ロマンチスト、ロビン
「あれ? ロビン、どこ行った?」
「え? ……あっ、そう言えばいないかも」
「探してきましょうか?」
「……んー……いや、いいや」
パーティーも終盤。軽食と酒をちょろっと用意し、最後の歓談タイムをもうけている。これが済んだら、紙に結婚したいと希望する相手の名前を書いてもらって回収し、照合する。130人分はちと大変だが。
けっこう、ここまではいい感じだ。最初はぎこちなかったが、今では何組か、打ち解けている具合の男女を見られる。が、しかし、中には手応えも感じられなかったとばかりにすでにして落ち込んでいるようなのもいた。
ロビンはどうなってるんだかとホールを見渡したところで、いなかったことに気がついた。けっこう義理堅いロビンがこの場から消えたとなれば、それなりの考えがあっていなくなったんだろう。だったら、後で話を聞けばいいことにしておく。
しかし、久々に弾くとやっぱりピアノもいいな。ピアノ線が作れたんだから、ギターだって作れるはずだ。近い内に作ろうと決めると夢が広がる。リュートも馴れれば良かったが、やはりギターだろう。
「シオン、そろそろ声かけてこい。終わりの時間だ」
「かしこまりました」
129枚の紙を回収し、照合作業を始めた。両思いで成立したのは、23組。思っていたよりも多い。残念ながらあぶれたやつの方が多いが、今回のご縁がなかっただけ――ということで納得してもらおう。
23組の成立カップルを発表し、シオンに記録させておいた。すぐに結婚するかどうかはまた別の問題だ。あくまでも結婚を前提にした出会いを見つける場を作っただけで、本当にするかどうかは、じっくり当人同士で決めてもらえばいい。
が、この中から結婚をするなら色々と補助をしてやるつもりだ。
あんまり人口が増えすぎても困りものだが、今はまだまだ土地も余っている。人の力が国の力にもなるだろうし、結婚して子どもを産んでもらえれば心強いものだ。
目指せ、識字率と幸福実感度100パーセント。国に愛着を持ってもらえれば俺も嬉しい。
婚活パーティーが終わり、後片付けを始めるとロビンがひょっこり顔を出してきた。何も言わなくてもロビンは手伝ってくれる。それが済んでから、トト島玄関港に誘った。観光客用に店がいくつかある場所だ。その中の一軒の酒場に入ると、そこらの席でいいのにVIPルームみたいな個室に通されてしまった。
「そら、飲めよ」
「うん」
とりあえずエールで乾杯。
冷蔵庫なんてものはないが、魔法があるからどこでもキンキンに冷えた飲み物を飲めてしまう。冷たいエールは最高だ。エンセーラム諸島は暑いから尚更、うまい。それに冷たいエールが普及しやすかった。
エールと枝豆。
これが最高。すっかり定着してくれた。
が、今年はちょっと枝豆が不作だったので少し心配でもある。来年こそはばっちり豊作になってもらいたい。
「どうだった?」
「僕は、ちょっと合わないかなあって……ああいうの」
「そうか?」
「うん」
そうか。
まあ、ロビンってけっこう大人しいというか、奥手っぽいとこあるしな。
「23組成立だった、今日」
「23組も? すごいね」
「その中にお前が含まれてくれりゃあ大成功だったんだけどな」
「ごめん……」
「まあいいって。そんなに気にすんなよ。でも結婚願望はあるんだろ?」
「それはあるんだけど……」
「だけど?」
「……うん」
いや、うん、じゃなくて。自己完結しないでくれよ。
枝豆の空莢を専用の器に捨てる。やっぱり枝豆はうまい。塩茹でしただけでうまい食べものベスト5に絶対入ると思う。
「分かった、じゃあロビン」
「うん?」
「お前の好みのタイプについて」
「うーん……耳がよく尖ってて、尻尾が綺麗な人が好きかな」
その美的感覚が分からない。
耳が尖ってるのが、いいのか。でも尻尾についちゃあ、俺も一言ある。
「尻尾の綺麗ってのは、しゅっとしたスマート系? それとも毛並み? 揺れ方? どれよ?」
「スマート系かな」
「あー、はいはい……まあ、いいよなあ」
「それでね、揺らめく時にうっすら光を反射するような密度のある毛だともっといいと思うんだ」
「それかっ! 分かる、分かるぞ、ロビン!」
「人間族のレオンが分かっちゃうって、ちょっとアレだよね……」
「おい、おいロビン」
「あはは」
あはは、って。笑うのかよ。
ていうか、何で俺が尻尾について語って分かっちゃってると、アレなんだよ。アレって何だ。
