セシリーの憂い
「おや、お帰りになられていたんですか、陛下」
「陛下ってやめろよ」
「何を仰られているのやら。あなたはエンセーラムの王なのですよ?」
リアンが島にやって来た。俺の結婚式が終わって以来だから、およそ1年ぶりということになる。まだまだ、マレドミナ商会の会長としてバリバリに働いている。どうやら披露宴で俺が弾いたグランドピアノがクセリニア大陸のやんごとなき方々の間で話題になっているということだ。
「ですから、ピアノを作って輸出しようかとも思うんですが、なかなか量産は難しいものでしょう?」
「そうだな。ピアノ線はロビンがいなきゃ、絶対にムリだ。ロビンでも難しいって言って失敗しながら、どうにかこうにか作ったし。あと、調律もムズい」
「ふむ……。やはり、ロビン以外にも魔法士を招きたいものですね……」
「そうだなあ……」
魔法士がもっといれば、と思ったことはある。
だが魔法を専門的に扱う魔法士はけっこう希少な存在なのだ。ロビンクラスともなればなかなか見つかるものじゃない。
「優秀な魔法士をひとり雇って、魔法の学校でも作りますか? そうすれば安定して魔法士を養成できますし、ロビンがマティアスのところへ行ってしまってからも一応の安心はできるかと」
「……つっても、見つかるかよ? ロビンクラスの魔法士が」
「条件次第で、というのはあるでしょうね……」
「条件重視で面白くねえやつが来られてもなあ……」
「とりあえず、探してみる方向でよろしいですか?」
「……そう、だな。とりあえず、で」
トト島にはマレドミナ商会の本部が移転してきている。
支部はディオニスメリアのジェニスーザ・ポート、ヴェッカースターム大陸ダイアンシア・ポートの2箇所を俺は把握してる。クセリニアにも何箇所か作ったとか聞いたが、そっちは失念した。
リアンはエンセーラム諸島に帰ってくると、この本部で仕事をしたりする。俺とお喋りするのも、お互いに大事な仕事となっている。俺は王様として、リアンは会長として。
表向きのパワーバランスは俺の方が上だが、実態は傀儡なのでリアンが真のボスだったりする。リアンは立ててくれるけども。
「ああ、そうだ、リアン」
「何です?」
「ロビンをさ、結婚させたいんだけどいい相手とかどうしたら見つかるもんかね?」
「ロビンですか? そうですねえ……ロビンはえり好みをするようなタイプには見えませんし、良い出会いさえあればとんとん拍子で進んでもいいとは思いますが……」
「その良い出会いがねえんだよ」
先日の婚活パーティーについてリアンに話してやった。
相槌を打ちながら全て聞いてから、リアンは一言。
「いっそ強引にこの人と結婚しなさいと用意してしまった方が早いんじゃないですか?」
投げたな、こいつ。
集会のある夜だった。リアンは集会には必ず参加し、酒を飲みながらよく話を聞いて回る。そうして島の状況を把握して、商売と結びつけて考えるのだ。セシリーも今回はリアンと一緒に来ていた。相変わらずのシスコンだが、どうも疲れているようだった。
「お疲れかよ、大好きなリアンと一緒なのに」
「リアン姉様の凄さを実感する日々ですわ……。最近になっていつもお傍に置いてくださるようになって嬉しくは思っているのですが、どこにいようが、何をしていようが、何もかもがお仕事というような感じで……」
それを将来的にお前がやるんだぞ、と言ったらどんな反応をするのやら。
でも今のマレドミナ商会は細かいところはさておいて、ほぼほぼリアンのワンマンパワーによって成り立ってる感じがある。セシリーに代替わりをしたら、大丈夫なんだろうかと思えてしまう。初代の社長はすごくても、2代目以降がボンクラで……なんていうパターンはありがちだ
と、セシリーが憂いに満ち満ちたため息を漏らした。
「レオンハルト様……ご相談に乗ってはいただけませんか?」
「俺に? リアンに相談しねえの?」
