しい。
「でも……いきなり、その匂いしたのか?」
「そうだけど?」
「……一体どこでリュカがそんな反応したんだ……?」
「さあ……? そこまでは分からないけど……」
「あとあいつ、リーズのこととか覚えてんのか……?」
まあいいや。口出しすまい。
酒をロビンと一緒に飲み干してから、俺達も寝ることにした。




