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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#30 クルセイダーと記憶と愛と
324/522

囚われのミリアム





「――気分はどう、ミリアム?」

「……サイッテー」



 マディナがやって来た。

 教会の地下にある牢獄。こんな場所があるのも知らなかった。


 そこに繋がれて、檻の前には毎日のようにマディナがやって来る。



「いいザマね」

「どうして、こんなことしてるの……?」

「どうしてって?」

「何で、お父様があんな、こと……」

「お父様? 何言ってるの? あんたの本当の父親でもないくせに」

「でもっ、わたし達はお父様に拾ってもらえて――」

「まだそんな都合のいい妄想信じてるの? ほんとは分かってるんじゃないの? お父様はね、誰よりも強いシャノンの加護をもらっているの。だから人の記憶を自在に操ることのできる祈術が使える。都合良く、それであなたはほんとのことを忘れてるだけなの」



 嘘だ、そんなの絶対に違う。

 わたしは小さい時にこのレギルスで両親を亡くした。それから教会の孤児院に迎え入れてもらえた。お父様は時間を見つけて慰問してくれて、いつも色々なお話をしてくれた。

 やさしくて、暖かくて、どんなことでも、耳を傾けてくれて――。


 それは、嘘なんかじゃない。

 ちゃんとわたしの頭にある記憶だ。



「あんたみたいのがシャノンに選ばれるなんて、間違いなの」

「間違いなんかじゃ、ない」

「間違いなの。……だって、ロクに祈術も使えないでしょ?」

「それは……」

「それに弱いし。誰よりも弱いのに、加護だけ賜ったからクルセイダーにしてもらえただけ。シャノンでもたまには間違ってしまわれることくらいある。あんたは勘違いしてるだけの、なんちゃってクルセイダー」

「違うよっ!」

「違くないのよ!」



 どうして――。

 いつからマディナはこんなに、わたしを嫌ったんだろう。


 再会したのは、孤児院に入ってからだった。

 わたしより少し早く、マディナも両親を亡くした。それで孤児院に引き取られていって、わたしが孤児院に来た時は、また会えたことを喜び合った。確かなことだ。


 けれどいつからか、マディナは……。



「今ね、レオンはわたしと一緒に暮らしてるの」

「……師匠が?」

「仲良しよ」

「師匠には、ちゃんとお嫁さんと娘がいるのに」

「そんなの彼が忘れてるんだからいいじゃない」

「良くないよ」

「いいの」

「マディナっ……! それが、シャノンの教えなの!? そうやって言えるの!?」

「何言ってるの? あんたみたいな半人前以下のクルセイダーが、シャノンの教えを説ける立場にいるとでも?」

「そんなの関係ない!」

「……大っ嫌いなの、そういうとこ」

「嫌いって――」

「昔っから、あんたのこと嫌いだったの。知ってた? 気がついてた?」

「嘘でしょ……? だって、昔はあんなに、仲良く、してたのに……」

「あんたはいいわよね。わたしが欲しいものは何でも持ってた」

「何言ってるの?」

「でも、わたしは何もなかった」

「ねえ、マディナ……」

「わたしの本当のお母さんとお父さんが死んじゃった時、あんたの家に走っていったのよ。

 雪の降ってる寒い夜で、お母さんもお父さんも、死にかけで……助けてもらおうと思って、裸足で走った。

 あんたの家の戸を叩いて、助けてってお願いしたのに……見捨てたの。ロクにわたしの話も聞かないで。

『今ミリアムが熱を出してて、これから医者に診せにいくところだ。だからまた明日にしてくれ』……ってまだ覚えてるわ。

 それであなたを背負って、出てった。わたしのことなんか眼中にもなくて。手当てしたら、助かったかも知れないのに……あんたが熱なんか出して、だから死んじゃったの」

「そ、そんなの……何かの、間違いでしょ? そんなことっ……」



 知らない。

 そんなことがあったなんて、わたしは知らない。



「あんたが孤児院来た時、嬉しかったよ。あっ、同じとこまで堕ちてきたんだって。どうやって死んだんだっけ? 病気? いいざまよね。だって見捨てたんだもの、わたしのお父さんとお母さんを。当然の報いよ。

 許してあげようってその時は思ったけど、ムリだったわ。グズでノロマで、何にもできないのに孤児院であんたは手がかかるわねって可愛がられて。ムカついたわ。

 わたしは迷惑かけないようにってがんばってたのに、どうして何もできないあんたばっかりちやほやされるの? わざとできてたことをやらなくなったら叱られて……何あれ、信じられない。何が違うのよ、わたしと、あんたと!

 クルセイダーになった時、嬉しかったわ。シャノンはわたしを見ててくれたんだって。がんばってきた甲斐があった。これで報われるんだって。

 でもすぐに、あんたまで加護を授かった。どうして? ねえ、剣もダメ、勉強も最低限で、ロクに努力もしてなかったあんたまで、どうしてあたしと同じところに来たの? じゃあ、わたしががんばってきたことって何だったの!?」



 何も、言えない。

 信じられない。


 だけど、マディナに嘘はないように聞こえた。



 じゃあ悪いのは、わたしなの?



