帰りたい
「長らく、お待たせをしてしまって申し訳ありません」
「いいや、別にお邪魔するつもりもなかったのに、寝床とあったかい食事をご提供してくださって助かったよ」
あくまで、国の王様として、対等に。
そう心がけて砕けた敬語さえも、国の高官と思われるやつには使わないでおく。
会食の席についたのは、俺とリュカ、それにヴラスウォーレンの大臣みたいなのだった。3人だけの食事だっていうのに侍女みたいのがわんさか壁際に控えている。
「先日の騒動の対応に追われまして」
「ご苦労さん。あんなんがありゃあ、大変だってのは分かるよ」
テーブルマナーとか、分からねえ。
いや、学院で確かやらされたはずだな。食器が、えーと……外から、使うんだっけ?
そっとリュカを見ると、両手にフォークを握り締めて目を輝かせている。弱めの魔弾をリュカの太腿に撃ってやった。素早く俺を向いて睨んできたが、目でがっつくなと訴えておく。伝わったのか分からないが、すげえ嫌そうな顔をされた。いや、意味が分からないで悩んでるのか? どっちにしろ、安心できる顔じゃない。
「この帝都レギルスにはいかなるご用件で?」
「ああ……まあ、俺の国も、いい国なんだけど小さいとこで。よその国はどんなもんかと思い立って来ただけで深い意味なんかはないんだ」
「ほおう? 確か……あー、エンセーラム王国とやらの、王だったのでしたな?」
もったいぶって分からねえようなふりしやがって。地味に腹立つぞ。舐めてんのか、コラ。舐められるなってのはリアンによくよく言いつけられてんだぞ、こっちは。ヘタしたら怒られるんだぞ、リアンに。
「それでも、一国の王ともあろうお方がごくごく少ない人数で訪れるとは……」
「そこは小娘を信頼してやってくれねえかな?」
「小娘……?」
「ミリアム」
リュカが横からちゃんと言ってくれた。そうそう、ミリアムだった。小娘呼ばわりしてばっかで名前忘れかけちゃうんだよな。
「だが、あの者も元クルセイダーとは言え、ニコラス元大司教に洗脳をされていたひとり……。記憶の錯綜に邪な考えを持つ者がつけこんだ、とも考えられるものかと」
「そりゃあ、俺を疑ってるってか?」
「いいえ、とんでもありません。ですが……何か、ご証明をいただけるものはないかと」
「証明ね……。こいつはリュカ、雷神ソアの神官で、俺の従者だ」
「雷神、ソア……」
目を細められた。
シャノン以外は神じゃねえって感じか?
「雷神ソアは厳正と秩序の神。嘘を許さない。その神官であるこいつが、俺をエンセーラム王と認めれば、それだけで証明は済む」
「ですが、その者が……その雷神とやらの、神官を騙っているということも考えられるのでは?」
「俺は嘘なんかつかない!」
「口ではどうとでも」
「ほんとだって!」
「いいから、リュカ。口じゃあどうにもならねえんだよ、本当に。だから、お前が雷神の神官ってのを見せてやれ。何かあるだろ? バリバリーっと雷神パワー見せてやれよ」
「バリバリって……」
少しリュカは悩んで、両手に持っていたフォークを見た。
「魔法で雷を作るのはできない。魔法は、火、水、風、土だから」
「それが何でしょう?」
「でも俺は雷神ソアの神官だから、魔法じゃなく雷を作り出すことができる。それが、これ」
グーで握っているフォークをリュカが前へ出した。
そのフォークの三つ又の間にバチバチと音を立てて紫電が流れ出す。向き合って座っている高官が目を大きくした。
「触る? ビリビリするけど」
「ビリっ……い、いえ、けっこう」
「そういうことだ。あー、それと……この国は冒険者ギルド加盟国なんだよな」
「ええ。それが?」
「こいつも冒険者で、ランクはAだ」
「Aランク、冒険者……」
「俺はあんまりやってないからランクはAまでいってねえけど、こいつと一緒に戦ってきた。こいつよか、強い。そこんとこも、理解しておいてくれるよな?」
個人の武力も畏怖に繋がる価値観が、この世界にはある。
強ければ強いだけ、それが無視できない要素のひとつになっていく。俺もまだまだだろうが、雑兵なんかは数にしないで相手にしてやることができるだけの実力はある。
リュカがAランク冒険者で、ついでに嘘を許さない雷神の神官で、俺の発言を否定しない。
これで俺の力も分からせてやれた――と思われる。
「そんで? 俺が本物だって分かったところで……この会食は何か意味があるのか?」
普通はあれこれと暗喩を使ったりして、探り合うらしいが俺にはそんなマネできない。だから直球で尋ねる。リアンほど舌も頭も回らないし、マティアスほど自信過剰に交渉するのはできないんだから、真正面から威圧して進めるしか俺にはない。
「た、試すようなマネをして申し訳ありませんでした」
おっ、ビビった?
