結婚適齢期?
「あっ……」
ふわりと風に乗って、懐かしい香りがした。
今日も青い空の向こうをじっと眺める。目には見えないけど、もうすぐそこまで来ている。と――
「うああっ!?」
フィリアちゃんに尻尾を引っ張られてぎょっとした。
「だ、ダメだよ……し、尻尾をそ簡単に触っちゃ……」
抱き上げて言い聞かせるけどどこ吹く風で顔を逸らされる。散歩を切り上げることにし、トト島玄関港の方へ向かった。
「フィリアのお父さんが帰ってきたみたいだよ、良かったね」
声をかけてみても興味なさそうにフィリアちゃんはどこか遠くを眺めていた。
「フィリアーっ!! 俺だぞ、フィリアっ、フィリアーっ!!」
出迎えに行くとすぐにレオンは僕に気づいて、走ってきてフィリアちゃんを抱き上げた。
「おっきくなったな、おい? あれ? こんな、デカくなった? おい、フィリアー? 俺だぞー? つか、何でロビンがフィリアを?」
「お散歩いってたんだよ、一緒に」
「ほーん? あんがとよ」
「夜泣きが大変で眠れないから、って……」
「おいロビン、何をぼそっと言った?」
「ねえねえ、師匠、その赤ちゃんが師匠の娘?」
レストにレオンと一緒に乗っていた女の子がこっちに来た。
「どうだ、かわいいだろう?」
「赤ちゃんはかわいいもんでしょ、普通」
「ちっ、お前ってほんとに……」
「何?」
「いいや。ああ、ロビン、こいつ、小娘」
「小娘じゃなくてミリアム!!」
「聞いてるよ、リュカから。レオンが女の子連れてくるって」
「何だその誤解しかされなさそうな言い方……。んで、そのリュカは? あいつ、先に帰ってきてるだろ?」
「リュカがいなかった間に、結婚するっていう夫婦が4組生まれて、その式だとか、あとは赤ちゃんが生まれたところもあって、その祈祷とか、他にも――」
「ああはいはい、忙しいのな、あいつ。分かった、分かった。で……エノラは?」
「夜泣きで夜に眠れなかったからって今はお昼寝してるよ」
「……じいさんとキャスは?」
「チェスターさんはいつも通りじゃない? キャスはこの時間は学校だし」
「変わりないのな?」
「うん」
「よし……。まあいいや、フィリアさえいりゃあ。おーい、フィリアー? パパ上様だぞー、顔見せろって、おい、おいフィリアー」
「師匠嫌われてるんじゃない?」
「ああ? んなわけあるか。ちょっと恥ずかしいだけだろ? な? フィリア〜おーい」
「ほら、絶対嫌がってるよ。ぐいぐい首だけでも遠ざかろうとしてる」
レオンが帰ってきて、島にミリアムっていう女の子が新たに加わった。レオンが帰ったのは約半年ぶりのことだった。
その夜は集会が開かれた。もちろん、レオンが主催で。エンセーラム王国にも通貨ができたことで、当初のように限られたお酒を飲むための場という目的での集会はなくなりつつあった。もしかしたら、レオンがいない集会だとつまらないという理由で、自然と人が離れていったのもあったかも知れない。
けれどレオンが号を発して集会をやるぞ、と国中に喧伝されるとトト島玄関港近くに建てられている集会場に大勢が集まってきた。第二次移住民だった古参の人も当然のようにやって来た。最近移住をしてきた人も集会場にやって来た。そこへ行けばエンセーラム王――つまりレオンが見られるかも知れない、と期待をして。
「どこに王はいるんだ?」
「いつ現れるんだろうな、どんな方なんだろう?」
そんなわくわくした呟きを交わしながら新参の住民がエンセーラム王を待っていた。でも、集会場に誰より早く現れて、すでにレオンは酒盛りをしている。ゲラゲラと笑っている輪の中にいるのが王様だとは思えないんだと思う。その輪にいる人もレオンを王っていうよりは飲み友達みたいな感覚で気楽に接してるから尚更だ。
