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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#31 春のエンセーラム
339/522

ミリアムの島暮らし





「暑いぃぃ……」

「まあ、だらしないのですね。――ハッ、そうやってうなだれた姿を見せつけながら油断を誘おうということなのね!?」

「違うよ……」


 師匠の国――エンセーラム王国。話には聞いていたけど、想像以上に暑いところだった。ヴラスウォーレン帝国は冬の冷え込みが厳しいところだったけど、ここは冬になってもちょっと暑さが和らぐ程度だという。考えられない。こんな気候の国があっただなんて。


 だからその暑さにやられていたら――。



「どうぞ、お召し上がりになりなさい?」

「えっ……?」

「レーメンというレオンハルトさんがお作りになられた料理ですわ。涼を感じられる料理なのですのよ。わたしも雪と氷に親しんでいましたから、ここへ来てから暑さに悩まされることはありましたの。でも、外に出てみればこの暑さに不快感はありませんし、冷たいものを食べておいしいと感じてしまうという不思議な体験までできてしまいますのよ」

「あ、ありがと……」



 クラクソン聖教会の、事実上の崩壊。

 価値観の崩壊でもあった。足元にあった何もかもが崩れ落ちていくような感覚に襲われた。結局、わたしもクルセイダーも辞め、あの国から去ろうと思った。シャノンの教えばかりで雁字搦めにされて、教えの意味さえ見失っていたから、知らないことを知りたくなった。


 それに――マディナがちょっと、羨ましくもあった。確実にマディナはわたしを疎んじていた。多分、記憶をいじられていた影響もあったんだと思う。どこからどこまでかは、分からない。

 でも最期にマディナは、わたしに何かを言おうとした。その時の顔は、わたしへの悪口じゃなかったと思う。ふっと思い出しかけたのだ、ずっと昔に――マディナと無邪気に遊んでいたころに、いつも見ていた彼女の笑顔を。謝罪じゃなかったと思う。激励だとか、無事で良かったね、っていうことでもなかったと思う。得意そうな笑顔だった。見下している冷たいものじゃなくて、こんなことができてすごいでしょう、って自慢をするような……。



 そんな時に師匠が国に帰るって言い出したから、無理やり、ついて来た。

 まだちゃんと師匠から剣を教わったことがない、って主張し、認めさせたような形だ。弱いまんまでエンセーラム王国の王様から教わったって吹聴しまくっていいの、って迫ったら苦い顔で根負けしてくれた。初めて師匠に勝てた瞬間だった。



 そういうわけでエンセーラム諸島に来て、気候も文化も全く違うのに驚かされた。ぼんやり師匠のところに転がり込もうと思ってたけど、王様のはずなのに見窄らしい小屋に住んでたからその考えは吹き飛んだ。それでどうしようって思ってたら、シルヴィアを紹介されて、彼女のところで一緒に住むようになった。


 最初は変な人だなって思ってたけど、すごく高貴な雰囲気があった。

 仕草がいちいち洗練されてるし、綺麗だった。すぐ変な妄想はするけど、けっこうわたしの面倒を見てくれる。


 今だって、レーメンとかいうのを作ってくれたし。

 これおいしい。



「ではわたくしは、今日は学校へお仕事に行かなくてはなりませんので行ってきますわ」

「学校?」

「ええ。興味があるのでしたら一緒に参りますか? レオンハルトさんが直々に子ども達にお勉強を教えておられていますのよ」


 行くことにした。

 師匠が勉強を教えてる? 直々に教える? あの師匠が?

 何かミスマッチだ。一目だけ見ようと思ってシルヴィアと一緒にユーリエ学校というところへ行った。


 シルヴィアの家から海岸沿いに歩いて40分くらい。日差しが強くて暑いけど、カラッとしていて確かにそこまで不快感はないかも知れない。大きな麦わら帽子を被って歩くシルヴィアは、何だか1枚の絵になりそうな雰囲気があった。この人って、不思議だ。



 学校に到着したのはシルヴィアが一番乗りだった。職員室というところでシルヴィアが授業の準備を始めている間に、子ども達がやって来た。最初見た時は驚いた。ものすごく大きい牛みたいな魔物が海を泳いでいたのだ。それが船のようなものを曵いていて、そこに大勢の子ども達が乗っていた。学校のそばで魔物が止まると、子ども達が降りてきて学校に入ってくる。


