友達の友達理論
どうにかこうにかの初年度が終わっても、クラス替えというものはなかった。
教室がひとつ下の階層になって、俺より年も上で背も高い新入生が上の階の教室へ階段を上がっていく。横にはマティアス。
「僕は正直、お前を好きじゃない」
「俺も」
「何だとっ!?」
「お前がしてきたことを思い返せっつーの」
「ぬぐっ……。だとしてもだ、レオン、お前の能力は、僕は高く買っている」
「それは俺にとっちゃ2人目だから大した効果ないぞー」
「誰だ、1人目は!?」
「レヴェルト卿」
「っ……そうか、お前の、後見人だからな……」
移動教室のために、階段を降りている。
2年生になってからは魔法士科との合同授業が増えた。
どうやら騎士団というのには魔法士も所属することがあるらしく、時に騎士と魔法士でタッグを組んでは悪党を懲らしめたり、辺境の凶暴な魔物を退治することもあるんだとか。そのために、互いをよく知りましょう――というような内容らしい。純朴な魔法士学生が騎士学生の横暴につき合わされたり、貴族出身の魔法士学生と騎士学生がバチバチしたり、逆に手を組んであくどい笑顔を浮かべたりするのが想像しやすい。
「しかしだ、レオン。……僕はもう、お前を穴空きの劣等体質だなどと言うつもりはない」
「今言ってんじゃん」
「いちいち揚げ足を取るな」
「ほいほい」
「まったく……。言いたいことも言えなくなる……」
「ポイズン〜♪」
「は?」
「ん、何でも……」
マティアスを軽めにからかいながら講堂に入った。すでに魔法士の学生がいて、そこにどどどっと騎士学生がなだれ込むような図。見るからに魔法士学生の一部が身構えるのが分かった。こいつらは基本的に横暴だからな。――なんて思ってたら。
「あの小さいのが欠乏症の……」
「でも素手で次々とクラスメートを血祭りにあげてるって……」
「獣人好きだから、獣人を見るなり襲いかかるらしいぞ。お前、尻尾と耳隠した方がいいって」
「何でもフォーシェ先生と、あの年で、こ、恋人になってるとか」
「マセすぎだろ、それ……うらやましいなあ、フォーシェ先生と……」
「槍の名手で彼は一突きで山を穿つらしいぞ」
良からぬ噂が耳に届く。魔法士科にまで俺の歪められた悪評が届いているとは。
て言うか、尾ひれつきすぎだろ。俺が手を出してる獣人なんてかわいいかわいいロビンくらいのもんだ。フォーシェ先生の研究室にも通っちゃいるが、大した成果はまだ出てないし、恋人になるどころか、最近はお茶してばっかりだ。……あれ、でもこれってちょっと間違われてもおかしくないシチュエーショんか?
「人気者だな、レオン」
「……お陰様でな、俺の人気の先駆者くん」
後ろの方の席へ座ると、パタパタ走ってくる音がした。ロビンだ。ぶんぶんと尻尾を振りながら俺達の方へ来る。この1年で、クララに続いてロビンにも懐いて――もとい、深交を深められた。尻尾もふもふも、最近は適当にされているが、頭をなでられるのがこいつは好きだ。俺も撫でられるけど。
「レオン、一緒だね」
「おおっ、ロビンっ! よしよし、ここ座れ、ここ」
「うん――あっ……お友達?」
「ん、ああ、こいつはマティアス。例の」
「何だ、僕のことを知っているのか? そうだ、この僕がマティアス・カルヴァ――」
「思ってたよりも……シャキッとしてる人……?」
「何だその反応はっ!? おいレオン、何を吹き込んだっ!?」
「ん? お前が食い意地張って、腐りかけの貝食って寝込んだ話とか」
「あれはお前が、腐りかけがおいしいと……! 漁師のお前だから従ったんだぞ!?」
「えー、そうだっけか?」
「そこに直れ、レオンっ!」
「やだやだ。ほら、ロビン、こんなのほっといて隣座れよ。んで、尻尾をこっち側に……」
「授業中はめっ」
「……はーい」
「レオンに……言うことを聞かせられる……だと……?」
「俺を何だと思ってんの、お前」
失礼なやつめ。それでも騎士か、貴族か。
あ、前者も後者もろくでなしの方が比率が大きかった。
と、そんな愉快な時間を過ごす内に鐘が鳴って授業が始まった。退屈な講義だが、俺の両脇のマティアスとロビンは熱心に話を聞いている。
古来より騎士と魔法士は云々――というような話は、さっぱり興味がない。
まあでも、騎士と魔法士の組み合わせっていうのは物語にも頻出するゴールデンコンビだ。
卓越した剣技を用いて果敢に攻め込む騎士と、優れた魔法と知略を活かして補佐する魔法士。時に騎士が一刀の下に巨大な竜の首を刎ね、時に裂傷をすぐさま治癒する怪物を魔法士の機転で切り抜けて。
そういう関係性は脈々と受け継がれている――らしい。
もっとも、この国だから騎士と魔法士ってことになってるが、よその国だと騎士よりも冒険者っていう連中の方が勇名を馳せる傾向にあるから、剣士と魔法士ということになるんだとか。ま、大差ない。誤差の範疇。アバウトな関係性だ。
「ねえレオン、帰ったらまたリュート聴かせてくれる?」
「おう、いいぞ」
「ん? リュート?」
その授業がこの日最後のコマだった。授業が終わって席を立ちながらロビンがせがんできて、快諾するとマティアスが眉を上げる。
