言われてしまうと弱る言葉
ラサグード大陸のヴラスウォーレン帝国にいます。都の名前は、帝都レギルス。
シャノン教の盛んな国です。
この国にはシャノンの加護を受けた者が、クルセイダーというものになって国を色々と守護しているようです。
祈術という加護を使った技を体系化していて、ちゃんとはお目にかかったことはないけどそれなりにやり手らしいです。
気候はけっこう寒くて、主食はイモかパンといったところです。
都の住民はパンを食べられるけれど、そこを出れば貧乏な村が多く、味のないスープにイモを入れたものをよく食べているようです。正直おいしくありません。
が、まあ俺は元気です。
そっちの様子はどうなんだろうな。
そろそろフィリアはハイハイとかできちゃうのか? あのふてぶてしいかわいい天使みたいな顔で、うんちを撒き散らしたりして困らせたりしてるのか? フィリアに会いたい。めちゃくちゃ会いたい。抱きしめたい。
あっ、もちろん、ちゃんとエノラのことも抱きたい。
変な誘惑の多いとこだけど、ちゃんと浮気みたいなことはしてない。雷神に誓っておくから、違うなら雷おっことしてくれちゃってもいいよ。そこは信頼してほしい。
そろそろ、米とか収穫できたかね。
あらかじめ俺が残しておいた米料理のレシピも再現できたか?
味がないとかのたまわないで、色々なおかずと一緒に食ってほしい。米の可能性はカレー以上だと、あえて言おう。
魚を焼いて、醤油を垂らして、ご飯とかっこんでくれ。
ご飯を炊く時に、魚や山菜なんかを適当に入れて、昆布のダシと、醤油をあわせて炊いて、よく混ぜて食べてみてくれ。
肉にも合うぞ。
魚にも合うぞ。
野菜にだって合うぞ。
俺が前に作った麻婆豆腐とご飯もめちゃくちゃ合うぞ。
お米が食べたい。
めちゃくちゃ食べたい。
何かホームシックになってきた……。
ユーリエ学校の様子とかもどうなんだ?
シルヴィアとシオンはちゃんとやれてるか?
いや、あいつらはしっかりしてると思うけど、ガキどもはますます腕白になってたりしないか? でもって小賢しい知恵をつけて困らせにかかってたりとか……。キャスも学校には通ってるし、あんまり悪影響与えられちゃっても嫌なんだよな。
変なことになったら、リュカでも使って雷神の教えとやらで喝を入れてやってほしい。
ああそれと、島の皆も、何か変な病気とか流行してないよな?
何事も順調な時ほど油断がたたって大変なことになっちゃったりするもんだし、些細なことでも気をつけてやってくれ。
島民の移住も進めてるって聞いてたけど、人が増えてトラブルとか増えてないか?
リュカとシオンとロビンがいりゃあ、大概の暴力沙汰はどうにもなるとは思うけど、島の仲間を叩きのめして終わりってわけにもいかないだろうし……。何か、うまいことやってくれ。
何か、どんどん早く帰りたくなってきた。
でも俺はまだ帰らんぞ。
あ、そうそう。
さっき書いておいたクルセイダー。
これの、小娘をちょっと色々あって指導してやってるんだけど、すげえんだぜ?
型稽古とかはばっちりやってきてたのに、さっぱり実戦経験がなくて超弱えの。人と人が戦うってのに素振りの通りに剣を振るから、全然ついていけねえでこてんぱんにやられてばっか。
毎日、冒険者の飲兵衛に1本銅貨4枚を支払って相手してもらってるみたいなんだけど、最初は1日50連敗! これが2日、3日、4日と続いて……最近ようやく、50本中10本くらいは勝てるようになってきたみたいなんだけど、まだまだ先は長そうな感じ。
成り行きでこいつを鍛えてやるのと並行して、ちゃんと市場調査もしてるから安心してくれ。
まあ、今は全然、指導っぽいことはしてないんだけど。
ちなみにこのヴラスウォーレン、金銀の採掘が盛んで金細工や銀細工がいっぱいある。
質がどんなもんかと思って買っておいたのを同封しておいたから、まあ、エノラのいいようにしてくれ。俺だと思って身につけてくれちゃってももちろんいいんだぜ? 寂しいだろう? だって俺がこんなに寂しいんだからお前だって寂しいよなあ? なあ?
……何か怒られそうだから謝っとく。ごめん。
まあ、そんな具合で、愉快にやってます。
帰りは……いつになるんだろうなあ。
まあでも、けっこう気長に滞在するつもりだから、そういうつもりで待っててくれ。
愛する夫、レオンハルトより
追伸
ヤマハミの角とったどー!