「そういう好みのタイプを見つけて声とかかけりゃあいいじゃんか。お前、一目置かれてるんだし。何たって今現在、唯一の国の食客だぜ? 賓客なんだぜ? 一応。あんまり、そういうのしてやれてないけど」
「うーん……でも、そういう、フィルターがかかって見られちゃう感じがして……。何か苦手なんだ、僕が金狼族だからとか、食客っていう身分だからって……寄ってくるような人って」
「……ふうん?」
「別に嫌いとかじゃないんだけど……そういうのはなしで、僕を僕として見てくれる人がいいかなあ、って……。な、何か、ちょっと恥ずかしいよね」
「恥ずかしくないって」
「本当?」
「ロマンチストなだけだろ」
「……それが、ちょっと……」
「ロマンはいいもんじゃんか。俺は肯定するぜ」
「ありがとう……」
ロマンチスト、ロビン。
それはそれでいいじゃないか。
「だけど……それはそれで、難しそうだよなあ……。まずはさ、そういうの目当てでも群がってきた中からいいなって人見つけて、そっから、改めて、とかさ」
「ええ……? でも、それって……品定めするみたいだし……」
「品定めするもんだろ、別に」
「じゃあレオンはエノラのことを品定めした?」
「…………品定め、ってなると……してない、けど」
「ほら」
ぐうの音も出ない。
でもあれだ、ロビンは、ロマン持ちすぎじゃないか?
下心から始まる恋なんてわんさかあるだろう。
気持ちは分からないでもないけど、27歳だろと言いたい。そうだ、俺の生前よりも今のロビンの方が年上なんだ。うわ、何だろうこの気持ち。何か、抜かされた感ある。うーむ。
もくもくと枝豆を2人で食べた。
エールもなくなり、追加を注文しておく。
無言でも気にならない。ロビンは酒が入って酔ってくるとかなり愉快になるやつだが、今日はしみじみ飲めている。俺もしみじみムードだし。
一体どうしたらロビンに結婚相手が見つかるんだろうと悩む。もしかしたら、俺があれこれ考えるのも余計な世話になってるんじゃないかとも思える。いや、普通に考えたらうざいよな。できもしねえのに、結婚しろとか言われたりすんのは。
いやいや、でもロビンだって結婚したくないってわけじゃあないんだ。
だったら別に迷惑とかじゃあない……よなあ?
「そう言えば……リアンはどうするんだろうね?」
「ん?」
「結婚」
「ああ……あいつは、しなさそうだよな」
「だよねえ……」
別にあいつは生涯独身とかになろうが驚かないと思う。
何かもう、男、女、リアンと第三の性別に分類されるようなやつだと思うし。そもそも、リアンがスカートのようなものをはいてるところさえ見たことがない。いつだって男装だ。女をカミングアウトしてきた時に恥じらいもなく胸を触らせてくるようなやつだ。
「あとマティアスくんも」
「あいつは適当に見つけるだろ……」
「……うーん、どうだろう……」
「どうだろうって? あいつはよりどりみどりな上に、お前みたいにあれこれ悩まないだろ。条件決めて、それに見合った、よしお前だ、みたいな感じで嫁もらうだろ」
「…………あっ、うん」
「あっ、て何だ」
「う、ううん、何でも……」
何か気になる。ざわつく。
気にはなるが、まあスルーしておこう。ロビンも流してほしそうだし。
「でも僕らの中で1番結婚早かったのがレオンって、驚きだね」
「お前らもういい年なのにな」
「うっ……れ、レオンが早熟すぎるんだよ、小さい時から」
そりゃあ、中身は今のお前くらいのころから変わってないしな。
「あーあー、俺は友達が揃いも揃って婚期逃していくのを見守るだけなんて不幸だなあ」
「逃さないよ……」
「逃しかけじゃんかよ。だってお前、これまで彼女のひとりもいたことないんだろ?」
「…………」
「あれ? て、ことはお前、まだ……ヤッたことも……」
「…………」
「マティアスみたいのもどうかとは思うけど、ロビン……お前……」
ほんとに魔法使いコース?
むしろ、賢者コース?
「……金貸してやるからさ」
「え?」
「ダイアンシア・ポートまで行けば、色町くらいあるだろ?」
「行かないよっ!」
1発ヤッちまえば素人だろうが、オオカミに早変わりするかと思いきや。
結局、うだうだとロビンと意味もない話をしながら夜が更けていった。ロビンに春はこないんだろうか。すげえいいやつなのに独身なんて寂しい。これが、やたら見合いをさせようとするやつの心理なんだろうかと思い至った。
……俺ももうオッサンだな。




