古典的な、女の子の目覚めさせ方
最初はくぐもって、遠くで鳴っているように聞こえた。
けれど目を開けて意識がハッキリしてくるにつれ、それがすぐそこで起きているのに気がついた。地面が揺らぐ。その振動は縦に動き、突き上げようとしてくるかのようだった。
暗い空に、光をまとった何かが立っている。
シャノンかと思った。瞼を使って目の焦点をしぼる。それに巨大な炎の塊がぶつけられて阻まれた。しかし、一瞬で切り裂かれ、光の雨が降った。
「いい加減にしやがれ、こん畜生がっ!!」
光の雨を何かが叩き落としていった。宙に浮かぶ何かまで一直線に。ぶつかる。ぶつかったと思った。だが、それは僅かに押されたように動いたのみだった。
ようやく、ちゃんと見れた。
マディナだ。でもどうしてか、背中に翼が4枚もある。神々しい光。そして、顔には何の感情もない。
「何……?」
まるで、女神シャノン。
でもどうしてマディナが? さっき、わたしが――そうだ、師匠が――何で、戦ってるの? え? 何? これって何がどうなってるの?
「え、えっ……?」
「起きた、ミリアムっ!?」
「おう小娘、どっか行ってろ、邪魔になる!」
「何あれ、どういうことなの!?」
「いいからっ――リュカ、来るぞ!」
「三重でやってみる!!」
マディナの翼が広がった。リュカがズドン、ズドン、ズドンと地響きを立てさせながら地面から巨大な土の壁を3枚まとめて出した。激しい音がする。ぶつかってるんだ、何かが。
けれど凄まじい音がして壊れるんじゃないかと思う。
「こりゃ、ヘタに動かねえ方が逆にいいのか……?」
「師匠、記憶っ――」
「うるせえ、後だ。今はいんだよ、そんなの」
「そんなのって……!」
「あとさっきマジで悪かった。許してくれ。今はこれだけな。リュカ、収まったら魔縛であいつを引っ掛けて、ぶん回すぞ」
「それでどうすんの?」
「遠心力つけたとこで、全力でぶっ飛ばす」
「オッケー」
何そのゴリ押し?
て言うか、2人ともすごい傷だらけ……。
音がやみ、ほぼ同時にまた2人が動き出した。リュカが土の壁を一足で飛び上がって、師匠は壁の横から出て行く。
「捕まえた、レオン!」
「ぶん回しまくれ! 小娘そこどけ! リュカ、この壁に叩きつけてやれ!」
「分かった!」
え、え、えっ?
「ちょっ、待って、待ってってば……!」
慌ててそこを離れた直後、思いっきり盾になっていた壁が壊れた。
「ヒビ入ったぞ、あのバリア!」
「魔法で援護するから!」
「ガンガンいけ!!」
リュカが魔法を使って吹き飛ばされたマディナに攻撃をかけまくる。師匠は背後からくるそれをかいくぐりながら――あれどうやってるんだろう――マディナに迫って、長剣を叩き落とした。何もないところで止まる。が、バリバリと音を立てながら何かを打ち破った。剣がマディナに迫ったが、バサリと翼が広がる。
「げえええっ!?」
「レオンっ!?」
ものすごい数の、光る羽根が射出された。
師匠がまともに浴びながら逆に吹き飛ばされてマディナがまた浮かぶ。
転がった師匠は全身から血を流して呻いていた。
「師匠っ……!?」
「下、がって……ろ……」
「でもっ……」
「いい、から……邪魔だ……」
よろよろと師匠が起き上がる。
せめて祈術でちょっとでも治そうとし、加護が感じられなくなっているのに気づいた。おかしい。加護が完全になくなってしまっている。ちょっとはわたしも持ってたはずなのに――。
また地響きのように揺れた。マディナにリュカが吹き飛ばされていた。建物へぶつかりそうになったが、師匠がいきなり腕を引くとそれに連動したようにリュカがこっちに向かってきた。危ういながらも師匠がキャッチする。2人でぶつかり合いながら、素早く起き上がる。
「やっばい……」
「やべえよなあ……」
師匠もそうだけど、リュカももう傷だらけになっていた。
「お前、雷神パワーであれさ、どうにかできねえの? 倒すんじゃなくて、あれ……あれも、加護的なやつなんだろ?」
「ムリだってば、あんな状態」
「ムリじゃねえよ、できるって、雷神なら」
「ソアを何だと思ってんだよ、レオン!」
「んじゃあどうしろってんだよ、どう考えても正面から倒すのはムリだ!」
「て言うかあれ、何がどうなってんの? 人っぽいのに、あんなになってて……」
「あ? あー、えーと、何だっけな。マディナは器にされてて、あそこにクルセイダーに分けられてた加護を集束させた……みたいなことを言ってたな」