「……っていう感じで、わたしは嫌いなんだ、あんたのこと」


 へらっとマディナが笑う。

 あれは強がって隠した笑いだ。


 何でもないように思ってるんだと、ポーズで見せて虚勢を張ってる。



「それに今はね、けっこう充実してるの。

 レオンって、素敵なの。わたし、ああいう人が好き。

 たくさん苦労してて、負けないでずっとずっと歩き続けてきて、全然辛そうに見えない。

 どれだけお父様が調整をしてもレオンはすぐに、前のことを思い出しかけちゃうの。これまで、こんなに調整に時間のかかった人はいなかったって」

「…………」

「そうやってずっと、我を通してきたんだよね、きっと。憧れちゃう……。

 あの人の体についてる傷のひとつひとつが愛おしいの。痛そうな傷ばっかりなのに、すぐに笑うの。

 一緒に暮らしてるとね、楽しいの。思い通りにならないところが、余計に。

 振り向かせてやるって躍起になっちゃう。こんなに振り向かせたい男ができたのって初めて。

 恋って、楽しいのよ。知ってた? ミリアム」

「師匠は、マディナなんかになびかない」

「……じゃあ何? あんたにはなびくの?」

「え?」

「ズルいよね。あんないい人をずっと一人占めしてたなんて。

 わたしはすぐに帰れ、帰れって言われてたのに、あんたのことはちゃんと迎え入れて。

 それで、師匠? グズでノロマで何もまともにできないあんたが、どうしてあの人の目にかけられてたの? 何で?」

「…………」

「冗談よ、そんな深刻な顔しないでいいよ、ミリアム?

 あんたが、文字通りになーんにもできない役立たずの半端者だから、やさしいあの人が気にかけちゃっただけでしょ? もうあんたのことなんて覚えてないから安心して。そのまま、永遠に思い出されることもないから」



 何で、こんなに悔しいんだろう。

 マディナにバカにされてるからっていうだけじゃない。


 分かってる、自分で。

 どうしてクルセイダーになれたのかさえ、自分で分からない。わたしなんかより優秀な人はいっぱいいて、マディナが孤児院でクルセイダーになるためにたくさん努力してたことだって、分かってる。


 そのことで嫉妬されるのだって、嫌だけど分かる。



 でも。

 すごく、悔しい。



「師匠をどうするつもりなの? 記憶をいじくって……」

「お父様には考えがあるの」

「考えって?」

「きっと素晴らしいことよ。あんたなんかに理解できることじゃないの」

「それって、マディナにもじゃない?」



 言い返したらマディナの表情が僅かな間だけ消えた。


「どうやったって、師匠はマディナになびかないよ。

 だって本当に師匠は、奥さんと娘を愛してるんだから。

 マディナが師匠を好きっていう気持ちとは、比べ物にならないくらい」

「何を分かった風な口利いてるの?」

「分かってるよ。マディナこそ、師匠のことをどれだけ知ってるの?」

「っ……。ふん、いいよ、別に。そこで喚いてれば? 時期が来たら、用済みってお父様も言ってたから」


 マディナが地下牢を出ていった。



 記憶の、改竄。

 そんなことができるなんて、知らなかった。


 わたしもどこかで同じことをされて、本当とは違うことを思い込まれているんだろうか。けれど、そんなことができるならどうして、わたしをこんな場所(地下牢)へ閉じ込めるんだろう。

 わたしの記憶もいじくってしまえば済むはずなのに。


 記憶を変えてしまう力はシャノンの与えた祈術の一種。お父様にしかできないことだとしたら、それだけ強い加護を与えられていないと発現のできない奇跡の御技。

 いくらお父様でも、容易に使えることじゃないっていうこと?



 師匠の記憶を変えて、お父様は何をしようとしているんだろう。




 考え込むままに、時間が過ぎた。

 カツンカツンと、小さな音が聞こえてきた。誰かがきたんだろうかと顔を上げる。地下牢のドアが軋みながら、高い音を立てて開いたのが分かった。檻の中からじゃあ見えない。


 足音が近づいてくる。

 檻の前で、止まった。



「あ、いた」

「…………だ、誰?」



 背の高い男の人だった。

 マントをつけていた。おもむろに、マントの下から剣を抜く。肉厚の古びた剣に見えた。


「よっ」


 僅かに剣が光ったように見えたら、一瞬で檻が切られていた。あっさりと、頑丈なはずの檻を切った。ガランガランと音が立って、鉄の棒が落ちる。


「俺、リュカ」

「……リュ、カ?」

「ちょっと頼まれて人探してる最中で、レオンハルトって人、知ってる?」

「師匠のこと?」

「そうだと思う。一緒にお前も消えたって聞いてたから、どこにいるんだろうと思って探しに来た。敵じゃないから安心して、ついて来て」

「どうやって、ここ入ったの……? カギとか……」

「……開けるの超簡単だった」


 リュカと名乗った人が、細い鉄の棒みたいなものを2本見せた。先端だけが僅かに曲げられている。あれで、開けたってこと?



「ど、泥棒?」

「盗んでないから、大丈夫だし……人助けだし」


 むっとしながら顔を逸らされた。

 けどすぐにリュカはわたしの近くに来て、また剣を振って手錠を切った。


「何で、こんなにあっさり切れるの?」

「内緒。行こ。見つかりたくはないから」



 こっそりと連れ出されて行った。

 久しぶりに出た外は寒かったけれど、気持ちが良かった。

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