「あれ、言ってなかったっけ? 俺、リュート持っててさ、弾いてるんだ。ま、寮でぽろろんってやってるだけだけど」
「ううん、レオンのリュート、寮の先輩達も好きだって言ってたよ。この間の歓迎会だって、良かったって評判だし」
「はっはっはー、照れるだろ。もっと誉めろよ。つか、授業終わったし……もふらせろーっ!」
「ひゃあっ……ちょ、こ、こんなとこじゃ、ダメだよぅ……! レオーン、めっ、めだってばぁっ!」
「ふははは、もふもふもふもふもふ……」
「意外だな。僕はてっきり、キミは長物を振り回して、手を出してきたやつへどう報復するかだけを考えているやつだとばかり。……あと獣人狂いは真実か……」
「おいこら、マティアス」
「僕も興味がある。今度、聴いてみたいな」
「じゃあこれから、僕らの寮へ――あっ……でもマティアスくん、偉い貴族の……」
「……別に気にしない。僕は獣人でも庶民でも、蔑ろにはしない」
いつの間にか、マティアス坊やも成長したのかも知れない。
入学初日なんて典型的な高慢な貴族のお子様だったはずなのに。お兄さん、ちょっと感激。
学院を出て街へ降りると、夕方の賑わいが溢れていた。
キャラバンが来ているらしくて市が立っていて、まだそこには大勢の人がいる。夜になれば、大きな樽をテーブルに野外の酒場も出てくる。楽器が鳴らされ、踊子が舞う愉快なステージもたまにある。
「そう言えばレオン、今年は騎士養成科の2年に一度の剣闘大会が開かれるな。お前は出るのか?」
「けんとー、たいかい?」
「知らないの? 去年は魔法大会があったじゃない」
「あー……あの1週間の休暇」
「休暇って……魔法士養成科の晴れ舞台なのに……」
「不勉強なやつだな、キミは。この学院では隔年で、騎士養成科と魔法士養成科の、日頃の鍛錬や研究を披露する舞台があるんだ。それが魔法大会と剣闘大会だ。どちらも最優秀、優勝となれば権威ある、特別な魔石のはめこまれたメダルが贈られるんだぞ」
「……権威あるメダル、ねえ……」
「昔はメダルじゃなくて、マントを授与してたみたいだよ」
オルトがやらかした、あれか? そうか、オルトって魔法士科だったのか。
ま、研究発表ってことなら、確かにデキレースにもされかねないな。で、オルトがマントを売って、レプリカを量産しまくって実態にそぐわない権威を地に落とした――と。
「いまだかつて、剣闘大会で三連覇を果たした者はいないそうだ。レオンなら、あるいはいけるかも知れないな」
「ふうん……。でも、どーせぬるいんだろ?」
「キミの実力は僕でも分かっているがな、それでも上級生の一握りの実力者達は本物の騎士に劣らぬ実力を備えている者だっているんだぞ。甘く見るな。キミは驕りを嫌う人間だったはずだ」
「……それは、そうだな。すまん」
「分かればいい」
「でもお前が言うな」
「ぐっ……ぼ、僕は以前の僕とは違うんだ。言う権利くらいはある!」
「まあまあ、2人とも……。あ、マティアスくん、ここが僕らの寮だよ。いらっしゃい」
寮を見上げたマティアスは、何度か目をこすっていた。
そうか、お前にはこれが牛舎に見えるか。それとも犬小屋か? うーむ、とお貴族様のカルチャーギャップを感じたように唸る。――適当な邪推だけど、案外的を射てたりして。
俺とロビンの部屋に入ってもマティアスは渋い顔だった。ロビンが勉強机とセットの椅子をすすめても、座りながら部屋を見渡し、天井隅の蜘蛛の巣を見つけてあからさまにビビる。それは取らないでもいい蜘蛛の巣だ。蜘蛛は益虫。あんまりキモいのは外に放り出すけど。
それでリュートを出したところで、マティアスはここへ来た用事を思い出したらしい。
ロビンにリクエストを求めると、ロビンお気に入りのナンバーを言われた。日本の誇る名曲――SUKIYAKI。醤油と砂糖とみりんとポン酒さえあれば作ってやるところだが、生憎と、醤油もみりんもポン酒もない。
リュートでアレンジしてそれを弾き、歌い出す。
しっとりと、どこか切なげだが小さくでも一歩ずつを踏み出す歌。
ひとりぼっちの夜に、上を向いて歩こうと繰り返されるメッセージはしんみりとしつつも温かい気分になる。これがどうしてSUKIYAKIという別名になったかは不勉強だったから、もう永遠に知ることはないんだろうがまあいい。
歌い終えるとロビンが尻尾を嬉しそうに振りながら拍手してくれる。肘をあまり動かさず、そこから先だけを使っての拍手は何だか可愛らしい。マティアスは最初こそ驚いた顔をしていたが、ワンコーラスも歌っていたら聞き入っていて、ロビンと同じタイミングで――あまり熱はこもっていないが――拍手をしてくれた。
「キミは音楽の才能があるな」
「そうでもないって。俺が作ったやつじゃねえし……」
「えっ、そうだったの?」
「まーな」
とは言え、俺の前世で、かつて大ヒットした歌だとは言えず。
それからも何曲か披露して歌うと、マティアスはどうやら某世界一成功したロックバンドを気に入ったようだ。まあ、名曲揃いなんだから気持ちは分かる。だがどうも、俺の大好きなバリバリなロックを気に入ってくれるやつは――まだいない。
オルトらへんは好きになってくれそうだが――とふと考え、卒業までに顔を出すようなことは言っていたと思い出した。




