やっぱり、リアン
王宮の建設が少し遅れている。どうも資材運搬がいちいち大変なようだし、海の向こうから取り寄せているというのもあって予定通りに届かなかったりしてスケジュール通りに施行ができていないようだ。
特別に急ぐ必要はないが、どんなタイミングでここを使うことになるか分からないというのもあるから、早く完成するに越したことはない。何か手を打たなければ。船の中で考えよう。
「あの、リアン姉様」
「どうしました、セシリー?」
ベリル島での視察を終え、トト島の商会本部へ戻る。久しぶりにジャルに飛び乗る。少々揺れるし濡れることもあるが、ジャルの曵く船より、ジャルに直接乗った方が潮風を切って進む心地よさを味わえて良い。
「お父様のところへお戻りになるんですよね……?」
「そうですね。さんざん、顔を見せてくれというお手紙はいただいていましたし、そろそろ戻らないと親不孝でしょう。自由にさせてもらっているのですから。ああ、そうだ。お土産も持っていきましょう。やはりお米と、あとは……サトウキビでも持ち帰りましょうか。用意をしておいてください」
「分かりました。あの……姉様」
「何ですか?」
「……ほ、本当に、戻られるんですよね?」
「ええ」
何やらこのごろ、セシリーがわたしに何かを打ち明けようかと悩んでいるような様子だ。だが、言い出せないでいるらしい。何を悩んでいるのだろうか。
気にはなるが、悩んでいるのだから悩むに任せて彼女の答えを待とうと思う。
「あ……ジャル、ちょっとユーリエ島に寄りましょう。学校です、学校。分かりますか?」
「モォォォォ……」
海岸沿いにジャルが泳いでいたところ、ユーリエ学校が見えたから立ち寄ることにした。レオンが始めた学校の試みは本当に良い。どのような授業風景が繰り広げられているかも気になる。通う子ども達も、今は50人近くになったと聞いている。
良い子がいて、親の了解が得られればマレドミナ商会や、国の役人としても働いてもらいたい。そのためには基礎教育がどうしても必要だ。
「寄り道をしてよろしいんですか?」
「問題ありませんよ」
「でも最近、お眠りになる時間も少ないようですし……」
「心配してくれるんですか?」
「当たり前です。姉様に何かあったら……」
「ふふ、本当に大丈夫ですから、あまり気を揉まないでください」
「……リアン姉様は体が辛くなられることがないのですか? 激務が毎日続いていらっしゃるのに」
「楽しくて仕方ないんですよ。ここに国があって、発展していくのが。この目で見ること、耳で報告を受けること、それらのことがある度に元気になれます。どこまで豊かな国になるのかと想像するだけで、疲れなどは溶けて消えてしまいます」
ジャルがユーリエ学校のそばに接岸し、飛び降りた。後から続くセシリーに手を差し伸べて降ろすと、勢い余ってわたしの胸へ飛び込んできてしまった。
「大丈夫ですか? 足をひねったりしていません?」
「は、はい……。ありがとうございます、リアン姉様……」
「では行きましょう」
学校に近づくと開けられている窓から子ども達がわたしを見てきたのが分かった。人差し指を立てて唇へ持っていき、しーっとジェスチャーをしておく。職員室ではシオンが明日の壁新聞を書き、レオンが椅子に座ったまま足を机に放り出して昼寝をしていた。傍らでフィリアも昼寝をしている。
「これは、リアン殿っ……」
「お構いなく。ご苦労さまです、シオン」
「はい」
「レオンは起こしても構わないでしょうか?」
「問題ないかと」
「そうですか。……レオン、レオン、起きてください」
フィリアを起こさないように小声で呼びながらそっと揺らすと、薄く目を開いた。
「ん……リアン……?」
「おはようございます、陛下」
「陛下やめろ。今は校長だ」
「では改めまして、おはようございます、校長先生」
「……むずがゆっ、やっぱやめて」
「分かりました」
足を降ろし、レオンが大きな欠伸をして立った。シオンに「茶」と言いつけると、颯爽と彼はお茶を淹れ始めた。レオンは職員室と隣接している別室に入る。ここが学校におけるレオンの専用の部屋。校長室だ。とは言え、置かれている家具はそう豪華なものではないが。
「んで、どうしてわざわざここまで?」
「どんな様子かと気になったものですから。後で少し見させていただいても?」
「何なら授業でもしてくれよ」
「おや。どのような内容がお望みですか?」
「んー……まあ、何でもいいんだけど」
「ではこの国の仕組みや成り立ちについての授業はいかがでしょう? 少々、準備をしたいこともあるので、やるのならば明日がいいですね」
「そんな本格的にやってくれんの?」
「将来的にはこの学校を卒業した子がマレドミナ商会や国の役人となってもらいたいじゃありませんか」
「……ま、まあな」
シオンが3人分のお茶を淹れて来てくれた。給食の分と思しきサトウキビまでお茶請けに出してくれている。奥歯で皮が剥かれてスティック状に切られたサトウキビを噛む。やさしい甘さが口に広がる。
「学校はどうですか?」
