エンセーラム王国への疑念
「あっ、ミリアム。無事だったんだね、良かったよ。心配してたんだ」
リュカに人探しを頼んだというのは、シモンだった。
この人は――怖い。
けれど彼が動いてくれなかったら、地下牢にずっといたんだと思ってお礼は言っておくことにした。本当はあんまり、関わり合いたくないけど。
「ありがと」
「いいのさ。無事で本当に良かったよ」
師匠が入居していた家に来た。
ここに置かれていた師匠の荷物は、ねこそぎなくなっていた。
シモンが言うには謝肉祭の最終夜に、帰ってきたらすっかり消えていたそうだ。多分、マディナが持っていったんだ。
「ミリアムは何をされてたんだい? 師匠は?」
「わたしは、捕まえられたきりで……毎日、悪口言われてたくらい。それよりも聞いて、お父様――ううん、ニコラス・ムーア・クラクソンが――」
「腹減った」
「えっ?」
「……何か、腹減ってきちゃった。話長くなる? 先にご飯食べよ、ご飯」
地下牢に来た時は、顔つきとか、ちょっと背が高いところとか、格好いいかもって思ったのに……このタイミングで、腹減った、って……。
「お金あるし。どっかおいしいお店とかある?」
「そんな場合じゃないの」
「ええ? でも、腹ごしらえしないと死んじゃう――」
「ちょっとくらいで死なないから!」
「……ちぇっ」
何が、ちぇっ、なの?
ていうか。
「何で、シモンに頼まれて……師匠探し、してるの?」
「困ってたら助けなきゃいけないだろ」
「……そんだけ?」
「うん」
うん……。
そうなんだ……?
「――って、納得できないよ! 何なの、檻とか、スパスパ切って、カギとか開けてっ!」
「何って言われても……」
「服装とか、何か異国っぽいし! どっから来たの? 何が目的なの? 何してる人なの? 助けてもらったから、そこは……お礼言うけど、何か怪しい!」
「……俺はリュカ・B・カハール。エンセーラム王国てとこから来て、えーと……知り合い探しに来てて、それが俺の主なの」
「主?」
「エンセーラム王国の王」
「王様? ……主って、国の、ってこと?」
「そうじゃなくて、俺は従者なの」
「従者……。王様の……? そんな偉い人、ここにいるの?」
「手紙もらったから、いるはずなんだけど」
ていうか、エンセーラム王国――?
あれ? 確か、師匠もそこから来たって……言ってたような。
「その、探してる知り合いって?」
「偶然なんだけど、レオンハルトって言うの。お前らの師匠と同じ名前なんて、驚いちゃって」
「……同一人物とかじゃ、ないよね? いや、でもあの師匠が王様だなんてとても見えないし……」
「どーいつ、じんぶつ……。俺の探してるレオンと、そっちのレオンハルトが一緒?」
「違うよね?」
だって、あの師匠が、王様って……。
「僕が探してもらってるレオンは、音楽がすごいんだ」
「うちのレオンも」
「えっ?」
「リュートで弾き語りをしてくれて、たくさん、色々な歌を知っててね」
「うちのレオンも」
「はあっ!?」
「顔に傷とかあって」
「ここのとこに、こう……縦に?」
「そう、だよ」
「黒い髪で、黒い目で、意地悪な笑顔の」
「全然意地悪じゃないよ、レオンは」
「ううん、師匠は意地悪」
「そうかなあ……?」
「背が……俺と、同じくらいで、黒い槍とか持ってた?」
「持ってた。何だっけ、槍の名前が……」
「「ニゲルコルヌ」」
嘘でしょ?
「レオン、行方不明になってんのっ!?」
ていうか、今さらやっと同一人物だって分かったの!?
もうちょっと考えてからじゃないの、そういうのって!?
「ええっ、王様だったのかい!?」
そうだよね、そっち驚くよね!?
あの師匠が王様って、全然、だって、王様だなんて!
「何してんの、レオンって――あっ!」
「何?」
「そう言えば、手紙に書いてあったかも……?」
「何て?」
「超弱いクルセイダーとかいう小娘を指導してやってる、って」
「師匠め……」
「それが、お前?」
「……多分……」
「超弱いの?」
「そんなことないもん!」
どうにかこうにか、49戦24勝25戦で負けちゃってから、勝ち越せるようにって60本くらい勝負して、ようやく勝率五分に持っていったし、別にもうそこまで、超弱いとか言われちゃうくらいじゃないし……。
「ふうん……弱そうだけど」
「っ……」
「鉄くらい切れるし、ちょっとがんばれば」
「そんなのムリに決まってるでしょ」
「切ったじゃん」
「普通じゃないの!」
「そうかな……? レオンも余裕だと思うけど……」
比べる対象がおかしい。
でも、あの師匠が王様で、しかもリュカが……従者? 全然そんな風には見えなかった。
「ねえ、師匠って……その、え、えん……」
「エンセーラム」
「それ、エンセーラム王国ってところだと、王様みたいなの?」
「全然」
「えっ……」
「学校の先生やってて、子ども達にカンチョーとかされて、エノラに敷かれてて、毎朝漁に出て、集会でお酒飲んで、たまに歌ってて、王様扱いされるとすっげえビミョーな顔して、王宮も作りかけだけど住める状態なのに落ち着かないからやだとか言って海辺の小屋で暮らしてて、あとは……」
「もういい……」
それって、ほんとに王様なのか疑問だけど、師匠っぽい。
すぐにそういうイメージが湧いてきちゃった。王様に見えなくても仕方なかったんだと思う。うん。
「それより、師匠のことだけど」
「ああ、そうだった。一体どうなっちゃってるんだい?」
「……ニコラス・ムーア・クラクソンが、祈術を使って、記憶を操ってるみたいなの。師匠の」
「記憶を操る?」
「きじゅつ?」
「……シャノンの加護だよ」
「ああ、シャノンの……ふうん……?」
「多分いつも近くにマディナがいて、師匠のこと監視してるんだと思う……。師匠をどうするつもりかは知らないけど、記憶がいじられてるから……ヘタなことしたら、師匠に、攻撃されたりする……かも」
「大丈夫」
「えっ? な、何で?」
「シャノンの加護で何かされてたって、俺にはソアがいる」
「そあ?」
「雷神ソア。俺はソアの神官だから、シャノンの加護なんか……多分、がんばれば打ち破れる。そしたら、レオンの記憶も戻るし」
「……らい、じん?」
「雷神ソア! 厳正と秩序の神。……って言っても、ここってシャノン教の国だから、わかんない?」
「ああ、十二柱神話とかいうやつ? でも、神官って?」
「そっちで言うクルセイダー」
師匠って、ほんとに何者なの。
簡単に鉄切って、シャノンじゃないけど加護を持った人が従者って……。
「多分どーにかなるし……俺、腹減ったから食べてくる」
しかもマイペースだし!!
「あ、ねえ、僕も行っていいかな?」
「いいよ。小娘は?」
「小娘って言わないで! ミリアム!」
「ミリアム行く?」
「逃げたってバレたら、また捕まえられちゃうかも知れないし、いい……」
「……あっ、じゃあお守りあげる」
リュカが部屋に置いてあった見慣れない大きなリュックをあさりだした。そこから、木彫りみたいなペンダントを出す。見知らぬ紋様が刻まれていた。
「何これ?」
「いいことあるかもなやつ。じゃっ。行こ、シモン」
「うん」
あっさり、2人は行ってしまった。
ああいうとこは、ちょっと師匠っぽい。ていうか、師匠の周りって、ああいう人ばっかり? 変人だらけ?
エンセーラム王国って、何。
怖っ。