「あれはジャルという魔物で、とても賢いのですよ。学校がある日は毎日、ジャルの曵く船で島中を回って送り迎えをしているの」


 子ども達と一緒に師匠は、女の子と手を繋いで学校に来た。


「バイバイ、レオン!」

「おう、後でな」

「師匠、あの子、誰?」

「……何でお前がいる?」


 職員室の前で女の子と別れて師匠が入ってきた。それで尋ねたら、尋ね返される。


「シルヴィアについてきたの。やることないから」

「あっそ」

「誰?」

「え? あー……んー、娘みたいな、妹みたいな、そういうもんだ」

「みたいなもん?」

「俺の育ての親の、ひ孫。つーか小娘、お前……一応はクルセイダーだったんだし、ちゃんとした教育は受けてるんだよな?」

「そうだけど、何?」

「……シルヴィア、人手足りてたか?」

「最近シオンが壁新聞ばかりに必死で、こっちのお仕事がおざなりですの」

「よし。小娘、お前は今日からここの臨時講師に任命する。詳しいことはシルヴィアに聞け」

「えっ?」



 ユーリエ学校にはエンセーラム王国の6歳から上の子ども達が通うらしい。最初は全員、同じ授業をしていたらしいけれど、だんだん、勉強の習熟に差が出てきたからクラスを分けて、手分けをして教えることになったってシルヴィアが師匠に言ってた。率先して師匠は年下の子達の授業を受け持つと言い張り、わたしが助手に任命された。


 授業が始まって、どうして師匠が率先したのか分かった。

 娘みたいな妹みたいな子、と言っていた女の子――キャスが目当てだった。ううん、目当てって言い方はちょっと変態っぽい。わたしに授業を丸投げしておいて、教室の後ろでニマニマしながらキャスの様子を見ていた。

 やっぱり変態っぽくていいかな。



 ユーリエ学校の目玉は、給食という制度だった。学校に子どもを通わせると、お昼ご飯を食べさせてくれるのだという。しかもタダで。勉強を教えてくれる上に、ご飯まで食べさせてくれる。そんなダブルパンチの前には子ども達を通わせるという選択肢しか親である大人達にはなかった。

 そうして子ども達は字の読み書きを教わって、数字の計算を教わる。学のない大人のために、たまに集会場というところで大人向けの勉強会も開催されているみたいで、自分の子どもに舐められないようにと勉強する人もいるらしい。


 そういう取り組みの結果、島の半分――にはまだ満たないが、10人中4人は字の読み書きができるようにまでなったらしい。師匠は島の全員がそうできるようにするのが目標だと言っていた。



 午前と午後に分けられた授業が終わって、またジャルという魔物で子ども達を送ってから師匠は学校に帰ってきた。師匠の家に住み込んでいる、師匠の従者2号と紹介されたシオンも学校で働いているみたい。だけど識字率向上のために設置した毎日の壁新聞をひとりで担当してて、授業の合間も、授業が終わってからもそれに追われているみたい。



「お前、そんなの適当でいいんだよ。作り話でもいいから、とにかく字を読む習慣を大人に植えつけるのが目的。凝るな」

「いえ、レオンハルト様。習慣をつけさせるのならば、目を惹いて、読みたくなるようなものを作らねばなりません」

「……あっそ」


 何か、師匠は生真面目っぽいシオンに感心半分、呆れ半分といった様子だった。ちょっとだけ、明日の壁新聞を見させてもらったら、「レオンハルト王のご帰国後の1日」というのが書かれていた。すごく、わたしは興味ないんだけど……。



「ていうかさ、師匠」

「あん?」

「教えてよ、剣」

「ああ……そういやそうだったな。……よし、じゃあシオン」

「はっ、何でしょう?」

「こいつに教えてやれ。朝晩2回」

「自分がですか?」

「何で師匠じゃないの?」

「いいから、いいから。シオンに教わったら、次はリュカに教わっとけ。それが済んだら、俺が教えてやるよ。シオン、お前の体に染みついてる剣の腕を小娘に叩き込んで、まあいいだろうって具合になったら、今度はリュカにパスしとけ」

「かしこまりました」


 それって、いつ、師匠から直接教えてもらえることになるんだろう。



「あっ、やっぱリュカの後はロビンな」

「ロビン? ……ロビンって、あの、獣人の?」

「ロビンはやべえぞ。魔法士なのに接近戦もいけるし、超強えからな。あ、でもあいつもけっこう暇してるって感じだったし……うん、シオンの後はやっぱ、リュカに教わっておけ。で、学校ない時は、剣と並行してロビンに魔法も教わっとけ」

「魔法?」

「魔法戦教えてやってくれって言っとくから。

 さーて、俺は帰る! フィリアが待ってるし、エノラがカレーライスをずっと試作しながら待ってたとか言ってたし。んじゃーな! また明日!」


 首から下げている、音の出ない笛を吹くとすぐにレストが空から降り立ってきた。それに跨がって師匠は颯爽と帰っていく。



「ミリアム殿」

「え、あ、うん」

「では朝は日の出の時間に、夜は日が落ちてから時間をもうけますので、自分が責任をもって剣を教えさせていただきます」

「……う、うん」



 シオンにこてんぱんにやられた。

 ボロボロになってシルヴィアの家に帰ったら、ご飯を作って待っていてくれた。魚が中心の料理だった。おいしかった。



 エンセーラム王国でのわたしの暮らしは、そういうことになった。



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