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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#32 それぞれの進退
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ユーリエ学校の卒業試験





 卒業試験の引率はユーリエ学校の教員として、俺とシルヴィア。手が足りないだろうということでリュカとロビンを動員した。試験を受けるのは21人。下は9歳から、上は14歳まで。けっこうなバラつきがあるが、第一期なんだから仕方がない。

 夜なべして作った木製メダルに名前を書かせた時の光景が懐かしい。シルヴィアと三文芝居をして足し算を教えた時も懐かしい。最初こそレオン、レオンと生意気極まりなく呼んできていたが、授業中だけは先生と呼んでくるようになっている。初めて先生と呼ばせた時はいちいち背中がむず痒かったが、今はもうしっくりきてしまっている。


 卒業かあ……。

 感慨深いなあ、何か。



「これから2泊3日の野外宿泊による、卒業試験を始めるぞ」


 はーい、と揃った声。

 ユーリエ学校の校庭に21人の卒業予定の子どもを集めている。


「まずはベリル島に渡る。小舟を用意してあるから、班に別れて出発だ。転覆するなよ。はい、開始」


 パンと手を叩くと無邪気にぺちゃくちゃ喋りながら子どもらがいつもジャルの曵く船から乗降している海沿いに走っていった。すでにそこには4隻の小舟を用意してある。7人ずつ、3つの班に分けて乗り込ませる。余った1隻は俺とリュカだ。

 早速船に乗り込んだ子どもらは櫂でバラバラに海面を叩き出した。が、ちゃんと櫂を操ってベリル島へ辿り着けるかな。海をナメちゃああかんぜよ。



 ロビンとシルヴィアはジャルに乗って、必死に操船しようとする子どもらを見守る。何かありゃあ、ジャルがいるから簡単に救出できるはずだ。俺とリュカは2人で1隻に乗り込み、子どもらに遅れてスタートし、あっさり抜いた。魔鎧はなしで。


「何でレオンとリュカ、速いの!?」

「今はせんせーって呼べ!」


 あっさり抜いたところで一旦止め、後ろを眺める。四苦八苦している。


「ねえレオン、これって意味あるの?」


 首をひねりながらリュカに尋ねられた。


「ある。あいつらは自分で舟を漕いだこともないからな。ただ櫂を動かしゃあ進むと思ってる。でも、呼吸を合わせないとなかなか動かないし、コツだってある。そういうのを理解させるのが目的だ」

「それを理解させると、どうなるの?」

「……ちったあ自分で頭使えよな……」

「何だよっ?」

「力を合わせなきゃいけないことってのはたくさんあるだろ。それを教えてるんだよ。協力する大切さってやつだ」

「……それ言ったの?」

「言ってない」

「何で?」

「お前みたいに、そばに何でも教えてくれるやつがいるとは限らないだろ」


 リュカはむっとしたが、言い返してこなかった。

 子どもらの中に親が水夫をしているというのがいて、そいつが周りに櫂の使い方を必死に教え出した。それが伝わって子どもらの舟が動き出す。ベリル島に上陸できたのは、それから約1時間もかかってからだった。大した距離でもないのに。



「それじゃあ、これからベリル島のほとんど手つかずの密林に入ってくぞ。あんまり魔物はいないとこだって下調べはしてあるけど、どっから湧いてくるかは分からねえから気をつけろよ」


 ベリル島へ渡ってきただけで、もう子どもらはへとへとになっていた。俺が先導し、リュカを殿(しんがり)につけた。リュカに魔影で子どもらがはぐれないように警戒させている。もしはぐれちゃっても、ロビンがいるから鼻で捜索することはできるという、安心の二段構えだ。

 そうしてあらかじめ決めておいたキャンプ場に到着した。


「よーし、到着。ここがこれから2泊する拠点だ。

 天幕(テント)張るとこ見せてやるから、よく覚えろよ」


 天幕設営を見せてやり、子どもらにもやらせる。地面に杭を打ちつけたり、ロープを張ったり、布を被せたり。けっこう馴れないと面倒臭い。これもあまり手伝わない。そして最初に天幕を張れた班にはご褒美をやろうと競争心を煽ってやった。


 ああだこうだと言い合うような姿も見られたし、それに呆れて「ちょっと男子〜」みたいな光景もあった。気楽にそれを眺めて、たまに手順が間違ってるのを見つけては口頭で教えてやる。それでもかなり子どもらは苦戦して、最初に天幕が張られたのは1時間も経ってからだった。ご褒美にサトウキビをやると、がっかりされた。毎日の給食に出しているから飽きているんだろう。

 甘いものに飽きるとは贅沢なやつらめ。



 天幕ができたところで、今度は野外炊飯。米食文化はけっこう根づいた。成功した。これは家でも手伝いをしているというのがけっこう活躍をしていた。が、野外でやるというのは勝手が違う。火を点けるために焚き火を集めなきゃいけないとか、大した火力が出ないから燃えやすいものに最初に火をつけないといけないとか、適当に拾ってきただけの枝なんかじゃあ水分もあって燃えにくいとか。

