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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#32 それぞれの進退
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リアンの気持ち






「リアン姉様のことは……かなり美化されている話をこれまで聞いていましたが、本当にすごいのですね。昨日と今朝と軽く稽古をつけていただいただけで実感しました」

「わたしなど、ただ好き勝手に生きてるだけの人ですよ」


 ダリウスとともにソーウェル家が治めている小さな鉱山の街を訪れた。屋敷にいては四六時中、お父様やお母様やセシリーにつきまとわれてしまって大変なので、逃げるようにダリウスについて来た。


 町並みは変わっているところもあれば、変わらないところもある。懐かしい気持ちと、少し寂しい気持ちが入り乱れる。

 どうやらダリウスは領民にもよく知られているし、可愛がられているようでほっとした。わたしなどは明後日の方向へ向いた男らしさを磨くために山ごもりをしたり、ひとりでぷらぷら冒険と称してあちこちへ馬を駆って出かけてばかりで領民にはあまり知られていなかった。


 良質な鉱石が採れる鉱山がソーウェル家の財産だ。この採掘権とともに子爵の位を与えられたのがソーウェル家の興りである。まだお父様で3代目と歴史は浅いが。



「僕も、リアン姉様のように……自分で見つけたやりたいことをやってみたいです……」

「……ここの領主となるのは、嫌ですか?」

「嫌ではありません。けど僕はここのことしか知りません。ディオニスメリアの北西の山ばかりの、この土地のことしか。一度、お父様と一緒に王都ラーゴアルダへ行ったことがありますが、あの都の美しさには息を飲みました。騎士の姿も格好良くて……僕も騎士魔導学院へ通ってみたいなって、思ったりして……」

「そうでしたか……」

「でも僕が家を継がなくてはならないのは分かってるんです。だからやりたくないなんて言うつもりはありません。ただ……何だか、残念だなって」

「領主となれば各地へ行かなくてはならないこともありますよ。その時に見知らぬ発見ができると思えば良いじゃありませんか」

「でもそれって仕事じゃないですか。ここで採れた大事な資源を上から圧力をかけて買い叩こうとする輩ばかりを相手にして……。お父様も交渉があれば毎回のように頭の毛を減らしてしまっていますし」

「ふふっ、ダメですよ、そんなことを言っては」

「そうですよね。僕も髪の毛が減っちゃうことになりかねませんし……」

「ふふふ……」

「そんなに面白いですか?」

「ええ。ユーモアは大切ですよ」



 お使いのようなダリウスの仕事につきあってから、時間ができたので鉱山にも足を向けた。ベテラン鉱夫の何人かがわたしを覚えてくれていたようで再会を喜んでくれた。わたしも顔見知りに会えて嬉しかったが、何人かはもう引退したり、亡くなってしまったと聞いた。残念なことだ。


 わたしがジョアバナーサで打ち直してもらった剣を見たひとりが、懐かしそうにしながら知らない話を聞かせてくれた。わたしが男として生きるとお父様に誓ってから、すぐにお父様は鉱山へ来て、わたしの剣を打つための鋼を選んでいったそうだ。その時、鉱夫達はかなり驚いたらしい。当然だ。娘を息子として育てるなどと言い出したのだから。

 鉱夫達はあまりに熱心に吟味しているお父様の姿を見て、本気だと悟ったらしい。


 そうして剣が打たれた。

 無銘の特別なものではない。だが、この剣にはやはり特別な想いが詰まっていた。

 刀匠ダモンに打ち直してもらったことで、ただの剣ではなくなってしまいはしたが――それでも見た目もそっくり同じようにしてもらえた。ありがたい。


 鉱夫達とすっかり話し込んでしまい、日が暮れかけた時に屋敷へ帰った。

 ダリウスとも打ち解けられたように思える。色々と悩みや考えはあるようだが、がんばってもらいたいものだ。



「リアン姉様、いつ……お戻りになられますか?」


 夕食の後に夜風に外へ出て風に吹かれていたらセシリーがやってきた。


「どうしましょうかね……。セシリーは早めに戻って、色々とやらねばならいことがあるでしょうし、数日中……。明日か、明後日には行くとしましょうか」

「分かりました」

「あなたがこれからは、マレドミナ商会の顔となるわけですが……不安はありますか?」

「もちろんありますわ。けれど、ずっとリアン姉様のお力になりたいと思ってきました。後任に選んでいただけたことで、それが叶ったような心地ですから、精一杯務めさせていただくつもりです」

「それは良かったです」


 ジェニスーザ・ポートへ押しかけてきたと聞いた時は正直厄介に感じていたが、セシリーはよくがんばってくれた。これからのマレドミナ商会はわたしが頭として機能する組織ではなくなる。重大な決断にも時間をかけてしまうことにもなるだろう。

