神の力
「不可抗――ぐふっ、待てっ、待てって、これは――」
「思い出せって、言ってんだろ!」
「だからっ――ぐえっ!?」
「レオンの、大バカ!!」
「だーからもう思い出したから殴るなっつってんだろうが、こんのアホンダラが!!」
殴り返して怒鳴りつけるとリュカが尻餅をつき、驚いた顔で俺を見た。折角おにぎりを味わってたのに殴られて口から米粒ほとんどぶっ飛んでっちまった。
「えっ……レオン?」
「痛ってえな……このバカ。お前、バカだよな、ほんと。ちょっと成長したかと思いきや、もう根本からバカ。ほんとにバカ、お前」
「バカバカ言うなよっ!」
「ったく……壊れたテレビじゃあるめえし、叩いて直るとか……」
「てれび?」
「あー、何でもない」
「……思い出した?」
「思い出した」
「俺の名前は?」
「リュカ」
「レオンのお嫁さんの名前は?」
「エノラ」
「レオンの娘は?」
「フィリア」
「じゃあ――」
「もういいだろ。……悪いな、ありがとよ」
どうにか起き上がる。
もう、互いにボッコボコだ。
顔中痛くてたまらないし、リュカも後になってから顔とか腫れ上がりそうだな。
「……大司教はどこ行った?」
「……あ、消えてる」
「小娘が庭でのびてるはずだからちょっとお前回収してきてくれ」
「小娘?」
「行け」
リュカを追い立てると少し首を捻りながら走っていった。
魔影を使う。何度も記憶をいじくられた、例の部屋にニコラスはいるみたいだ。
きっちりお礼をしてやらねえとな。
しっかし――この魔剣だけは最後まで取り上げられずに済んだか。きっちりちゃっかり、こいつに魅入られちゃってたりするのか? でも、アイナん時のような危ない感じは今んとこ感じない。ニゲルコルヌを探してる時間は惜しいから、このまま向かうとするか。
歩き出すが、足腰にきている。
リュカとガチで戦い合っちゃう日がきちゃったとは驚きだ。あいつ、マジで強え。でも優勢だった気がするな。おにぎりグシャーさえなければ――あれ?
「……魔力中毒が、ない?」
ソルヤに施してもらった調整するための指輪はないのに。どころか、鼻血の一滴も垂れてきていない。むずむずする感覚もない。まあ、後でいいか。
「よう、タヌキジジイ……。もう、次はねえぞ」
その部屋に入ると、ニコラスはソファーにマディナを座らせていた。気絶をしているようだ。
「失敗をしてしまったか……。あのままキミを取り込むことができれば戦力になると思っていたが」
「残念だったな。でもってここで、てめえは終いだぜ」
フェオドールの魔剣を向ける。
逃げ出すより速く魔弾を撃ってやれる。それが防がれようが、たたっ切ればすぐだろう。俺のじいさんみたいに鍛えられてるっていうような体つきにも見えない。
「後学のために訊いておくが、お前は何が目的だ? もう全部水の泡なんだ、最後に教えろよ」
「目的?」
「しらばっくれんなよ。おかしいだろ、この教会は。どうしてクルセイダーなんていう、神さんの加護を持ったやつがたくさんいるんだ? それに記憶を操るなんていう力を何で使う? 俺を戦力だとかにして、どうするつもりだった?」
「……シャノンの降臨を果たすためだ」
「降臨……?」
「遥か古代にシャノンはこの地上にいた。その時代、地上はどこも豊穣の地であった。再びシャノンを地上へ迎え、真の幸福たる世をわたしが創りあげるのだ」
結局、信じがたい宗教観によるもんか。
話を聞くだけムダだったな。
「そうかよ。んじゃ、それは死後にがんばってくれ」
「シジスモンドはもうダメなようだが、マディナならいけるかも知れん……」
「はあ?」
「神を降ろすというのが夢物語だと思うか?」
「どういうことだ?」
「ただ奇蹟にすがるだけでは果たせぬだろう。だが、その方法をわたしは知っている。必要なのは器。そして集約された加護の力。まだ実験段階だが――見せてやろうではないか」
言うとニコラスが不気味な笑みを浮かべてマディナの頭に手を置いた。
