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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#32 それぞれの進退
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騎士団長のとある一面



「やはり……この都は凄まじい」


 ずっと昔、まだ少女だったころにラーゴアルダに一度だけ来たことがあった。その時も思ったが、またこうして訪れてみるとエンセーラム王国と比べてしまい、また別の凄まじさを感じられる。町並みはただ美しいだけでなく、建物ひとつずつに歴史がある。

 そこかしこで美しく彩られて咲き誇る花は、この花を綺麗に育てて咲かせるための人員が割かれている。季節ごとに違う花が咲くように管理されているのだ。


 クラシアの屋敷はどこだろうかと貴族街まで来ると美しいご婦人と、ピカピカに磨かれた鎧をつけた騎士が話に花を咲かせる姿がそこかしこに見られる。使用人が背筋を正して歩き、立派な馬車が通りを走る。貴族街を裾野に見立てた王城は高く聳えて威厳と長い歴史を無言で語っている。



 あまりきょろきょろしてはお上りさんと間違われてしまいかねないから、どこかの屋敷の女中に声をかけて尋ねてみた。しかし、クラシアという貴族さえも知らない様子だった。

 ラーゴアルダに屋敷を構えているのなら、どんな弱小貴族だろうが名前は知られているはずだが……。


 どういうことだろうかと、また別のご婦人にミシェーラという名前で尋ねてみたが、あまり意味はなかった。少なくとも夜会などには出てきていないということだろう。



 もしかしたら、もう王都にいないのかも知れない。

 そんなことを考えていたら学院時代に同じ寮だった女性とばったり再会ができた。これでミシェーラのことが分かると思って尋ねたら、彼女は少しだけ声をひそめて教えてくれた。


「ミシェーラはね、今、お城に出入りしているのですよ」

「お城に、ですか……」

「ええ。わたくしもこちらへ来て、しばらくしてから分かったのですけれど……ブレイズフォード卿の娘だったの。クラシアという家名はミシェーラのお母様の旧姓だったそうよ」

「…………なるほど」


 教えてくれた彼女はもう嫁いでいて、子ども産んでいた。

 それを祝福しておいてから、宿を取って考えることとした。



 クラシアという貴族は確かに聞き覚えがなかった。だがミシェーラからは上流貴族だろうという気品も感じられていた。僅かに抱いていた、その齟齬がようやく解消された。道理で家のことを尋ねても言葉を濁していたわけだ。

 ブレイズフォード家の令嬢と学院で知られては様々な思惑にさらされてしまうことだったろう。性格的に彼女はそういうことからは距離を置きたがるタイプだと納得できる。


 が、そんなとんでもない家の人間と知ってしまうと、いきなり会いに行くのもはばかられる。ミシェーラは気にしないだろうが、彼女の気持ちと、周囲に抱かれる心証は一致しない。2分だけ考え、ブレイズフォードの屋敷に手紙をしたためることにした。

 翌夕にはミシェーラからの返事が届けられた。彼女からも会いたい旨と、都合の良い日時が書き記されていた。それに返事を書いて、日程が決まった。それまではラーゴアルダでのマレドミナ商会の商売や、ウドン3号店の様子をこっそり見たり、観劇に出かけたりしながら時間を潰した。



 そうして、とうとうブレイズフォードの屋敷へ招かれた。

 わたしの実家など比べ物にならない巨大な屋敷だった。門から屋敷を眺めていたら、何やらくたびれた風貌の騎士とすれ違い、目が合った。会釈をしておくと、軽く手をあげて応じてくださったが、そのままふらふらと行ってしまった。不思議な雰囲気の騎士だった。



