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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#30 クルセイダーと記憶と愛と
334/522

欲しかったものは






『シャノンを信じ、シャノンのために奉仕すれば、永劫続くと思われる悲しみも癒える。

 苦しみを告白しなさい、マディナ。そうして祈りなさい、女神シャノンに安寧の平和を』


『でも大司教様……お祈りをしてもパパとママは救われませんでした……』


『いけない子だ、マディナ。

 シャノンは偉大なる存在、我々のような人間が彼女からご寵愛を受けることはできない。勘違いをしてはいけない』


『じゃあどうやって、この苦しいのを消せるんですか?』


『奉仕をすることだ。

 シャノンにご奉仕をしていればいずれ、その苦しみは拭われる』


『……分かりました。女神シャノンにご奉仕をします』


『良い子だ、マディナ』


『どうすればいいんですか?』


『勉強をしなさい。剣を学びなさい』


『はい』


『そしてこれからは、わたしの娘だ。

 マディナ・ムーア・クラクソンと名乗りなさい』


『……でも、そうしたら、パパとママの、娘じゃ……』


『わたしを父と呼びなさい。さあ、マディナ。

 わたしを信じて、シャノンにご奉仕をすれば良いだけだ』


『……はい』



 お父様に撫でられると、光が頭の中に入り込んできた。

 パパとママの顔はその内に忘れて、お父様とシャノンのために奉仕しようという気になれた。



『マディナ、これから城に行きなさい』


『お城ですか……? お使い?』


『行けば良い。これもシャノンへのご奉仕だ。

 言われたことをそのまましなさい、嫌がってはいけない。

 わたしとシャノンを信じなさい、そうすれば快楽がすぐに忘れさせてくれる』


『かい……らく……?』



 その晩、城勤めの偉そうな服を着た男の前に純潔を散らされた。

 まさぐってくる指は痛く、身の毛がよだった。目の前に出された屹立した男性器はこの上なくグロテスクで、恐怖さえ覚えるものだった。


 お父様とシャノンに奉仕するためと言い聞かせて、笑顔を見せた。

 乱暴だったが、事が済んだ後は裸でわたしを抱き締めてくれた。そのぬくもりは、少しだけパパを思い出した。



『お父様、お城へは行かなくてよろしいのですか?』


『ああ、行ってきなさい。話を通しておく』


『はい』



 何人もの男と交わった。

 最初は口にふくむのも嫌だったモノも、よくよく見れば少しずつ違いがあった。


 小さな子どもが石ころを集めるように、わたしも脳内にそういうのをコレクションした。

 太いの、細いの、長いの、短いの、硬いの、柔らかいの――。


 何でも良かった。

 誰でも良かった。


 だけど終わってからすぐに消えてしまうのは、二度と相手をしないことにした。



 汗ばんだ臭い。

 男の体臭。

 栗の花の香り。


 それらが混じり合った悪臭の中で腕の中に抱かれていると、時の経過とともに消えていく両親の思い出が少しだけ呼び起こされるような気がした。お父様に頭を撫でてもらい、何で教会に来たのかさえも曖昧になっていくのがどこか怖くて、そのために求めたと言っても過言じゃなかったかも知れない。



 ミリアムだって、どうしてあんなにも嫌いなのか――不意に分からなくなりそうだった。ミリアム自身も覚えていない様子で、だけど、わたしの両親はミリアムに見殺しにされたのだと朧げに覚えている。それが両親の最後の記憶だから、ミリアムを嫌い続けて、忘れないようにしなくてはいけないと思った。



 お父様が祈術で人の記憶を操ることができると知った時、もしかしたらと思った。けれど記憶は幼いころから継続的に続いている。それを疑うことはできなかった。忘れかけていることはあっても、ちゃんと覚えているのだから――そう信じるしかなかった。


 女神シャノンを信じて。

 お父様を信じて。


 そうすれば……何だだったろうかと思う日々が続いていた。



 レオンが現れたのは、ミリアムがクルセイダーとなって孤児院から消え、また記憶が朧げになってきたころだった。顔に傷をつけ、黒い槍を背負った姿はわたしが知っているどんな人よりも逞しく見えた。

 一目で異国の人と分かったから監視をすることになり、わたしが志願をした。


 ぶっきらぼうで、少しだけ乱暴な人だった。

 けれど知らない料理を作っていた。

 魔力欠乏症なのに、そんなのを感じさせない強さも持っていた。


 わたしが行く度に嫌そうな顔をしてくるのに、結局は家に上がらせて、わたしの作った料理をおいしそうに食べてくれた。感心をしてくれていた。その顔を見ているだけで、幸せな気分になれた。