そこに光が生まれたかと思うと、いきな周囲が光り出した。無数の光が次々と壁を貫通しながら入ってきてマディナの中へ入っていく。
「何だっ……?」
「これはシャノンより分け与えられ続けてきた加護だ。これを全てマディナへ集約し、我が力をもって己をシャノンと思わせる。シャノンが何たるかはすでに擦り込み済みだ。どれが器になろうと良いように。ただひとりが神の与えられる加護を全て身に受ければ、到底肉体が保たない。だが、クルセイダーとして馴らしておけば多少の耐性もつく。そしてわたしの命令のみを聞く」
「豊穣の地ってやつが目的じゃねえのかよ?」
「それは実験が済んでからだ。これは単なる実験の1つであり、わたしを邪魔する貴様や、雷神の神官を葬るための措置だ。さあ、目を覚ませ、マディナ。お前はシャノンだ。わたしの忠実な下僕にして、神の力を顕現する存在なのだ!!」
いきなり、ふわりとマディナの体が浮かび上がった。
空中へ立つような姿勢でマディナがゆっくりと目を開く。そこにすぐ俺を誘惑しようとしてきた表情はなかった。淡い光に包まれている。
つくづく、何でもありかよ。
「悪ふざけはそこまでにしとけ。神の力だ? 加護だ、器だ?
んなもん関係ねえんだよ。俺は何だろうが邪魔してくんならぶっ飛ばすぞ」
「やれるものならやってみるが良い、レオンハルト王?」
「……そんな煽り方されたって響かねえよ」
マディナが動き出した。
その手を開くと光が集まって棒状のものが握られる。
「今さら小娘のひとりに手こずるはずがね――」
無造作にマディナが腕を振るった。
瞬間、圧が体にかかった。ぶっ飛ばされた。建物ごと、まるで台風に薙ぎ倒されたかのように吹き飛ばされた。瓦礫とともに盛大に庭へ放り出される。
「何じゃこりゃああっ!?」
ただ、腕を振っただけだろ。
だってのに、どうしてこんなことに――あ痛っ、瓦礫ぶつかった。
「レオンっ、何これ!?」
「おお、リュカ……何か、やべえことになった」
「やべえって?」
「……神様だとよ、あれが」
悠々と、高いところに浮かんでマディナが俺を見下ろしている。さっぱり表情はない。
小娘はリュカの背中にいた。
「今のやったのも……あれ?」
「そうだ。軽くどころか、こう、すっと腕振っただけで……この有様」
「……ヤバいんじゃない?」
「だからヤバいことになった、って言ったろ?」
ともあれ、どうにかしなきゃあならねえんだよな。
リュカが小娘を降ろした。
「俺がいて良かっただろ?」
「はいはい、良かった、良かった」
「何だよそれ?」
「んじゃ、サクッとぶっ倒そうぜ」
「分かった」
マディナの背中に2対4枚の翼が生えた。それが広がると、そこから羽根が猛スピードで降り注いでくる。一発ごとが俺の魔弾並みの威力。でもって面になって迫ってくるほどの濃密すぎる弾幕。
「リュカ!」
「ヴァイスロック!」
羽根をリュカの魔法で止めさせ、それを迂回しながら飛び出す。
岩は即座にぶち抜かれて粉砕をされてしまっていた。とんでもない威力だ。リュカも俺と反対側からすでに飛び出している。
跳んで斬りつけようとしたが、見えないバリアのようなものに剣が阻まれた。リュカも同じだった。堅くて、僅かに弾性も備えていてたわむ。だが、そのせいで衝撃も殺されかけてしまう。これは厄介だと思ったらまた光の棒みたいなものを握っていた。
「来るぞ!」
「させないっ!」
リュカが真上から巨大な岩を落とした。マディナがそれに叩き落とされてくる。俺達は着地したところで、真下から剣を振って攻撃を加える。だが、マディナが光の棒を振るうとまたとんでもない圧力にぶっ飛ばされた。地面まで抉られながら派手に、盛大に、吹き飛ばされる。そこへめくれた地面が降り注いでくる。
やべえ。
何か、勝てる気がしない。
リュカをちらっと見る。
さすがにリュカでも、厳しいことは分かるようだった。