「姉様のことなのです」
「リアンの……? 何だよ?」
「実は……先日、マレドミナ商会ジェニスーザ支部にお父様から手紙が届きまして」
「手紙……」
「リアン姉様に、一度、屋敷へ帰りなさいという内容でした」
「……そういや、もうずっと会ってないんだもんな」
「はい。ですが、それはリアン姉様に宛てたもので、わたし宛ての手紙には……必ず、リアン姉様を連れて帰れと命令が書いてありました」
「マジで?」
「マレドミナ商会を疎んじる商人が、ソーウェル家の生業にとうとう手を出してきたようで、リアン姉様の自由をこれ以上許したら……と脅しがあったそうなのです。ですから、リアン姉様に縁談を用意して、全て、辞めさせようと……。わたしには、リアン姉様がしている全てのことを別の人に引き継げるようにこっそり手配して、迷惑のかからないようにしなさいと……。その上で、必ずリアン姉様を連れ帰りなさいと、書いてありました」
そっとリアンを見る。枝豆栽培の農夫と真剣な顔で話し合っている。
セシリーもやりようがなくて困っているというのが顔にありありと書いてある。
マレドミナ商会がディオニスメリアの一部商人から敵視されていたのは聞いていたが、とうとう、貴族であるソーウェル家に大して圧力をかけてきたとは。そんなことは商人だけではできないだろうから、他の貴族とも結託があったりしたんだろう。
で、リアンとセシリーの親父さんは、それを飲むしかない状況に追い詰められて手紙をしたためた――。
「リアンには……言ってないんだな?」
「言えるはずがありませんわ。ただでさえ、シビアにお仕事をされていらっしゃるのに、こんなことを言ったら……体を分裂させようとしかねません。倒れられてしまいます」
「そうか……。んで、お前はどうしてるんだ?」
「姉様は一度帰ると、仰られました。お父様に顔を見せると。……ですから、その時のために、準備だけはしています。……姉様には不本意かも知れませんが、屋敷へ帰って事情を聞かされれば……縁談は受けると思うのです。ですから……一応……」
「そうか……」
ダメだ、さっぱりどうすりゃいいか分からない。頭が回らねえ。
うだうだ文句を言ってる商人や貴族をぶっ飛ばせば済む話じゃない。まして、リアンもこの問題はどうにかこうにかしようとしていたはずだ。その上でこんな事態になっちまったんなら、打つ手はないのかも知れない。
セシリーも憂いながらリアンを見ていた。
と、リアンはこちらへ目を向け、こっちへ来る。言ったもんか、言わないでおくもんか。言ったらリアンは対応を考えるだろうが、一緒にくっついて回っているセシリー曰くとんでもない忙しさらしいのに、そこへこんな問題を伝えたら――。しかし、リアンがいなくなったらマレドミナ商会は危うくなる。どれだけセシリーが引き継ぎを準備したところで、結局ブレーンはリアンなのだ。
そうなれば、エンセーラム王国としても危うくなる。
「どうかしましたか? 2人して苦い顔で」
「…………」
セシリーがもじもじしながら俺にちらっと視線を向けてきた。
「レオン? セシリー?」
マジでこれ、どうすりゃいいんだ……?
「もしかして、酔ってます? それほど酔ったようには見えませんが……変にお酒を混ぜたんですか? ダメですよ、無理な飲み方をして醜態をさらしては」
「リアン」
「何です?」
「……お前、結婚しねえの?」
何を尋ねてるんだ、俺は……。
そうじゃないだろう、そうじゃあないだろう……。
「良い縁があればしてもいいんですがね。今は特にしたいとは思っていませんよ。仕事が楽しいもので」
「……そっか」
「レオンハルト様……」
「何か、おかしい感じですね。どうされました?」
「次はいつ行くんだ?」
「3日後に出ます。少々、実家に帰る用事がありまして」
「…………そっか」
それまでに、どうするか考えねえと。




