異教徒狩り
ミリアムが逃げた。
見張りのクルセイダーも気絶させられていて、カギが開けられていた。外部から誰かがミリアムを連れ出したようにしか思えない。シモンにそんなことができるようには思えないけれど――監視を怠るんじゃなかった。
「ただいま、レオン」
「ん……? ああ、どした? ……珍しい、よな? こんな真っ昼間に帰ってくるなんて」
大急ぎで教会の敷地内にあるレオンとの家へ帰ると、今日もベッドでごろ寝していた。記憶がまだ安定していないから、どう過ごせばいいか分かっていないらしい。この状態を脱したら、定着したと見てもいいとお父様は言っていた。
「レオン、お願いがあるの」
「何だよ、急に……?」
「聞いてくれる?」
ベッドに腰掛け、上目遣いに尋ねる。と、レオンは目を細めてから、ぽりぽりと頭をかいた。
「言うだけ、言ってみろよ」
「……教会に地下牢があるの」
「地下牢?」
「そこに罪人を捕らえておいたんだけど仲間に手引きされて逃げ出しちゃったみたいなの」
「大変だな、クルセイダーってのは……」
「危険思想の持ち主で、変なことばっかり言う人だったのよ」
「頭がイカレてんのか。めんどくさそ」
「もしも出会っちゃっても、耳を貸さないでね」
「頭おかしいんなら話も通じねえだろって……」
記憶が安定していない今だからこそ、レオンは言われたことを鵜呑みにする。
勝手に言われたことを、そうだったものとして受け入れる。擦り込みのようにして何度も言い聞かせれば、そうだと思い込むようになる。
そうして、レオンにわたしが恋人だと思い込ませてきた。
まだ抱いてはくれないけれど、心は許してくれているように思える。根はやさしい人だから。
「お願いね、レオン。わたしを信じて?」
「信じるも何もないだろ?」
「お願い」
「っ……分かったよ」
「ありがとう。愛してる」
「……あっそ」
首に腕を回してみる。前はすぐに振り払われてしまっていたけれど最近になってようやく、それもなくなってきた。かと言って、まだキスも拒む。少しずつでいい。少しずつ、これが普通だって思い込ませられれば、レオンはわたしのものになる。
ミリアムなんかには、渡さない。
もう粗方の、レオンが所持していた物品は取り上げてある。
そこから記憶を手繰るようにして思い出すことはないと思いたい。ただ唯一の懸念があるとすれば――レオンの持っている長剣。あれだけは、何故か執着するようにして手放そうともしない。
一度取り上げた時は、すぐに剣はどこだと記憶を取り戻しかけ、部屋の中に置いてある。
あれだけはそばに置いておいた方が刺激をしないことに繋がるという判断があった。
けれどそれ以外はもう、何も残っていない。
せいぜい、消せない体の傷くらいのものだけれど、大丈夫だと思いたい。
「…………」
レオンに抱きついたまま、体温を感じる。
抜かりはない。あとは早急にミリアムを見つけて、こうなった以上は始末をするだけ。
協力者もまとめて。
女神の剣も動員すれば、わたし達に怖れるものはない。
「――どうしたよ?」
不意に、頭をレオンに撫でられた。
「何か思い詰めた顔して。……そんなにおっかねえやつかよ?」
「……そ、そうなの」
「ふうん……。ま、どうにかなるさ。危なくなったら俺の近くいろよ」
「うん、ありがとう……」
初めて、レオンから、触れてくれた。
すぐにレオンはその手を後ろについて、体を支えた。
撫でてもらえた。
レオンからだ。
わたしの気持ちが、通じた?
「どした、顔赤くして」
「っ……何でもないの。じゃあ、それだけ、言いに来ただけだから、もう行くわね」
「おう」
「……信じてるから、レオン」
「はいはい」
戸外へ出る。
すでにミリアム捜索のために女神の盾が動き出している。
お父様がどうしてミリアムを生かしていたのか分からないけれど、ここで始末すれば――きっともう、レオンはわたしのものになる。揺らがなくなる。
腰に佩いた剣の重みを確かめながら、歩き出した。
ミリアムはやっぱり、レオンが間借りしていた家にいた。
報告によれば一緒にいるのはシモンと、見知らぬ異国の男らしい。冒険者ギルドで一悶着起こしたとかで、雷神の神官を名乗ったとも報告があった。
異教の神を信仰するのなら、攻撃の理由になる。
シャノンから全ての神は派生しているのに、シャノンをなくして信仰するなど許されることではない。
「これより、クルセイダー18名による、異教徒狩りを行う。
対象はリュカ・B・カハール。
同時にシャノンの教えに背いた罪深い、かつての同胞、ミリアム・ムーア・クラクソンを断罪する。
邪魔者は女神シャノンの名の下に斬り捨て、祈術によって焼き払え」
女神の盾10人、女神の剣8人による混合編成。
その指揮はシジスモンド兄様が執られる。彼の前に整列し、シャノンに祈りを捧げるべく胸に手を当てた。
「女神シャノンの御心のために」
『女神シャノンの御心のために!』
祈りを捧げ、目を開く。
「――行動開始」
素早く4人組2つ、5人組2つに分かれた。
先発隊5人がアパートの階段を駆け上がっていく。と、すぐにレオンの部屋の鎧戸がはめ込まれた窓が壊れた。まだ階段を上がっている最中なのに。
バラバラと上から鎧戸の木片が降ってくる。窓から出てきた男に見覚えはない。あれが、異教徒? 上からわたし達を見下ろしてからすぐに顔を引っ込めたかと思うと、その窓がはめられていた壁がまた破られた。そこから、ミリアムとシモンを両脇に抱えて、飛び出す。3階なのに――と目を見張ったが、彼は自由落下をすることはなかった。
信じがたい脚力で飛び出し、向かいの建物の屋根へ飛び移ったのだ。
「何だ、あれはっ……!? 2班と3班、追いかけろ! 1班はすぐに戻れ!」
「2班、続いてください!」
シジスモンド兄様の号令を受け、走り出した。
わたしは2班を任されている。この下街の地の利はわたし達にある。逃しは、しない。
「班長、このままではラチがあきません、祈術で拘束を!」
「あの高さでどんどん移動してるのに祈術が届くのならしなさい!」
部下に言いつけると口をつぐまれた。
わたしよりロクな祈術を使えないから部下になってるのに意見しようなんておこがましい。
次々と軒から軒へ飛び移っていく罪人達を地上から追跡する。
多分、下町を抜けるつもりだろう。
だとしたら、どこへ行く?
土地勘もないはず。適当に移動をしているようには見えない。彼らの向かう先――レオン?
「バラけて教会へ向かいなさい。市民に紛れるようにして!」
「何故です!?」
「いいからっ! 教会の周辺で祈術の発動準備をしながら配置! 入口で捕える! 罪人達より早く行って一網打尽にする! 散開!!」
突入前に察知されて、逃亡を開始された。
何らかの方法で動きがバレたとしか思えない。それも直前になって。
捕縛行動が決まったのはほんの1時間前。あらかじめ情報を掴んでいたなんて不可能。だとすれば、こちらの動きに気がついたということになる。それに一度、窓からわたし達を見た。目視をしなければちゃんとは把握できなかったということに他ならない。
これらのことから、恐らく気配のようなものを察知したと考えられる。
しかし、識別はできなかったから目視確認し、わたし達の姿を認めて逃亡を開始した。
だったらバラけて、市民に紛れて動けば近づくことには分からないはず。
目的地がレオンのところだと言うのなら、網を張っておけば捕まえられる。
彼のところへは、行かせない。