「んー……今は2つのクラスに分けててさ。学校ができた時に入ってきたのが、もうそろそろ教えることないんだよな。ていうか、ない。字の読み書きはほぼほぼ完璧で、まあ数字は得意、不得意はあるけど足し算と引き算と簡単なかけ算、割り算程度はちゃちゃっとできる程度で。だから、もう卒業かなとは思うけど、その後をどうすりゃいいかと思って」
「その後とは?」
「親と同じ仕事で働くなら、別にそれでいいさ。見習いとして行けば、字の読み書きも計算もできて、けっこう使いものにはなると思う。だけど、そうじゃないの……まあ、次男以下っていうかさ。別に家族ぐるみで、兄弟でやってもいいけど、リアンが言ったように国や商会の仕事もさせたいだろ?」
「ええ」
「けどその受け入れ先をどうするかっての考えちゃって。まだまだ、国の仕事なんて言っても大したことはないし、商会にしたって……ほら、お前がここに戻ってきたばっかだし。まだ相談してなかったから」
「そうでしたか」
考えればいくらでもありそうなものだが、子ども達にいきなり任せるというわけにもいかない。監督役もまだいない。少なくとも役人は、まだ登用できる段階にない。
マレドミナ商会になら迎えられるが、その体制を整えるのにどれだけ時間がかかるものか……。
「どうよ、リアン?」
「……そうですねえ。1年あればマレドミナ商会で預かれます。が、あと1年も、教えることありますか?」
「正直、ない。まあ、難しい内容をやるってことにすりゃあいいけど……使いようがないってかさ。あと、そうなるとシルヴィアに任せなきゃいけないけど、難しい内容ほど準備もいるだろ? すると、学校の人手がちょっとな。今は俺がいるからいいけど、いつまでいるかも……」
「そうですか……。卒業後のことについて、よくよく考えないといけませんね。とりあえず、マレドミナ商会では50人だろうが、100人だろうが、受け入れる体制を作るのに時間がかかってしまいますから、その間を考えなければなりませんね。何かレオンは考えたことがありますか?」
「どこでどう働くにしろ、とりあえずよくよく、島のことを分からなきゃいけないだろうとは思うんだ。マレドミナ商会だって、この島のことをよく知ってなきゃいけないだろ?」
「ええ、もちろん」
「だから……そういうのを前段階で準備させる、とか?」
「具体的には?」
「そこなんだよなあ……」
「とりあえず徴税官ですね。これは、今はどなたにお任せしていましたっけ」
「リュカとシオン」
「……では、彼らについて徴税の仕事を手伝わせましょう。卒業させるとして、何人になりそうですか?」
「21人」
「そんなにいても大変ですね」
「だろ?」
「それでは……トト島の商会本部で4人か、5人、すぐにでも手伝いができるよう整えましょう。徴税官は6人としましょう。ベリル島を除く、各島に2人ずつで」
「商会本部5人な。それで……11人か。残り10人は?」
「親の仕事を継ぐという子は?」
「ちゃんと聞いてねえから分からねえ」
「なるほど……。ではダイアンシア・ポートと、ジェニスーザ・ポートの各支部で5人ずつ預かれるようにしましょう。どうせ、わたしはジェニスーザ・ポートまで行きますから、その時にさくっとやっておきます」
答えるとレオンとセシリーの顔がわずかに曇った。それを誤摩化すようにレオンは茶をすすり、サトウキビを噛んだ。
そう言えば集会の夜もこういう顔をしていた。
さっき、セシリーが悩んだのは……わたしが父のところへ帰るのか、という確認だったっけ。
それが何かあるのだろうか。
「どうかしましたか?」
「ん……いや、リアンは頼もしいなと思って」
「ありがとうございます」
「……お前が会長辞めた後は、大丈夫なのか? 正直、今はお前のワンマンパワーだろ?」
身を乗り出してレオンが尋ねてくる。真剣な眼差し。
「問題ありませんよ。今すぐというわけにはいかないでしょうが、わたしがいなくなっただけで全てダメになっては元も子もありませんので、少しずつ体制を整えています」
「今すぐに、もしお前が消えたら?」
「……何やら不穏な問いですね?」
「いいから教えてくれよ。海が大荒れになって転覆して死んじまうことだってあるだろ?」
「そうですね……。確かにそうなれば、少々、危ういことになるでしょう。でもわたしは、考える頭を持っている人をきちんと選んで仕事を振っているつもりです。それぞれがわたしをなくして決断をしていくことになっても、できるものと信じています。失敗はあるかも知れませんがね」
唯々諾々と従うだけの人を雇用した覚えはない。わたしが不在の時は、先の考えを示してそれに添えるよう判断をしてくれと言って任せている。
「……なあ、リアン」
「はい」
「正直なとこ、教えてくれ」
「何ですか?」
「ムリはしてないか?」
「……ええ、もちろん」
答えるとレオンはかじっていたサトウキビを口から出した。
「セシリー、話してやれ」
「えっ……でも――」
「うじうじ悩んでたってどうにもなりゃしねえんだ。やっぱりリアンがいねえとダメだ。俺はリアンを手放すつもりなんかねえ。手放せねえ。国のためにも、友達としても」
一体、何だと言うのか。
セシリーはまだためらいを見せていたが、やがてぽつぽつと、語り出した。




