俺は認めない
すごい。
ただただ、すごい。
リュカ・B・カハール。
師匠の従者で、雷神とかいうのの加護を受けた神官で、能天気な大食らい。
そりゃあ初対面で鉄の檻を簡単に切ったり、女神の盾の監視をやり過ごして牢に侵入してきたりっていうので、すごいんだとは思っていた。けど今、わたしは理解がなかなか追いつけない現実に直面してしまっている。
師匠の家で今後のことの相談をしていたら、急にリュカが外を気にした。師匠が好き――かも知れないとかいう料理を作ってた。
かと思えばいきなり窓を壊して外を眺め、壁を無造作にぶち抜いて、作ってた料理を丸めて包んでから、わたしとシモンを両脇に抱えて3階から飛び出した。
そのまま落下するかとも思ったのに、リュカは向かいの建物の高い屋根へと簡単に飛び移った。
「レオンってどこいる?」
リュカに抱えられたまま尋ねられる。
「ど、どこって……」
「知らないの?」
「多分、教会」
「案内して」
「とりあえず下町から出なきゃ」
「あー、分かった。それくらいなら、まだ案内いらない。んじゃ、落ちないで」
「えっ?」
また、飛んだ。
差し向けられたのは女神の盾と女神の剣の混成部隊のようだった。
計算してるのかしてないのか、絶妙に地上からは祈術の届かない距離をリュカは疾駆する。空中を、次から次へと飛び移りながら駆けていく。
下町を抜けて商業区へ着いてもリュカは地上ではなく、屋根を選んで走った。
「ね、ねえっ、下の方がっ、走りやすいんじゃ、ない、かいっ!?」
ジャンプと着地を繰り返すリュカに抱えられていると、喋るのも一苦労する。シモンが途切れ途切れに声を出したら、リュカは足を止めた。
「でも、下は下で人いっぱいだし……」
「あ、そっか」
「上の方が楽だよな?」
「うーん、そうだね……。僕も考えなしなことしか言わなくて悪いね」
「いいよ別に」
「何呑気に喋ってるの!?」
どうしてこんなに能天気でいられるの?
今はクルセイダーに追いかけられている真っ最中だっていうのに。
「で、レオンどこ? どっち?」
「だから教会だってば! わたしのこと連れ出してくれたでしょ!? 牢屋から! あそこ!」
「そんなこと言われたって、1回しか行ったことないんだから分からない」
「ああもう……あっち!」
指差した方へリュカはまた跳んだ。
クラクソン聖教会が見えた。
師匠は多分、あの敷地内にいる。思い出したマディナの口ぶりからも想像に易い。
「人が張ってる――」
リュカの呟きが聞こえた。
どうやってクルセイダーが来たことに気づいて、今も分かったんだろう。警戒をしたように建物の屋根の上で止まって、わたしとシモンをようやく放した。自分の足で、傾斜のキツい屋根の上に立つ。足を滑らせたら真っ逆さまに落ちそうで、気が気じゃない。
「入口の門の近くに……3人。隠れてる」
「何で分かるの? 雷神の、力?」
「違うけど分かる。レオンもこれくらい余裕」
「師匠も……?」
「……シャノンの加護って、何ができるの?」
「え?」
「俺は十二柱神話しか知らないから。……何ができるの?」
「何って、そんなのクルセイダーでもない人には教えられ……」
でも、この状況だ。
シャノンに賜った加護を体系化した祈術。これはクルセイダー以外には明かすことができない。しかし、お父様――ううん、ニコラスは師匠の記憶を弄んだ。シャノンの力で。
そんなの、認められることじゃない。わたしはこれから、あの人に楯突こうとしているも同然だと言うのに秘匿する義務なんてないんじゃないか。
けれど、それでもし、ほんの僅かなものだとしても、今、シャノンから与えられている加護が消えてしまったら。シャノンに見放されて、しまったとしたら……。
「言えないなら、いい」
「……いい、の?」
「だって神様を信じてるんだろ。大事だって思うんだろ?」
「うん……」
「だったら、いい。俺だってソアは裏切れない」
おかしい。
シャノン以外の神を信仰する人なんて、本当のことを何も知らない蛮族でしかないはずなのに、こんなにあっさり引き下がるなんて。……ううん、その教えが、すでに間違ってたのかも、知れない。
でもそうしたら、わたしがこれまで教わってきたことは何だった。
全部が嘘? そんな嘘を何十年にも渡って教え込まされてきた、この国の人は何? これまでずっと信じてきたシャノンは、一体何だったと言うの?