 自然とリーダーみたいのができたり、何でお前が仕切るんだという反発も生じていたり、ほほえましい人間模様を見せてくれる。

 大いにケンカすればいいさ。あからさまにおかしなことじゃなきゃ、リュカも反応しないで見過ごしている。


 少々遅めに昼飯が作られた。自分で苦労して作ったものはうまい。

 そういう当たり前のことが身に染みて分かってくれただろう。ついでに島を切り拓いていった自分の親達の苦労も少しは分かってくれりゃあいいなと思う。


 昼食が済んでから一時休憩とした。

 勝手に遊び出すやつや、疲れて天幕の中でごろ寝するやつもいる。



「ねえレオン……」

「ん?」


 子どもらを眺めていたらロビンに声をかけられた。


「何だかリュカとシルヴィアって、よく一緒にいるところ見かけるよね」

「……そうか?」


 言われてふと見れば、確かにリュカとシルヴィアが一緒に何か話している。学校が休みの日は作業所にこもりきりだから、あまり2人に会わない。だからそんなに一緒にいるってのを俺は見かけたことはなかったが……。


「あいつら、何話してるんだ? お前の耳なら聞こえてるんだろ?」

「別に普通のことだけど……。シルヴィアがこの前、パピルス紙を作ってるところにお邪魔して少しやらせてもらったとか、リュカがエノラに食べさせてもらった試作の料理がおいしかったとか……。他愛のないことばっかり」



 もしやエンセーラムの春の嵐はリュカとシルヴィアからも発生してるのか?

 リュカって惚れっぽいんだよな。リーズに結婚しようとか言ったり、他にもちらほら俺は目撃してきた。いい加減、昔のそういう感覚で安易に好きだとか言うこともないだろうけど……。


 それにあいつは性欲よか食欲だ。

 性欲<睡眠欲<越えられない壁<食欲、ということになってるはずだ。



「何か、いい雰囲気だね」


 リュカとシルヴィアが笑い合ったのを見て、ロビンが口元を綻ばせた。

 そう言えばあの2人って年も一緒だったっけか。リュカも本物の恋でも知れば大人になんのかね。さっぱりモノホンの恋をしてるリュカの姿が想像できねえけど。


「さて……そろそろ、次だな。休憩終わりっ! 集合!」



 休憩後は、食料調達。米だけは用意をしてやると言って、各班にその他の食材を調達しろと命じた。ちゃんと刃がついている剣と槍、それに弓矢や、投石紐(スリング)を与えた。3つの班があるから、それぞれに俺、リュカとシルヴィア、ロビンで分かれて同行し、手に負えなさそうな魔物と遭遇してしまったら守る。が、それ以外はノータッチ。


 俺がついていった班は最初こそ、初めて手にした武器に浮き足だって魔物を仕留めようとか言い合っていたがシンリンオオガザミに遭遇してそれをやめたようだ(シンリンオオガザミは俺がぶっ飛ばしておいた)。

 どうするのかと眺めてたら7人で話し合い、釣りにしたらしい。刃物でツタや長い枝を切り、それでめちゃくちゃ粗末な釣竿を作っていた。けっこう長い時間をかけて海に歩き出すが、方向が違っている。黙ってついていくと、さっぱり違った方へ進んでたことに気がついたようでまたケンカが始まった。止めることはしない。



 剣呑な雰囲気でまた密林の中を歩き出し、女の子が泣き出した。負けん気の強い男の子2人(ケンカしてたやつら)が責められる。そうして日が暮れてきて、こっそりと姿を隠した。とは言え、木を登って上から眺めただけだ。俺からはぐれたと誤解してくれてさらに不安に駆られていく。お腹もすいたし、疲れてもいる。帰る方向も分からなきゃ、頼れる大人もいない。


 ここで空中崩壊すりゃあ、もう卒業試験は不合格。さてどう出ると見守っていたら、そう危険でもない魔物と出くわした。逃げようと言ったり、お腹がすいてるから戦おうと言ったり。喋り合ってる間に魔物の方から襲いかかろうとし、魔弾を撃つ準備をした。が、撃たなかった。

 協力して倒そうとし始めたのだ。石を投げつけて。弓を使って矢を放とうとしてへろっと落ちて。子どもの体には重い剣を、槍を振って攻撃していく。声をかけ合いながらの稚拙で、危なっかしい戦いだった。結局、魔物は仕留められずに逃げていった。


 が、魔物を退けたというのが自信に繋がったようで気をつけながらとにかくキャンプに戻ろうということにしたようで歩き出した。すっかり日が暮れている。暗い密林は恐怖だろう。どこか遠くで、ギャアギャアとわけの分からん鳴き声も聞こえてくる。火を束ねた枝につけ、それを明かりにしながら固まって7人は歩いた。


 何時間もさまよって、ようやくキャンプに帰り着くと泣き出すやつもいたし、それをこらえているやつもいた。



「おう、お前らメシ食え。おかずなしの米だけだけど、うめえぞ、きっと」


 さっと木から飛び降りて姿を見せると怒られたが、なだめてやった。食料調達はできなかったが、見極めているのはそこじゃない。いざという時に協力して問題解決をはかろうとできるかどうかだ。



 そこは危うかったが合格点にしておいて、初日の夜が終わった。

 米粒ひとつも残さずに食べ、ひもじそうにお腹をさすりながら眠ったところで、他の2班がどうだったかと焚き火を囲ってロビン達から聞いた。まあ、似たようなことがあったようだ。でも合格点は出せるものということで合意しておいた。


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