形から入るレオン
「これより、ユーリエ学校の卒業行事に関する会議を始める」
「ハッ」
「いつも話し合いくらいしているのに、わざわざそうして格好をつける必要がありまして?」
「そうだよ、師匠っていっつも形から入るよね」
「るっせえ、形から入るどこの何が悪いんだよ」
子どもの帰ったユーリエ学校は静かになる。
そろそろ本当に教えることがない、ということで卒業を考えねばならなくなっている。卒業後に稼業を継がないという子どものための就職先にも目処は立ったし、そろそろいいだろうと思ってこの会議を開いた。
「シオン、壁新聞にユーリエ学校に2年以上通った子どもらの親宛ての文書を掲載しろ。内容は子どもの進路についての相談をやるから、俺とシルヴィアで家に行くぞって。細かいスケジュールの調整は任せた」
「ハッ、かしこまりました」
「相談とは何をしますの?」
「子どもに稼業を継がせるのかとか、子どもがそれを望んでるのかとか、継がせないならその後の仕事についての斡旋だとか、どういうことをするのかっていう説明とかあるだろうが。そういうのだ」
「自分の子どもなら、自分と同じことをさせたいものじゃないの?」
「そういう親心は百も承知だけど、そういうのって強制されると嫌だったりするだろ。百姓の子に生まれたら死ぬまで百姓だとか、それでもいいって思えるんならいいけど、全員がそう考えられるわけじゃない。大体、そういうのを親が強制して、そうなっていったら学校を作った意義が地味に薄れる。将来的には官吏とかも雇用していかなくちゃいけねえんだし」
まあ、それで100人が100人、音楽家になりたいとか言われても困っちまうところなんだけど。でも俺としてはやりたいことがあるんならやれと応援をしたいのだ。世の中に必要がない仕事なんて、そうそうないと俺は信じたい。
稼ぐことができるのであれば、奴隷商だとか、そういう他人の自由意志を踏みにじったりするもの以外は認めてやりたいのだ。
家庭訪問についての説明と意見交換をしたところで、卒業式についての話をした。式は必要だと唱えたのはシルヴィアと小娘。いらねえよ、と思うのが俺。俺の意見を最優先すると言ったのはシオン。これは無視。
「式典はひとつの区切りであって、そこでけじめをつけるという意味合いがあるはずですわ。明日からもう学校には来ないでくださいとただ言うだけでは、軽すぎますもの」
「でも俺堅苦しいの苦手だし……」
「それ師匠が苦手ってだけじゃん。面倒臭いとか思ってるんじゃないの? ああいう雰囲気がいいのに」
「いいのかあ? いいかあ? あれ。眠くなるだけじゃん」
「それはあなたが不真面目なだけではありませんこと? それに式典というのは集団に対する帰属意識を強めたりすることに効果的で……」
云々かんぬんとシルヴィアが説明を初めてしまう。
そんなもんなんだろうか。
けど確かに学院にいたころに出席させられた入学式だとか卒業式は、誰も彼もがキリっとしてた気がする。俺だけが欠伸とかしてたかも知れない。
「緩い空気感は緊張感を欠落させてしまいますわ。大切なのはメリハリではなくて?」
「…………」
「ていうか皆が師匠みたいに能天気になっちゃったら大変だよ」
「…………」
「卒業式は開催いたしましょう。副校長権限ですわ!」
「お前、変わったよなあ……」
ちょびっとずつ、何にでも被害妄想を炸裂させる回数が減ってきていた気がするシルヴィア。俺を差し置いて副校長権限とか言いきっちゃうらへん、しっかりそういう自覚も生まれてるみたいだし。シルヴィアをここに配置したのは大正解だったな。
「分かった、んじゃあ卒業式はやる……。シルヴィアと小娘で段取りとか、決めてくれ」
「ではリュカに祈祷をしていただきましょう。それからレオンハルト様のスピーチと……」
気が重い。
