キレるポイント
異常事態だ。
何十人とクルセイダーがいる教会に単身、乗り込んできた異教徒。
教会の礼拝室は半壊していて、シジスモンドまでぶっ倒れている。他のクルセイダーも、あの男ひとりに全部叩きのめされたってことのはずだ。しかも何故か俺の名前まで知ってた。気味が悪い。
何より度肝を抜かれたのは俺と同じ魔技を使っていることだ。
これは俺だけが大司教に教えられたものだっていうはずなのに、どうしてこいつまで――。
「おらぁっ!」
炎の長剣を叩きつけると、炎が爆散した。それを嫌がって相手は火球を放って距離を取ろうとした。
変な戦い方をしてくる。剣を振って、同時に魔法も使ってくる。クルセイダーが剣と祈術を使うかのように、こいつは攻撃に特化した魔法を次から次へとぶっ放してくる。
火球を長剣で切り裂く。遅い。
それにこの長剣はやたらに軽く感じる。まるで一片の羽根を振り回すかのように軽い。
「ヴァイスロック!」
「しゃらくせええっ!!」
床板をぶち抜いて土の大棘がせり出してきた。それを魔弾でぶっ壊し、岩の破片を浴びせてやった。だが、その中を強攻突破してくる。まるでイノシシだな。だが、ただのイノシシより、よほど厄介なやつだ。
まっすぐ来て、まっすぐ切るのかと思えばフェイントを入れてくる。それはまだ少し甘い。見切ったかと思えば、魔縛を使われて俺の獲物を取り上げようとしてきた。
が。
「燃えちまえ――」
魔縛の糸が燃え出す。
長剣の発する炎を乗せて奔らせたのだ。魔縛は体から切り離せない。そいつまで瞬時に炎は辿り着いて燃やし始めた。
「ウォーターフォール!」
「遅い!」
自分に滝のような水を浴びせて消火しようとしてきた。だが、その一手分が俺に攻撃を許している。思いきり横薙ぎに長剣を叩き込んだが、持ち上げられた膝と、打ち降ろされた肘で刃を止められた。どんな白刃取りだ。魔偽皮だな、この反射速度は。
止められても構わず、炎熱とともに振り切った。
耐えられずにそいつは吹っ飛ばされた。シャノンの像にぶつかり、よろめきながら起き上がる。タフだ。
「レオン……俺のこと、覚えてないの?」
「黙れストーカー野郎」
「俺はストーカーじゃない」
「だったら、キチガイかよ!?」
手加減なしの魔弾。
しかし、俺が剣の切っ先を向けただけで察知したようで横っ飛びになった。追いかけて撃ちまくる。障害物なんか1発で粉砕する威力。逃げるしかないようで、俺の周りを弧を描くように走っている。
「オラオラオラオラオラァッ! とっとと、くたばれ!!」
「っ――思い出してよっ!? そのままじゃレオンが死んじゃうぞっ!?」
「何で死ぬんだよ!?」
魔弾を撃ちながら張っていた魔縛にそいつが足を取られてよろめいた。魔伸を使い、長剣のリーチを伸ばして思いっきり横薙ぎにした。礼拝室に置かれている壊れかけだったベンチさえも両断しながら刃が迫る。カエルのように這いつくばってかわされる。が、この長剣はやたら軽い。素早く切り返し、床すれすれにまた振るった。
それで今度は飛び上がり、天井から吊られているシャンデリアに捕まる。
「格好の的だな」
魔弾をぶちこみまくる。
シャンデリアが壊れ、落ちていく。
落下をしながらも剣で魔弾を弾こうとしているが、何発か確実にぶち込まれた。床を蹴り、長剣を振り落とす。被弾した肩や腹や足から血を流しながら剣で受け止めてくる。が、長剣からは炎が発せられて吹き飛ばした。
「レオン、鼻血は……?」
「はあ?」
「何で出てないの?」
「何言ってんだよ、キチガイ野郎が!」
また魔弾を連射しまくる。
やっぱりとんでもない動きで避けまくられる。どうしてこいつは、ここまで魔技を扱えているんだ?
「何でっ、忘れちゃえるんだよ!? 俺は、レオンの――」
「黙ってくたばれ、てめえなんかに構ってやってる暇はねえんだよ!」
魔鎧を使って迫る。
振り下ろす。やっぱり俺には力負けするようだ。受け流そうとしてきたが、その前に足を払ってやった。体勢を崩したところで、振り切る。手応え。魔鎧を切り裂き、そこから炎がまとわりついていった。
「エアブラスト!」
風の爆発に吹き飛ばされかけたが、下肢に力を込めて踏ん張って留まった。焦った顔が見える。そんなに俺の強さに驚くかよ。井の中の蛙か?
「粘るなよ、めんどくせえから――」
魔法で俺を吹っ飛ばして体勢を直そうとしたんだろうが、それにほとんど意味はなかった。詰みだ。確実に仕留める。首でも刎ねりゃあ死ぬだろう。
思いきり剣を振るった。
刃が首に突き立てられる。だが、手応えが堅かった。
魔鎧と、さらに魔手で首を強化している。
俺がどこを狙ったのか、見抜いてきた?
