ニコラス・ムーア・クラクソン
「食事はお口に合われますかな?」
「……まあ、普通においしいですよ」
にこやかに相手されたら、こっちも表面上はにこやかにする他あるまい。
もっと体がちっせー時だったら、ガキなんだからいいだろうともうちょい横柄にしてやるとこだったが、いい加減、いい大人だしな。
それに、いつ俺がエンセーラムの王だってこいつに分からせるタイミングが来るかも分からない。
その時になって態度を持ち出されて不利になることになっちまったら大変だ。
けども舐められるわけにもいかねえ。
「あなたがお作りになった……ああ、何だったか」
「カレーパンですよ、お父様」
「そう、カレーパン。あれはとてもおいしかった。どこの料理なのですか?」
「あれは俺の特製でね。創作料理ですよ」
「なるほど。料理人なのですか?」
「そう見えます?」
「いいや。あなたは戦う人の目をしている」
そりゃあ見当違いだろう。
俺はおもしろおかしい、愉快な音楽家さ。自称だけど。
「どうでしょう。少し、ゆっくりお話をしてみたいと思っていたのですが」
「いやあ、俺は表で陽気な歌を歌ってたいからもんでね。ご遠慮――」
願おうかと思った時、周囲がざわついてるのが分かった。
どうやら、大司教さんに声をかけられちゃっただけで視線が集まっちゃってるらしい。
「良い葡萄酒が、あるのですよ。マディナ、先に部屋の準備を。さあ、レオンハルトさん、どうぞ。ミリアムも一緒に来なさい」
「えっ……は、はい、お父様」
「いや、俺はさ……」
「師匠っ、お願いだからお父様の顔潰さないで。お願い、ほんとにお願い」
固辞しようとしたが、小声で小娘に言われてしまった。
まあ……そりゃ、小娘がここではかなり軽視されてるのは、分かってる。その小娘が連れてきちゃった俺がここで断っちゃったら、何だアイツみたいなのが、小娘に向けられるのも、想像しやすい。
けど気乗りしない――とか思いつつ、またもや俺は小娘に引きずられて行ってしまうのだった。
俺って、何だかんだでやっぱり甘いんだろうか?
「――と、レオンハルト様はそれはそれは素晴らしいお料理をいくつもご存知になられていて、たくさんお勉強をさせていただいておりますの」
マディナが、俺のとこに通い妻状態だったことをあらいざらい、ニコラスにぶちまけた。
なーにが、それはそれは素晴らしいお料理だよ。ほんのスパイス料理だっつーの。
なーにが、たくさんお勉強させていただいておりますの、だよ。あの手この手でいまだに俺を誘惑しては失敗してるくせに。
「そうか、そうか……。愉快な、方のようだね」
「はい、とても」
「ミリアムは……どうして彼を、このパーティーの同伴者に選んだのだ?」
「それは……あの、師匠なんです。女神の盾の一員として、もっと強くなりたいと思ったので彼に師事しているんです」
「ほう?」
あんまり俺は面白くない空間で観察してる感じだと、ニコラスは小娘を蔑ろにはしていないっぽい。
けどマディナのチクチクした態度を咎めるようなこともしていない。
あんま、いいやつには見えない。
だけども小娘は本当にニコラスのことは敬愛している感じで――むしろ、それがいきすぎてるのか、軽く緊張までしている状態でいる。師匠とか言うなら俺にもそれくらいの敬意を持て、っちゅーに。
「レオンハルトさん」
「んん?」
俺はワインをグラスの中で揺らしつつ、ぼんやりずっと会話を聞いてた。
あんまり酒の味の分かる男な自負はないが、うまいのはうまいと分かるようで、ワインもうまい。なかなかに、うまい。お陰でがぶ飲みをためらうほどだ。
「わたしはこの帝都で、誰よりも強い女神の加護を受けています」
「……ご苦労さんですね」
「いえ、何も苦労などは。皆がよく働いておりますから」
「そうですかい」
気持ちはちょびっと分かる。
担ぎ上げられると、あんまり出しゃばってやることってないんだよな。
