祝いたいのに祝えない
エンセーラム諸島は、春。
季節的には、ちょい終わりかけなんだけど――春がきている。
国の主要人物である、リアンと、ロビンに春が訪れようとしているのだ。
だがしかし、問題が勃発している。
友情が恋愛感情に変わったロビンとリアンだが、結ばれた後にどうなるか、という問題が起きてしまっている。何かもう、多分、どうにかして結婚しちゃうんじゃないかってくらいに思ってる。多分、それは確実じゃないかって思っちゃえる状態。
ロビンは、マティアスのところの魔法士になるという約束を守りたい。
だからリアンがエンセーラム王国に留まるというのに反対し、俺にゆくゆくはこの国の宰相となる予定のリアンを「寄越せ」と言い出した。ロビンにも葛藤はあったはずだ。リアンがいなけりゃ、この国はそもそもなかったんだから。
リアンは、結婚しても離ればなれでもいいやというつもりで当初はいたらしい。
だがロビンが何かあいつの琴線に触れることを言ったらしくて、諦められないものになったらしい。その結果、マティアスとの約束を破ってくれと言い出した。そこまで言ってロビンと、どうにかこうにか一緒にいたいと思ったんだろう。
その結果、春の嵐だ。
この場にいないマティアスを交えた三角関係と言ってもいいのかも知れない。
……さすがに、ないか?
「どうしよ、エノラぁ……」
「難しい問題。当人同士の気持ちを優先させれば良い……と普段なら言う」
「でも……リアンは、ムリだよなあ……。ちょうだい、とか言われちゃっても、ムリだろう……」
「ムリだと思う」
リアンはこの国にいなくてはならない存在だ。
正直な話、俺だけじゃあこの国を維持していくことはできない。エノラもいてはくれるが――やはり、リアンなのだ。リアンがいてくれなきゃいけない。
「でもよー、ロビンって義理堅いとこあるし、マティアスとの約束をなしにするのも絶対ねえよな」
「ないと思う」
ロビンは学院にいたころから度々、マティアスに専属魔法士になれと誘われていた。
そして旅を経て、その話を受けることに決めたのだ。マティアスも今は出世して家督を継ぐべくがんばっている真っ最中のはず。それが終わった時、ロビンがやっぱりムリ、だなんて言ったらマティアスは向こう4、5年は酒浸りで荒れそうな気もする。そういうとこであいつはけっこう脆かったりするし……。
そういう可哀想なマティアスを想像すればこそ、ロビンも同じ想像をして、断ることはできないだろう。
「どうすりゃ、いいんだ……?」
「……これは答えのない問題かも知れない」
「かと言ってどうにもしないわけにもいかねえよ……」
「それは分かってる」
ぶっちゃけ、俺がこの国の王って立場じゃなかったら無責任に、ロビンに奪っちまえとか言うところだ。しかし我が身となればそうも言えない。自分の立場じゃなきゃ、ひとりいなくなるだけでダメになっちまう国なんぞどうにもなれ、とか無責任に言える。でも、我が身となれば、絶対にそれだけはよしてくれと言わざるをえない。
何この葛藤……。
ロビンとリアンが理解不能のまま想い合っちゃったのは、祝福したい。
けどこれを祝っちまったら、どうなろうが誰かが不利益を被ってしまう。
「ああああああ……どーすりゃあいいんだよ……」
「…………」
エノラも悩んでいる。
「俺が悪いのか……? リアンがいなきゃまともにこの国をどうにもできそうにない、俺が悪いのか……?」
「それもある」
「あるのか……あるよなあ……。否定してほしかったけど……」
手厳しい。
泣きたい。
そりゃあもう、友達としては祝ってやりてえよ。
好きなだけ幸せになってくれよと言いたいんだけども、そうできなくて胸が辛い。
ロビンとリアンは、結ばれちゃあいけないんじゃないかとか考えちゃう、この頭がムカつく。殴っても余計に頭が悪くなるだけだからやらないけど。あー、もうやだ、これ考えたくない。