「リアン、久しぶり。すっごく、久しぶりだね!」

「ミシェーラはまたお美しくなりましたね。元気なようで何よりです」

「リアンだって、相変わらずみたいだね」


 屋敷で待ってくれていたミシェーラは変わらず綺麗だった。

 出してくれたお茶には、おいしい砂糖だと言ってエンセーラムの砂糖も添えてくれた。浸透しているようで何より。


「驚いてしまいました。ミシェーラがブレイズフォード家の方だったとは」

「あっ……う、うん。ごめんね?」

「いえ、事情は分かるつもりですよ。お気になさらず」

「でもどうしたの? いきなりお手紙もらって驚いちゃったよ」

「ふと思い出しまして、お顔を見たくなったんですよ」

「そうなんだ……。あ、ねえねえ、マティアスやロビンと旅をしていたんでしょ? それからどうなったの? マティアスが騎士団に入った、っていうのは聞いたんだけど会えないまんまでトヴィスレヴィ殿下の親衛隊に入って、使節団で行っちゃったから」

「長いお話になってしまいますよ?」

「泊まっていっても大丈夫だから教えてほしいな」

「ではお話しましょう」


 長い話をした。手短く語ろうとしても、色々な話がありすぎて長引いた。

 些細な笑い話にも、巨大な魔物との戦いも、アウラメンシスを手に入れた経緯の話も、ヴェッカースターム大陸や、クセリニア大陸の文化や風土についても、ミシェーラは楽しげに聞き入った。


 話し終えるとすっかり夜になっていた。

 ディナーのお誘いを受け、有り難く受けようとしたら屋敷の使用人がやって来た。



「ミシェーラ様、お話中に失礼いたします」

「どうかしたの?」

「旦那様がお帰りになられまして、ミシェーラ様のお客様とお話をしてみたいと」

「お父様が……リアンと?」

「はい」

「……リアン、お父様、お顔がちょっとだけ怖いけれど、大丈夫?」

「ブレイズフォード卿とお話をさせていただくなんて恐悦の極みです」

「では晩餐のお支度をいたしますので」


 ディオニスメリア王国騎士団団長、エドヴァルド・ブレイズフォード。

 歴代の騎士団長の中でも最高の人物だろうと名高い人物。ガラにもなく緊張しそうになる。



 食堂に招かれ、しばらく待つと卿が現れた。

 50台だろうが、年齢による老いよりもそれとともに刻み込まれた威厳ばかりを感じ取ってしまう人物だ。髪には白いものが混じっているが、丁寧に撫でつけられている。騎士らしい気品よりも、武人としての内に秘められた力を推し量ろうとしてしまう。それだけの存在感と迫力が彼にはあった。


 礼を欠かぬよう挨拶をすると、ミシェーラからも紹介をしてもらえた。それを聞いてから卿は、ミシェーラが友人を屋敷に招くのは初めてのことだと言い、歓迎の意を示してくれた。



「そう言えばここのところ、マレドミナ商会というのが評判のようだ」


 ミシェーラには商会のことも、エンセーラム王国のこともまだ話してはいなかった。だと言うのに商会のことを卿が話題に出して少し驚かされた。


「お砂糖がとってもおいしいですよね、お父様。あっ、でもスパイスも好き。あと外国の品物も扱ってて……リアンも知ってるよね?」

「ええ」


 知ってるというか、ついこの前までわたしが代表でしたし。


「ミシェーラ、聞いていないのか?」

「何をですか?」

「彼女が、そのマレドミナ商会の代表だ」

「えっ……?」

「さすがですね、ブレイズフォード卿は。わたしのことなどをご存知だったとは驚いてしまいました。ですが今は隠居をした身ですので、代表ではありません」

「え、えっ? リアン……リアンが、商会の……? そうだったの?」

「はい。旅が終わってから始めまして。話も長かったものですから、まだお話していませんでしたが」

「何でもエンセーラムという新興国に拠点を移しているのだとか。実に興味深い話だと、前々から思っていた」

「お耳に入っていましたか。その通りです。マレドミナ商会は初め、国を興すための資金を調達するために立ち上げました。もう充分に、その初めの役割を終えられたと思いましたので、妹に後任を譲ってわたしは隠居をさせていただくことになりました。そうして時間ができたものですから、ミシェーラに会おうかと思い立ちまして」