「面倒なのは、こっちだっつーの!!」
タックルをされて突き飛ばされた。振り払おうとしたが、素早く抑え込まれ、手を取られた。そいつの両足が俺の胸の上へ乗ってきて、手を取られる。そのまま握られた手を思いきり引かれた。
「腕十字固めぇぇぇっ!!」
「痛ぃぃいっ――!?」
握られている手の、指先から魔弾を放つ。
短い悲鳴を上げながら手が離れた。体を起こして、拳を思いきり顔に叩き込んでやる。
「ふっざけたことしやがって! 俺はお前なんか、知らねえんだよ!」
「知ってる!」
「お前が決めるな!」
「レオンは、レオンだろっ!? 忘れたなんて、言わせない!」
「だから、お前がどうして俺のこと知ってんだよ!?」
何度殴りつけても黙ろうとしなかった。
喚く口がうざい。変な感じがしてきた。胸が焦らされる。
こいつの声や、言葉を聞いてるだけで、何故か無償に嫌な感じがしてきて、黙らせるために殴る。だと言うのに黙らず、さらに変な嫌悪感が募ってくる。
「このっ――バカレオンっ!!」
怒鳴ったかと思うと、瞬時に光が溢れた。
全身が激しい痛みに襲われる。雷撃が全身を駆け巡って吹っ飛ばされた。
「〜っ……」
体が動かない。
痺れる。
「ふぅっ……ふぅっ……」
「こん、にゃろう……」
しこたま殴ってやったのに、まだ立ち上がってくる。
体が痺れて、うまく起き上がれない。這いつくばるようにして俺は顔を上げる。
「その顔の傷は……グラトエッタでアイナっていうのと戦った時のやつ……」
「は……?」
「お腹にある、背中まで貫通してる傷は、ディオニスメリアの学院で、教官ってのに刺し貫かれた時の。
肩にあるでっかい傷と火傷の痕は、火天フェオドールと戦った時のやつ。
レオンの右手の、中指の第一関節の傷は……レオンが4歳の時に、初めて、魚をさばいた時に自分で切っちゃったやつ。
他の右手にある傷の、細かいザクザクしたのはクラシアの屋敷で、バースっていうでっかい猫に噛まれちゃった時の傷」
どうしてこいつが、俺の体の傷まで知ってる。
ていうか、それにしたってデタラメにほどがある。何だ、そのこじつけは。俺はそんなの知らない。
「……思い出せよ……何で、覚えてないんだよ……?」
歯を食いしばりながら、目をうっすら滲ませてそいつが言う。
「俺に魔技を教えてくれたのはレオンだろ!? 奴隷の首輪を外すためにって、カハール・ポートで魔手と魔鎧を教えてくれたんだよ!」
「知るかっつってんだよ……」
「エノラのとこに絶対帰るって約束したんだろ!? それも忘れたのかよ!?」
「誰だよ……」
「キャスだって待ってるんだぞ!? レオンに自分の名前書けるようになったって見せびらかしたくて待ってる! フィリアのお姉ちゃんみたいな感じでいつも可愛がってて! フィリアなんてレオンの顔分かんなくなっちゃうぞ!? あんだけ可愛がってたのにそれでいいのかよ!? 島の皆だって、集会でレオンがいないと盛り上がらないって寂しがってるし、ビーチェの父親だって島に来て、ベニータと、3人で今暮らし始めてる! ロビンだってレオンの話題出すと尻尾がちょっと元気なさそうになってるし!」
ダメだ、よく分かんねえけど変に胸がもやついてくる。
こいつの言葉に耳を傾けたらダメだ。痺れは――よし、もう引いた。次で仕留める。
「シルヴィアとシオンも学校で子ども達に教えながらレオンのこと待ってる! 学校の子ども達も、レオンがいないと悪戯したり、一緒に遊んでくれるのがいないからって寂しがってる! だからレオン――」
「うるせえ、黙れ!」
魔弾を放つと横っ飛びになって避けられた。
長剣を振るい上げながら迫る。何かが床に落ちていた。白い、変なボールめいたもの。それを踏み、剣を振り下ろす。
「っ――食べもの、粗末にするなぁああああああっ!!」
はい?
それまでの必死さとは別のベクトルに必死になり、そいつが剣を振った。ぶつかり合う。炎とともに押し切ろうとしたが、またバチッと雷撃が閃いてぶっ飛ばされた。壁に背中が半分ほどぶち破ってめり込んだのを感じる。猛然と追撃にくる。その手に、何かが握られていた。白い、あのボールめいた――。
それが口の中に突っ込まれた。
もちっとした、粒の塊だった。一粒ごとがふっくらしている。口の中でほぐれて、中から味の濃い肉みたいなものが出てくる。うまい。同時にものすごく――懐かしい感じがした。
何だ、これ?
何だよ、一体これは?
いや知ってる。
これは――米だ、おにぎりだ。
瞬間、頭の中に色んなことが浮かび上がっていった。すぐにそれらの記憶は次から次へと思い浮かんでくるものに塗りつぶされていく。
そうだ。
そうだ。
そうだった。
俺の、バカ。アホ。マヌケ。カス。クズ。
「レオンっ! やっと米、収穫したから持ってきてやったんだぞ!? なのに踏みつぶすってどういうことだよっ!?」
リュカがめちゃくちゃキレてる。
「……お前のキレるポイント、そこ?」
「うるっせえええっ!!」
思いっきりぶん殴られた。