「おーい、ロビン、ロビーン」
一応で参加して、隅っこでお酒を飲んでいたらレオンに呼ばれた。
僕のことは変な尾ひれのついた噂つきで知られてて、レオンの友達で食客として島にいるって認知されてる。壁新聞のコラムまで書かされたたし。そんな僕を酔いまじりに軽く呼びつけたレオンが、新参の国民達から奇異の目で見られる。
レオンって変な誤解されやすい。
一言だけの説明でもあれば防げる誤解なのに、しないからいけない。
「どうしたの、レオン?」
「お前も結婚しろよ」
「…………え?」
「そういう話になった。お前ってマティアスんとこに行っちゃうんだろ? そしたら飼い殺しだろ?」
「か、飼い殺しって……」
「今の内に結婚しとかねえと、お前一生……」
「……う、うん……」
「そういうわけだ、結婚しとけって。ロービーン」
あ、酔ってる。
レオンがへらへらしながら絡んできた。それでも手だけは鋭い動きで僕の尻尾を狙ってくるらへん、レオンって筋金入りだなって思う。ちゃんと防いでおくけど。
「お前もう26だろ!?」
「27……」
「えっ? あれ、じゃあ俺って……」
「21でしょ?」
「マジでかっ!? もうかっ!? うわ、やべえやべえ、時間の流れにカンパーイ! うぇえええ――――いっ!」
酔っ払っちゃってるなあ、本当に。
大工さん達もレオンと一緒にすごく盛り上がっちゃってる。
でも、確かにそろそろ結婚とかを考えなきゃダメなんだよなあ……。
父さんとの約束もあるし、マティアスくんのところに仕えるようになったらあんまり自由は利かなくなりそうなものだし……。
けっこう愉快に酔っ払ったレオンが、王様音頭とかいう歌と踊りを始めた。即興らしい。その時になって新参の住民達がレオンが王様だと分かったらしくて、ものすごくビックリしていた。当たり前だと思う。ものすごくうるさく楽しく飲んでた人が王様だったんだから。
その王様音頭を皆で楽しく踊り、踊らされ、足をもつれさせてレオンが転んだところで解散となった。
「ほらレオン、しっかりして」
「尻尾ぉ……ちゃんと歩くから、ロビンの尻尾を俺に……」
「ダメだよ」
レオンに肩を貸しながら歩く。大分、整備をされた道。最初はこの道を切り倒した丸太を引きずりながら何度も往復した。あの時は道なき道だったのに、今では一目でそうと分かる開けた道になっている。
もうずっと前のことみたいに思えちゃうけど、まだほんの数年前のこと。これからエンセーラム諸島は立派な国になっていくんだと思える。ずっとこの発展を見守ることはできないけど、最初期に関われただけ良かったと思う。
「こんばんはー。レオンを連れてきたよ」
レオンのお家の小屋。戸を叩かずに声だけかけて中に入ると、シオンが出迎えにきた。
「ありがとうございます、ロビン殿」
「ううん、気にしないで。ちょっと酔ってて、面倒臭いかもだけど……あ、エノラ」
奥の間からエノラがくる。シオンに肩を貸されているレオンはもう半分眠りかけだ。そんな姿を見て、何か言いたげな顔をしてから僕を向いた。
「連れて帰ってきてくれてありがとう、ロビン」
「ううん、いいよ」
「レオンハルトはどうだった?」
「楽しそうにしてたよ」
「分かった」
「じゃあおやすみなさい」
家を出ると、外で丸くなっていたレストが首を伸ばして僕を見ていた。手を伸ばすとそこに頭をこすりつけてくる。鱗の隙間を軽く指でかいてやると目を細めていた。
僕、もう27歳になったのか。
学院を卒業してから9年。そろそろ、本当に誰かお嫁さんになってくれる人を探さないとなあ。
でも、見つかるのかなあ……?