「エノラー、やらして……」
「ダメ」
「ちょっとだけ、先っちょだけ……」
「ダメ」
とほほ……。
「…………時に残酷な決断を下すのも、王の使命?」
「俺は残酷な王様なんて嫌いだな」
「じゃあどうするつもり?」
「どうしよ……?」
深い、深い、深すぎるため息が漏れた。
明日の昼にはリアンは行かなきゃいけない。それまでに、どうにか……考えつかねえよなあ……。
「じいさん……」
「何だ?」
「助けて……」
「何をだ?」
「気持ちだけでいいから……」
「……悪いもんでも食うたか?」
じいさんと一緒に漁へ出た帰り、大量の魚を抱えて海から小屋に帰る。ほとんど眠れずに朝になって漁へ出た。今日も豊漁だ。今日の給食はつみれ汁でも出そうかと思う。
「ロビンとリアンがさあ、好き同士になって結婚……考えてるんだけどさ」
「そうか。良かったな……。あれは女だったか……」
「だけどロビンは、あと数年したらさ、この国出なきゃいけないんだ。でもリアンには残ってもらわねえといけない」
「事情があるのか?」
「そう……。どっちかを取れば、どっちかが立たなくなって……さ。どうすりゃいいんだか……」
魚を抱えながら歩きつつ、じいさんに相談した。じいさんは長い白いヒゲを片手で撫でた。
「波に任せるほかあるまい……」
「波?」
「良いことをしておれば、自然と良いところへ落ち着く。一時の嵐さえ過ぎれば、また海は穏やかになる。そういうもんだろうに……」
んなこと言われても、分かんねえよ……。
リアンが船着き場にやって来た。荷物を持って。学校を抜け出してきて俺は港へ駆けつけてきた。
「見送りに来てくれたんですか? ありがとうございます」
「……どうすんだよ?」
「どうにも、平行線のままでしたね……」
「ロビンは?」
「来ていないのなら、来ないのかも知れませんね」
「どうすんだよ?」
リアンは口をつぐんで空を見上げた。帽子のツバが顔に影を落としている。
「やるべきことは、あります。マレドミナ商会からわたしは退きます。そして結婚する、と宣言してきます。それだけのことですよ、今は。
さて、出航の準備はできていますね。セシリー、行きましょう」
「はい、姉様……」
セシリーも複雑な顔のままだ。
「では陛下、行って参ります」
「…………ああ」
出航してしまった。
それを見送る。水平線の向こうにどんどん船は小さくなっていく。
海を眺めてるのに、もやもやしたものは消えてくれやしなかった。
レストの笛を吹き、跨がって学校に戻った。
昼休みが終わって下のクラスの授業をしながら、どうしたもんかとまた考える。授業の進行は小娘に任せきりだ。俺はたまに子どもらの手が止まったのを見つけては後ろから覗き込んで、何が分からねえんだと声をかけて教えてやる係。
エンセーラム王なんて肩書きがあろうが、俺には何にもできやしねえ。ほんとにお飾りなんだなと思わせられた。俺がしっかりしてたら、リアンを快く送り出せたかも知れない。今から――いや、ムリだろうな。ほんっとに、情けねえなあ。
「レオンハルト様、帰られないんですか?」
授業が終わって、子どもらを送って、帰ってきて次の学校の日の授業の打合せも終わって。さあ解散だという段で、いつも一番に席を立つ俺が座ったままなもんだったからシオンが尋ねてきた。
「もうちょい、残って考えごと……。お前らも好きに帰れ……」
言いつけてもいないのにシオンは茶を淹れ、出してくれた。それをすする。
俺なんて何も偉くねえよなあ、とほんとに思う。波に任せるなんてじいさんは言ってたが――できやしねえよなあ、そうそう。
どう考えてもいいアイデアは浮かんでこなかった。
冷めきった茶を飲んで、帰ってエノラを抱いて寝た。