 なのに、レオンはわたしよりもミリアムを気にかけた。


 恨めしかった。妬ましかった。

 ミリアムなんて加護も最低限で、何をさせても愚図で。


 それなのにレオンは、ミリアムの面倒を見ていた。



 何も知らないミリアムより、わたしの方が女としても魅力的なはずなのになびかなかった。

 ベッドのある部屋へ行けばすぐに押し倒されていた、浮き世から離れた一夜の恋しか知らないわたしにはどうすれば彼の気が惹けるか分からなかった。襲わせようとして色仕掛けをしても腕を突っ張られて引き剥がされた。不全を疑ったけれど、朝こっそり彼のところへ入って毛布を剥ぎ取れば屹立しているものはあった。臭いを嗅げば、ひとりで手慰みをしていたのも分かった。



 謝肉祭(カーニバル)の最終夜に、お父様のところへレオンをようやく連れて行けた。偽りの記憶を植えつけられたレオンと一緒に暮らすのは楽しかった。


 わたしを恋人と錯覚させても、手を出すことはなかった。

 不思議だった。男なんて少しその気になればすぐに股間を硬くして襲いかかってくるもののはずだったのに、どう誘っても乗ってこなかった。乗らせてくれることもなかった。


 わたしがどれだけ愛していると囁いても、彼は返してはくれなかった。



『ねえレオン、何で愛してるって言ってくれないの?』


『言いたくねえから』


『どうして? 口にしてくれないと、わたしあなたの気持ちが分からない』


『……どうしてもこうしてもあるかっつーの』



 ガリガリと頭をかいて、彼はすぐにふて寝した。

 記憶が定着をしていないから、それを固着させようとして眠るのだとお父様は言っていた。


 でも彼が寝ている姿を見る度、不安に駆られた。植えつけられた偽の記憶を思い出すためじゃなくて、本当の記憶を取り戻そうとしているんじゃないかと思った。裏付けるように彼は毎晩のように、記憶を修正されなくてはならなかった。


 それが何度続いても、わたしのことを愛してはくれなかった。

 ちょっとだけ、諦めかけていたのに。



『どうしたよ? 何か思い詰めた顔して。……そんなにおっかねえやつかよ?』


『……そ、そうなの』


『ふうん……。ま、どうにかなるさ。危なくなったら俺の近くいろよ』


『うん、ありがとう……』



 初めて、レオンの方からわたしに触れてくれた。

 やさしく頭を撫でてくれた。悪臭も鼻につかず、欲望のない顔で。


 こういう時に思い出していたのは――誰だっただろう?




 ミリアムが異教の神の力で抵抗をしてきて、斬られた。

 このまま殺されるのかと思った。


 わたしがミリアムにしてきたことを考えれば、そうなるのも当然だと思えた。結局最後はミリアムに取られて終わるんだと、受け入れかけた。


 でも。

 レオンは、来てくれた。



『何してやがんだよ、お前?』



 炎がミリアムを飲み込んで、そのまま吹き飛ばした。

 最後まで手放させることのできなかった長剣を持って、レオンはわたしのところへ来てくれた。夢かと思った。倒れていたわたしを腕に抱き上げてくれた。また、レオンから触ってくれた。



『マディナっ、おい、しっかりしろ。こんなの大した傷じゃねえから少し我慢しろ。祈術、祈術なら治してもらえんだろ? 大司教様のとこ行けばこれくらい、すぐだ。余裕だから、気ぃしっかり持て』



 何日も一緒に寝起きしてきたのに、分かっていなかった。

 レオンは本当にやさしいんだ。それでシャイだった。だから愛してるとかそういう言葉を言えない人で、目の前で人が倒れていれば見過ごせなくて、許せないことには徹底的に抗って。


 わたしの思い通りになるはずが、なかったんだ。




 結局。

 何もなかった。


 全てが消えていく。

 大切な誰かと誰か。

 小さなころのお友達。

 一時は満たしてくれた快楽。


 初めて、本当に好いた人だって。



 何もない。

 全部お父様の白い光に消された。


 何もない。

 ない。

 ない。

 ない。



 白い空間。

 何もかもが白く、輪郭さえ見えない、空虚な世界。


 その中に、滲みが生まれた。

 あれは何だろう。


 黒かった。

 赤くなった。


 燃えていた。


 

 熱いものが唇に触れた。

 ハッキリと目が開いた。


 白い世界が燃えて、焼けて、黒い炭になっていく。



 白かった世界に彩りが戻ってきた。

 ひっくり返った大地の茶色と、潰された芝の緑と。


 黒い瞳が、わたしを見ている。

 黒い髪が揺れた。



「……レオ、ン……?」


 目を大きくされた。

 ほっとしたような顔だ。



 唇に残る感触。

 レオンがわたしをまっすぐ見ている。


 胸が弾んだ瞬間、体がいきなり揺れた。

 赤いものがレオンの顔にかかる。



 何でだろう、わたしの胸から赤い玉が飛び出ていた。




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