俺はそういうの合わないから、結局でしゃばって行っちゃうんだけど。
「あなたはシャノンを信仰していますか」
「生憎と」
「それは残念だ……」
「俺は個人的な神様が胸の中にいるもんでね」
「ほう。それは何という神なのですか?」
「ロックだ」
「ろっく? ロック神……? 聞いたことがありませんな」
「この世界で俺だけだよ、この神様を信じてるのは」
この世界では、な。
「どのような教義なのです?」
「ムカつくもんはぶっ飛ばせ。
見捨てられないなら拾っちまえ。
てめえの心に従っておけ……てな具合ですかね」
「興味深い」
宗教っつーか、心意気の問題だけどな。
「この世界には数多の神がいます」
「ん……?」
「女神シャノンの他にも、十二柱神話の神々がおり、土着の神がおり、竜を神として崇める者達もいる。
そして神は敬虔に信ずる者には加護をお与えになられる」
こいつはシャノン信者だから、他の神様を認めたりしないんじゃないかと思ってたけど……。
意外に認めてるのか。意外すぎるな。……しっかし、ほんとに色々と神様がいるのか。八百万なのか? めちゃくちゃ今さらだが。
「知っていますかな? どのような神の話であれ、それを統合していくとある、ひとつの存在に行きつくのです」
「ひとつの存在?」
「そう。それこそが、原初の神と呼んで良いでしょう」
「それが?」
「女神シャノンなのです」
ハイ、見直した俺がバカでしたー。
結局はうちの宗教がいっちゃんすげーんだぜ自慢かよ、そうかよ。
それぞれすごいでいいじゃねえかよ。
なーにをそんなに張り合おうとするんだよ。
張り合って諍いにすることが神様の意思なんですか、そんなに血腥い神さんを信仰しちゃってるんですか、っつーの。
「いかなる存在であれ、帰結するのはシャノンなのです。故に我々は、原初の神である女神シャノンを信仰し、心の安定を、ひいては世界の平和を願っております」
「そりゃあ立派なことをされてるみたいで、ご苦労さまです」
「聞いたところによると――あなたはどうやら、この国に新たな商売を持ち込もうとしているのだとか?」
「えっ?」
誰から聞いた――て、もしや。
マディナを見るといつもの誘惑するようなほほえみで俺を見ていた。こいつか。
「どちらの国からいらっしゃられたのです? 遠い異国から遥々とお越しになられたのでしょう?」
どうすっかな。
適当に誤摩化す、か?
クセリニアとか言っておくか? いやいや、でもなあ。
これでもしもマレドミナ商会がここで商売を始める時にはエンセーラム王国の名が出るし、そうなったら俺がその王だってこともきっと知られる。何で嘘ついたとか痛くない腹を探られたくもねえし……。
「……エンセーラム王国っていう、小さい国ですよ」
「聞いたことがありませんな。どの辺りに?」
「こっから、ずーっと東にいって、その南に」
「なるほど……。わざわざどうして、ここまで?」
「知らないもんを見てみたくってね。足を伸ばしたのさ」
「あなたは商売人にも見えなければ、ただの音楽家のようにも見えませんな」
音楽のことは――まあいいや。
マディナのせいでけっこう筒抜けになってたっぽいな。
「かと言って単なる冒険者でもない」
「まあな」
「何者なのです、あなたは?」
「どうしてそこまで気になるんですかね? ただの流浪の旅人ってわけにはいきません?」
「わたしもあなたと同じで、知らないことを知りたいと気にしてしまうのですよ」
ふうーん?
ちょっち胡散臭いけど。
誤摩化せるかな。
「んじゃあ、謎は謎のままって方が想像が膨らんでいいんじゃないですかね?」
「……そうですか」
「ええ、そりゃもう。妄想の余地があるってのはいいことですよ」
「では……シャノンのお力を借り、少し見させていただきましょう」
「は?」
ニコラスが目だけ笑ってない笑みを浮かべたかと思うと、いきなり眩しい光が溢れて膨らんだ。