 けれど任せられる。ずっとそうしていくことは土台無理なことだったのだから、わたしの目が光る内に代替わりをして見守れるのは良いことだ。



「……リアンお姉様、ひとつ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何です?」

「ロビンさんとのご結婚は……本当に、リアン姉様が望まれているのですか?」

「ええ」

「……失礼なことを申しますけれど……リアン姉様は、わたくしにとっては理想の殿方のお姿そのものです。賢くて、お強くて、美しくて……。けれど、同じ女だとは、少し思いがたくて……。結婚なんて、って思ってしまうのです。だってリアン姉様はずっと立派な男子となろうとしてきたではありませんか。だというのにお嫁なんて……その、想像がつかなくて。女性らしさというものに……」

「ふふ……素直に言いますねえ」

「ごめんなさい……」

「いいんですよ。事実、そのように振る舞ってきたのですから」


 確かにわたし自身も、スカートなどは20年もはいていない。

 ひらひらのついた服も避けてきたし、飾り立てる時は立派な紳士として装ってきた。

 正直恋なんて自分には縁遠いものだろうと思っていた。学院に入り、お父様からの手紙を読んで男して生きる必要がないと知った時も、今さら改めようという気にならなかった。気持ちの上では男であらんとしてきた。



 けれど、ロビンに結婚してくれませんかね、と頼みに行った時に、ハッとした。


『どれだけリアンが強くたって女の子なんだし、お互いに支え合うのが夫婦だよ』



 女らしさには無縁だろうと思っていた。

 なのにロビンはとっくにわたしが女と分かっていて、その時にだって女だと言ってきたのだ。どれだけ強くたって女の子――そんなロビンからすれば当たり前のような台詞に、何かが揺らいだのを感じたものだ。


 あの瞬間に恐らく、長らく忘れていた女が蘇った。

 単純なものだ。女性として尊重されるだけで嬉しくなってしまったのだ。不覚にも。



 その時までは、妥協ではないがロビンが良いだろうと打算的なものも含めて考えていた。が、それがあの言葉で吹き飛んでしまった。不思議なものだ。

 ずっと友人と思ってきていたのに、ロビンが愛おしくも思ってしまった。プディングパンのクリームサンドを頬張って頬にクリームをつけていたところも、指についたクリームを舐め取った仕草も、ロビンの心境のようにふらふらうねうねと揺れていた尻尾の動きも、何もかもがチャーミングだと思ってしまった。



「セシリー、わたしはね……どうやら本当にロビンのことを好いてしまったんですよ。いやはや、ロビンも天然たらしだとは思ってましたが、わたしがあてられてしまうとは……。

 ロビンはこんなわたしでも女だと言ってくれたんです。

 悪い意味ではなく。それが嬉しかったんでしょうね。いっぺんに好きになってしまいました」

「リアン姉様の口ぶりだと……何だか、軽くて本当かどうか疑わしく思えてしまいますわ……」

「おや。わたしの妹だというのに真偽も見分けられませんか?」

「だってリアン姉様が胸の内をさらけ出しているところを見たことがありませんもの」

「おかしいですね。嘘をつく時は分かりやすくしているつもりなんですが」

「飄々とされすぎているんです」

「性分でしょうね」

「そんなレオンハルト様のようなことを言って……」

「開き直るのに便利な言葉なんですよ」


 セシリーがため息をつく。


「でも……ロビンさんはマティアスさんのところに仕えてしまうから、ずっとエンセーラム王国にいることができません。リアン姉様は逆に、ずっとエンセーラム王国にいなければなりません。まだ、その問題がどうにもなっていないのに……」

「本当に、それだけが問題なんですよね……」

「……それが最大の問題です。わたくしは……きちんと誰もが納得できる形にならないと、姉様とロビンさんのご結婚をお祝いすることも、認めることもできません。強引にやったら、マレドミナ商会はエンセーラム諸島から手を引かせていただきますわ」

「おや、早速権力を振りかざしますか」

「ええ、もちろん。それが……わたしができる、姉様を思ってのことですから」

「……頼もしいですね。ありがとうございます」

「もう……またそうやって他人事みたいに仰られて……」

「どうしたものでしょう……」


 答えは出ない。

 冷たい風が吹いて、セシリーが肩をすくませた。上着を彼女の肩にかけてあげて屋敷に戻る。

 ふと、ミシェーラを思い出した。会いに行ってみようか。確かラーゴアルダにいるはずだ。レオンからはそう聞いている。ついでに王都を観光して、ウドン3号店でも視察――いや、もう商会を退いた身だから、視察という表現は正しくないか。とにかく見てみよう。



 セシリーについて行って、彼女の仕事ぶりを横からしばらく眺めるつもりでもいたがマレドミナ商会は、わたしの手を離れなければならない。いつまでも傍にいて口を挟もうとするのも良くない。


 よし、王都へ行こう。



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