「……勝てるはずないじゃん……」
「おいリュカ、お前がそんなこと言うな」
「だってさ」
「だってじゃねえんだよ。いいか? 俺は魔力中毒、お前は魔力容量ガバガバ。俺は魔技しか使えない、でもお前は魔技と魔法も使える。しかも雷神パワーつき。お前は普通に考えりゃあ俺よか――」
「全然、魔力中毒じゃないじゃん」
「…………そういや、そうだった。治ったのか?」
「どうやって?」
「知るかよ」
「呑気に放してる場合じゃないでしょ!?」
マディナがまた翼を広げていた。師匠が舌打ちし、リュカが渋い顔で鼻から息を吐いた。
次の瞬間に翼がはためいて無数の光る羽根が射出されてくる。それをリュカはさっきみたいに三重の土壁で防ぐ。
「とにかく、倒す方向からはシフトだ」
「うん」
「となると、どうにかマディナを戻す必要がある。何が有効だ?」
「ぶん殴る!」
「できてねえだろうがよ、それができてねえからこういう会議になってるんだろうがよ、バカ」
「どうしてマディナは……あんなに、無表情になってるの? いつものマディナじゃないよ?」
「ああ? 知るかよ、大司教さんは記憶をいじったとか何とか――それか!」
「それだよ!」
「何?」
「ちょっと具合は違うけど、マディナはさっきまでの俺と同じ状態だ。何か、自分が神さんだって思い込ませたみたいなこと言ってた気がする。だから正気に戻してやりゃあいいんだ」
「どうやって?」
「……どうすっか」
「じゃ、じゃあっ! マディナ、師匠のこと好きだったみたいだし……話しかけてみれば?」
「…………ええ?」
「やれよ、レオン!」
「だってさ、ほら……そういうのって、アレじゃねえ? 俺、その気ねえのにさ、その気にさせるっていうか、利用するっていうか?」
「さんざんマディナにやられてたでしょ! 因果応報! 自業自得!」
「お前も過激なことを言うなあ……」
「どうでもいいから、師匠がどうにかしてよ! 洗脳から目も覚めたなら、目の覚まし方とか分かるでしょ!?」
「あっ、壊れる」
ぼそっとリュカが言うと、土壁がいきなり壊れて押し固められた土の塊がこっち側に降り注いできた。師匠に押し倒されて庇われる。
「痛ってええ……」
「師匠、来てる来てる!」
「チックショ――めんどくせえな!」
ふらふらの師匠が赤黒い長剣を握って迫ってきたマディナとぶつかり合った。マディナが手に光る棒のようなものを持っていた。それと切り結んだかと思ったが、その直後に師匠が吹っ飛ばされる。リュカが側面から斬りかかる。それも無造作にマディナが光の棒を振っただけで、地面が水面のように揺らいで弾けとんで飛ばされる。その煽りだけでわたしも飛ばされた。
「おい、マディナァッ! 元に戻れ、殺す気か!? 何だその面は、ああっ!? んなので欲情する野郎はいねえぞ!」
師匠が怒鳴るようにして声をかけた。が、マディナは顔を向けることもなく翼を広げて師匠にまた羽根を飛ばした。走りながらそれを避けていくが、避けきれない。
リュカがまた土壁を持ち上げたが、同時にマディナは師匠の盾となったそれに突撃をしていた。
「行ってるよ、師匠!」
「分かってらぁっ!!」
マディナが光の棒を振るって土壁を破壊した。師匠がその土塊をとんでもない動きと速さで避けきり、長剣をマディナに叩きつける。しかし、激しい音がして見えない何かに師匠の剣が阻まれた。激しく反発してくるのを力ずくで押さえつけている。
「おいこら、いい加減に目え覚ませ。へーんな祈術とかいうのでころっと心変わりか? その程度かよ、お前の気持ちは?」
僅かに師匠が押されている。もう体だってボロボロだ。盛り上がって見える筋肉から、プシっと血が噴いたのが見えた。
「あぁぁぁああああああっ!」
リュカがマディナを師匠と挟む形で、背後から躍り出て剣を叩きつけた。何かが砕ける音がし、師匠とリュカの剣が前後からマディナに叩きつけられた。地面にぶつからないように浮遊を保ったまま、マディナが遠ざかろうとしたが師匠とリュカがほぼ同時に何かを引っ張るような動作をした。いや、あれは引いたんだ。目には見えないけど、あの2人は糸みたいなものを出している。そうとしか思えない。
釣り上げられたようにマディナが2人の方へ引き寄せられる。
「リュカぁっ! これは浮気じゃねえから絶対に誰にもチクるんじゃねえぞ!」
頭突き?
違う、むしろ、顔突き?
ううん、あれは……。
いきなり師匠がマディナに超乱暴な、キスをしていた。