わたしは一体、何のために生きてきたの?
「あの中のどこにレオンいるの?」
「……教会の敷地内には教会と、孤児院と、クルセイダーの宿舎があるの。宿舎は正面の入口から右手側の建物群。そのどこかに、きっと師匠はいる」
「入って右、入って右、入って右……覚えた」
そんな何度も呟いて覚えるほどのことでもないような……。
「ねえ、僕らはどうしたらいいんだい? 足を引っ張っちゃまずいだろう?」
「じゃあシモンはここいていい」
「わたしは?」
「超弱くないんでしょ?」
「当たり前じゃない」
「じゃあ来て」
「えっ……」
「だって、いっぱい神官があの中にいるなら、何かあるかも。何人相手でも負けるつもりはないけど、ひとりじゃできないことってあるし、いた方がいい」
「でも……わたし……」
「何?」
多分、クルセイダーの中じゃ1番、弱い――。
「じゃ、行こ」
「う、うん……」
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
リュカに無造作に抱え上げられた。かと思うと、そのまま屋根から飛び降りられて地面に降ろされた。いちいち遠慮とかしないし、いきなりこういうことをするからビックリさせられる。
堂々とリュカはクラクソン聖教会へ歩いていく。
教会前に交替で見張りをしている、女神の盾の2人がリュカとわたしを見て腰の剣へ手を添えた。
「ふぅ……よしっ」
リュカが彼らの10歩前で足を止めた。
「俺はリュカ・B・カハール。
エンセーラム王、レオンハルト・エンセーラムに仕える雷神の神官だ」
「リュカっ……?」
いきなりそんなこと言ったって、異教徒だと分かれば何をされても分からないのに。
「俺の要求はただひとつ。我が王、レオンハルト・エンセーラムを解放のみだ」
「異教徒の言葉などに、耳を貸すものかァッ!!」
クルセイダーが剣を抜き放って迫った。
祈術の光がクルセイダーの身体に宿った。祈術の一、ブースト。加護のもっとも基本的な性能である身体の守りと、増強をするものだ。
――速い。
リュカは剣を抜くに至っていない。
踊り出したクルセイダーの剣が、月光を反射した。
「――道理に合わない、不義を、不正を、不実を、俺は認めない」
ギャン、と激しい金属音が一度鳴り響いた。
リュカへ仕掛けていたクルセイダーが吹き飛ばされて教会のドアを背中からぶち破っていた。後から砕け散った、剣だったものの欠片がガランガランと音を立てて石畳に落ちる。
「ちぇっ、折角、エノラの言いつけの言葉も覚えたのに言わしてくれないとか……」
ぼそっとリュカが呟く。
女神の盾のもうひとりが、剣を杖のように振るった。そこから加護の光が無数の意思を持ったヒモのように放たれてリュカへ襲いかかる。触れれば身動きを封じる、祈術。シール。
「リュカっ、それ触ったら――」
「ん、何っ?」
リュカが呑気に振り返るのと同時に、石畳の下から巨大な岩盤が迫り出てきてシールを防いだ。
「あ……えっ……?」
「何? 後でいいっしょ?」
おもむろにリュカが剣を握っていない方の手を握り固め、迫り出た岩盤へ叩きつけた。砕け散ったそれが礫になって前方へ激しく降り注いでいった。教会の壁が、ドアがそれで破壊される。
残っていたクルセイダーも巻き込まれて倒れてしまっていた。
リュカ、強すぎ、ない……?