こういう会議の時は書記官になるシオンがペンを走らせまくっている。
だけど、卒業か。俺が学校を作らせて初授業したのはもう3年くらい前なのか? 6歳から通わせろってことだし、今回の卒業式で最低年齢は9歳になるのか。9歳って、うーん、まだまだガキんちょだよな。いきなりマレドミナ商会に送っちゃって平気か? いや、リアンがやってくれたんだから大丈夫か。
マレドミナ商会から国仕えがエリートコースになるのかね。リアンもそういうコースってことになるんだろうし。9歳で親元を離れて働きに出るってのも、何か心細そうだよな。うーん、何か今さらになってどんどん考えた方がいいんじゃないかと思えてきた。
いやいや、でも子どもをたったひとりで外に放り出すわけじゃない。マレドミナ商会に勤めるってだけで周りには大人だっているんだし、中には世話焼きもいれば、態度は厳しかろうがやさしい心を持ったやつだっているはずだ。それに最年少のやつが島を出て商会で働くってわけでもない。稼業を継ぐための見習いを始めるだとか、マレドミナ商会以外にもリュカとシオンに今は任せてる徴税の仕事を任せたりだとかもあるんだ。
いやでも、何か不安だ……。
「師匠、どしたの?」
「……いや、本当に卒業させていいもんかと……」
「今さら?」
「うるせっ」
「でも確かに、わたくしも少々……不安はありますわ」
「分かってくれるか、シルヴィア!」
「ハッ――こうやって意見を同調させて徐々にわたくしを洗脳しようと……!?」
「教えることがねえから放り出すってのもどうかと思うんだ、俺は。その気になりゃあ、まあ細かいし使いどころが分からねえだろうけど覚えておいた方がいいことってわんさかあるだろ? なのに働きに出していきなり自立ってどうだよと思うわけだ」
「うーん……まあ、それは一理あるかも……? でも今さらじゃん」
「卒業させて、ほんとに平気か……? 何かあったら後味悪いし、急ぎすぎだったりも……」
悩む。
これは悩みどころだ。
シルヴィアと小娘も何やら考え込んだ。
「では試験を課してはいかがですか?」
沈黙を破ったのはシオンだった。
「試験って……ちらほらやってるだろ」
「卒業に値するかどうかを見極める試験です。レオンハルト様が不安視されているのは頭の良さではなく、学校を卒業した後に働きながら自立することができるか、という点にあるように見受けられました。でしたら、本当にそれができるかどうかを見極められてはいかがでしょう?」
シオンにしては妙案じゃねえか?
基本的にイエスマンだっていうのに、考える頭はちゃんとついてるんだよな。
「それは具体的にどういう風に見極めればよろしいの?」
「卒業予定者は皆、親がおり、家族とともに暮らしておりますから、一度、引き離して様子を見てはいかがでしょう? 我々で監督をしながら、例えば数日間、ほとんど手を貸さずに生活ができるかどうかなど」
「それだ!」
つまり、あれだ。
修学旅行チックなもんだ。いいじゃないか、いい思い出じゃねえか。
机の上だけじゃあ学べないものを自分達で体験しながら学ぶってわけだ。
「よし、決めた。卒業試験は野外宿泊だ。親元を離れて2泊! 自分の力で、あるいは子ども同士で協力しないといけない課題を与えて、それがクリアできたら卒業を認めることにする。今から計画を練るぞ!」
こうして卒業試験を行うことに決まった。
この野外宿泊を通じて卒業試験を通過しないと、卒業はさせない。あんまり難しいことをさせるわけにもいかないだろうが、一人前になって働けるかどうかの見極め。いわば通過儀礼だな。
翌日には卒業させてもいいだろうと考えている21人のクラスにこれを告知した。楽しそうだとはしゃぐガキどもにどんな課題を与えてやろうかとほくそ笑みつつ、連日連夜、会議を開いて卒業試験について決めていった。