自慢して回っといて
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手紙とレギルスを調査したレポート。それらと一緒に、純金の指輪と、ヤマハミの角をレストへ括りつけた。これなら、飛んでてもぽろっと落ちないはず。
帝都レギルスを出て3時間ほど歩いた山中で、レストを笛で呼びつけたのだ。ここなら人目につかないだろうと。
「いいか、エノラんとこに飛ぶんだぞ? 分かるよな?」
「クォォッ!」
即答されるらへん、ほんとに分かってるのか、不安。
「でもって、戻ってきても、いきなり俺のとこに飛んでくるなよ? 騒ぎになっちゃうから」
「クォォ?」
「分かれよ、そこも大事だから。戻ってきたら、隠れてろ? な?」
「クォォォッ」
ほんとに分かってんのかね?
不安にさせられるが、賢いやつだと信じておく。
「よし、んじゃあ行け。しっかり届けてくれよ」
「クォォォッ!!」
ドドドっとレストが走り出し、助走をつけてから大空へ飛び上がった。
それを見送ってから、レギルスへ帰った。
マディナが通い妻のように俺の拠点へ出没するようになって、早くも2ヶ月ほど経過してしまっている。
まるで監視するかのように、四六時中上がり込んでくるのでどうにか隙を見て出てこられた。さすがにワイバーンを飼い馴らしてるなんて、教えられない。一応、魔影で周囲にこっそり隠れていないかとも確かめてからレストを呼んだ。
目撃者、ゼロだ。
ちょっと肩の荷が降りた。
レギルスでの日々は、まあ、変わり映えがなかった。
毎朝、マディナが朝飯を作りにくる。それを一緒に食ってから市場調査へ出かける。昼飯は外で適当に食い、夕方に帰る。小娘が50本勝負で何回勝てたか報告にくる。ほぼ入れ違いにマディナがまた来て、夕飯を作り始める。一緒に食う。
ちゃんとマディナを閉め出してから、寝る。
いつ、マディナが夜這いにくるのかと最初は身構えていたが、誘惑をする時は堂々としたもので、ちゃんと全部はねのけている。少なくとも寝込みを襲われるということはなかった。
そう言えばいつだったか、寝てたらリュカに腕十字固めをいきなりやられたっけなあ。あいつ、全力でやってくるから腕が折れるかと思った。懐かしい。
寝込みにどんな思い出があるんだ、俺――とこめかみを押さえつつ、レギルスに帰った。
最近、何か、宗教行事が近づいているようでにわかに活気づいていた。
まあ俺には関係ねえや、とちょっと遅い時間だが昼飯をどうしようかと散策する。適当にパンでも買うかなと思っていたら、人混みの中にお上りさんがいた。周囲をきょろきょろ見ながら歩くもんだから遅くて、人がいっぱいいる通りだから通行の妨げになってしまっている。
どこの世界でも、カッペというのは同じようなもんらしいなと、デッカいリュックを持ってるのだけ確認し、横を通り過ぎる。
「あっ、レオン!」
「んっ……?」
いきなり呼ばれて振り返る。
と、カッペがいた。いや、訂正しよう。カッペになっていた、シモンがいた。
「……シモン?」
「良かったぁ、ちゃんと会えて……」
「お前、何でここに――つか、邪魔になるからちょっと来い」
俺は周囲に気を配れるのだ。
おもっくそ通行の邪魔だったシモンを引っ張って、とりあえず人通りの少ないとこまで来た。
「何であんなとこにいたんだ?」
「レオンに会いにきたんだよ」
「俺に?」
「ほら、父さんが死んじゃったし、もう自由に生きてみようかなって」
「ああ……ご愁傷さん。あの後、大丈夫だったか?」
「うん」
「んで、自由に生きてみようって……レギルス来たのか?」
「そうさ。それでね、レオン」
「おう」
「僕はレオンの歌を乗合馬車の中で聞いた時に、これは運命だって思ったんだ」
「お、おう……?」
「弟子にしてくれないかなっ!?」
「やだ」
「お願いだよ。教えてほしいんだ、レオンの音楽を」
「……いやいやいや」
「好きなんだ、レオンの音楽!」
「っ……」
そんな、キラッキラの目で、俺の音楽が好きとか言われちゃったら……。
「お願いだよ、レオン」
「し、仕方ねえなあ……」
そりゃあ、陥落されちゃうさ……。