 さすがに騎士団の長ともなれば、あらゆる情報を握っているものなのか。

 いや、ただ単に騎士団長だからというわけでもないか。ブレイズフォード卿(歴代最高の騎士団長)だからこそかも知れない。



「商人の反発で、そう追い込まれたのだろう?」

「っ……そこまでご存知だったのですか……」

「マレドミナ商会の噂はよく耳に入ってくる。あまりかしこまらずともいい。楽にしなさい」

「ご配慮、ありがとうございます」


 何故だか怖くなる。

 何もかもが卿には筒抜けになっているのではないかという疑念が、どうしてか恐ろしいことに繋がるのではないかと邪推してしまう。


「商会を立ち上げ、国を興し……そこまでの行動力があるのだから、ただ隠居して自適に暮らすというわけでもなかろう? 今度は何をするのか、興味がある。どう考えているのかね?」

「……実は結婚を考えていまして」

「結婚!? リアンがっ!?」

「ミシェーラ」

「あっ……ごめんなさい、お父様。……え、えっと、リアンが、結婚って、本当にするの……?」

「ええ、ロビンと」

「ロビンっ!? いいなあっ!」

「えっ?」

「ミシェーラ……?」

「あっ……」


 ずっと表情の変わっていなかった卿までもが目を僅かに大きくし、ミシェーラを凝視していた。口元を手で隠しつつ、ミシェーラが座り直す。


「ち、違うの。あの……ほら、ロビンの尻尾って、素敵でいいなあ……って思ってたから。ただそれだけでね? その、ロビンを男性としてっていうわけじゃあなくって……」

「あ、ああ……そうでしたか。何だか、驚いてしまいました」

「……尻尾狂いもほどほどにしておけ。ロジオンのようにそこらの魔物を捕まえて連れてきたりはするんじゃないぞ」

「はい……」


 本当に驚かされた。ミシェーラがロビンに好意を寄せていたのかと勘違いしかけた。けれど、尻尾がいいな、という意味でなら腑に落ちた。レオンのようにミシェーラも尻尾や、ふわふわの毛のついた存在が好きだというのはよく知っていたはずなのだ。



「そっかあ……リアンとロビンが……。いつ結婚?」

「まだそういうのは未定なのですが……少々、問題もありましてね。実はそのことで悩んで、ミシェーラとお話をして気晴らしができればとも思っていたんです」

「問題というのは何かね? 言ってみなさい」

「……いえ、詮無きことですので」

「そうか」


 それ以上は追及してこずにほっとした。

 結婚する折りにはどうにか、式を挙げ呼んでほしいとミシェーラに強く言われてしまった。だが挙式するとなればエンセーラム王国でやることになる。遠い距離があって大変だと伝えると、難しい顔をしていた。彼女もなかなか自由にあちこちへ足を伸ばすことはできないのだろう。


 残念だが――と考えていたら。



「お父様、お願い。行かせて。リーズにもわたしからお願いするから、わたしがいない間のことをどうにかしてください」

「ミシェーラ、務めをまっとうしなさい」

「お願いです、お父様。わたしの大切な友達の結婚式だから、絶対に行きたいんです」



 その場で懇願が始まってしまい、気を揉んだ。わたしのせいで卿が不利益を被ることになっては大変だ。どうにかミシェーラをわたしからも言い含めようとしたが、口をなかなか挟めない。

 だが、このままではいけない。


「お願い、お父様」

「ミシェーラ、あまりそうムリな頼みなど――」

「お父様っ!」

「っ……わ、分かった」

「本当っ? やった、ありがとうございます、お父様」


 意を決して口を挟もうとしたら、卿が了承してしまった。



「じゃあリアン、絶対にその時は教えてね? 絶対、駆けつけるから。ねっ?」

「…………あ、はい」

「……だがミシェーラ、それまではきちんと務めに励みなさい」

「はい、お父様」



 ブレイズフォード卿は、ミシェーラにはやや甘いのかも知れない。

 意外な一面を目の当たりにしたところで、晩餐が終わって宿に帰ることにした。馬車を出そうかという申し出を受けたが、王都を歩いて見たいからと辞退した。

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