いけるじゃんかよ、俺。
リュカがじろーっと俺のこと見てるけど、気にしない。
別に恐喝とかカツアゲしてるわけじゃないんだからいいだろう、これくらいは。
「いや、謝ることはないだろ。寝床とあったかい食事まで用意してもらったんだ。感謝してるよ」
ちなみに、この会食の席に出ている食事は、軟禁中に出てきたメシより5、6段は豪華なものだ。わざわざ、あったかい食事とか言ってるのは軽い嫌味も含んでる。あったかい食事、とか言いつつ地味に冷めてたスープも何度も出されたが、嫌味なんだから事実と異なってることを言ってもいいのさ。
「まあ俺も、こっそり来て、こっそり滞在して、変なのに巻き込まれて……変な勘繰りをされても仕方ないとは思うし、おあいこっていうことで。な?」
「……ええ」
「ヴラスウォーレン王は忙しいのかね? さっぱり、姿形が見えないけど」
「少々、今は事情がありまして。お客人がいらっしゃられてもお会いにはなれないのです」
事情ねえ。
まあ、別に出てこられちゃっても困るからいいんだけど、不敬とか言われないだろうし。
「それは残念。心より、お見舞い申し上げます」
「……ありがとう、ございます」
豪華だけど、あまりうまいとは思えない食事をした。
翌日には丁重に城を送り出されて、久しぶりに拠点へ帰った。
小娘がいつの間にか住み着いていた。
「あ、おかえり師匠、リュカ」
「……何でお前がいるんだよ?」
「だって、教会にも孤児院にもいられないんだもん……。いいじゃん、師匠なら弟子のわたしの面倒くらい見てよ」
「……まあいいや。リュカ、米の残りは? 炊いて食うぞ」
「そっち置いといた」
「オーライ、米だぜ、ひゃっほう! こーめ、こーめ、おーこーめぃっ! ハッハー!」
米だ、米だ。
米がやっと食える。
10キロも持ってきてくれたらしい。城を出てきた以上、俺はこいつを我慢せずにたらふく食べるのだ。まずは白米のまま一合食って、それから味の濃い煮物で一合食って、炊き込みご飯も作って、ああ、夢が広がりまくりだ。お米ちゃんをまずはガシガシと洗うところから……。
「つーか、どこだよ?」
「だから、そっちに置いとい……あれ、ない」
リュカが示した方を探していたが、何もない。リュカも確認にきて首を傾げた。
「おい小娘、ここにあった米、どこにやったか――」
小娘を振り向くと顔を逸らしていた。
やましいことがあるから顔向けできませんみたいな、そういう。
「…………」
「…………」
「ミリアム知らない?」
リュカは気づいてない。
こいつはバカだからな、察するとかできないだろうな。
「おいこら小娘」
「小娘じゃなくてミリアム」
「ここに、リュカが米を置いといたんだと。知らねえか?」
「……あ、あったかなあ……? よく分かんないけど……」
「俺の目え見て言え」
「…………お、おいしかったです」
「全部食ったのか、お前っ!?」
「だーって、それしか食べるのなかったんだもん!」
「俺の米ないの!?」
「お前のじゃねえよリュカ!」
「俺帰る! レストの笛どこ!? ちょうだい、貸して、俺帰ってご飯食べてくる!」
「昼飯感覚か、お前は!」
「貸してってば!」
「あとこら小娘、逃げようとしてんじゃねえ! お前が全部食っちまったのが――あれ、お前、太った?」
「太ってないよ!!!」
「米食べたいぃぃっ!!」
「俺だって食いてえよっ!! 小娘、吐け! 俺の米を吐けええええええっ!」
「ムリムリ、何ムリ言ってんの、キモい!!」
「キモいだとこらぁっ!?」
「こ――――――め―――――――――――っ!!」
「うるっせえな!?」
「うるさいよぉっ!?」
バンっとドアが開いて、お隣のおばちゃんらしいおばちゃんに怒鳴られた。ギロっと睨みつけられる。それで俺達は静まり、ドアがまたバンッと閉まった。
おばちゃん、怖い……。
「……ごめんなさい……」
「俺も怒りすぎた……」
「米ぇ……」
「お前は懲りろ。ったく……ほれっ、これでメシ買ってこい。買い食いすんなよ、俺も食うんだから」
銀貨を1枚リュカに投げて寄越すと、目を輝かせて壁に空いていた大穴からリュカは飛び降りていった。ここ3階なんだけど、余裕なんだな。つーか、何だこの穴? 布で塞いでるけど。
「あ……ねえ師匠、そう言えば、シモンは?」
「シモン? ああ……マディナとニコラスをぶっ殺した女がいたろ? リュカが、そいつについて行ったって……意味分かんねえけど」
「シモンが……?」
小娘の表情が翳る。
そう言えばこいつ、何かシモンを嫌がってたよな。
「何か、あったのか?」
「……レギルスに到着する前、シモンの家に、泊めてもらったでしょ……?」
「ああ」
「あの晩に、見たの……。何か、ハッキリとはしなかったんだけど、見間違いかもって、思った……んだけど。シモンが……いつもの、あの感じで喋りかけてたの、自分の……お父さんに」
「何て?」
「『父さんよりも優先したいのができたから、もういいよね』……って、そう言って……殺して、た」
信じられなくて夢か何かだと思ったとも小娘は言った。だが、その翌朝にシモンの親父は死んだと言われた。夢にしては現実感がありすぎたのに、起きていたことはとてもそうは思えなかったと言った。
それに、現に死んだのだ。
そして帝都レギルスに俺を追うように現れた。
小娘には、恐怖体験だったらしい。俺もにわかには信じがたい。だが、リュカはナターシャとかいう女エルフについて行ってしまったと言った。
ポジティブガイかとも思っていたが……。
「まあ、考えても仕方ねえ、か」
リュカが両腕に大量のメシを買って帰ってきた。後からわざわざ、俺のために酒樽1つ届けさせるとかいう謎の気遣いまでしてくれていた。誉めておいたら、とーぜんっ、みたいに腕を組んで鼻を鳴らして悦に浸っちゃうらへんが最高にリュカだった。
ずーっと酒を飲んでその日は過ごして、寝た。
寝て起きて、帰ることに決めた。フィリアに会いたい。帰りたい。




