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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#29 ヴラスウォーレン帝国
317/522

驚愕と後押しと



「退け、退けぇっ……!」

「殿下、こちらへお早くっ!」

「カノヴァス、あの魔物の注意を惹いておけ!」

「殿下をお連れしてこの場を離れるのが最優先だ!」



 やれやれ、と首をすくめるほどの余裕もない。

 クセリニア大陸東端は、アイウェイン山脈に阻まれている。当初はガイアム・ポートへ迂回していくつもりだったのだが、使節団はクセリニア大陸を知るのであればと歩きでの山越えをしたいと言い出した。


 予定は一気に崩れ去り、アイウェイン山脈を28人からなる使節団と、トヴィスレヴィ殿下の親衛隊で越えることとなった。万全を期してガイドも雇い、山の悪魔に対処するために山を登っては降りて――としていたところへ、魔物が現れた。ヤマハミだ。



 高地のピクニック感覚だった使節団のお歴々は、たちまち震え上がった。学はあっても武はない。だからこそ、僕らが――親衛隊がいる。

 しかし、親衛隊第三班に入ってから驚かされたが、彼らは長らく実戦を離れすぎていた。実力が衰え、勘も鈍っていた。これがエリート揃いの親衛隊かと嘆くこともできぬまま、僕はアーバインの剣を引き抜いてヤマハミへ斬りかかる。



 ヤマハミはA級冒険者にしか斡旋されない魔物。

 騎士団の者ならB級冒険者程度の実力はあるだろうと踏んでいたが、要人の護衛が主任務である親衛隊では魔物との戦いに遅れを取る者ばかりだった。


 そして、目の敵にされている僕が陽動を命じられ、たったひとり、雪山へ取り残されるという構図が浮かび上がった。



「やれやれ――」



 ヴァイスロックでヤマハミを突き上げ、上から巨大な氷柱を落とした。

 これで潰れてくれれば楽だが、さすがにヤマハミとなればその程度では死なない。氷柱を抱き込むようにして信じがたい怪力で砕き折ってしまった。その氷の破片を利用し、強烈な光を放つ魔法を使った。光が乱反射し、ヤマハミがそれに驚かされる。魔物にはこういうものも有効だとは最近、気がついたことだ。

 乱反射する強烈な光にヤマハミはたじろぎ、それに気を取られている間に迂回しながら接近した。アーバインの剣で切り裂きにかかるが、白い毛皮は硬く、その下の筋肉は頑強だ。ヤマハミとなっただけで、この異常な防御力はどういうことなんだ。


 剣が弾かれ、ヤマハミが豪腕を振るってきた。素早く後ろへ飛びずさりつつ、ヤマハミの赤い目へ氷柱を放った。左目にだけ氷柱が突き刺さって悲鳴が上がる。



「このタイミングで出てこられるのは面倒だが――僕の出世のためには好都合だ。

 大人しく倒れて、手柄になってくれ!」



 およそ1時間にも及ぶ戦いだった。

 しぶといヤマハミの猛攻で少なからず傷ついたが、重大な損傷は受けずにどうにか倒せた。


 体から湯気が上がる。極寒の雪山だと言うのに、激しい戦いだった。体温が上がり、湯気になって立ち上ってしまう。ヤマハミの死体からも、切り裂かれた傷口や、焼かれた痕から白い、薄い煙が上がっている。口の中に血を感じて吐き出すと、踏み荒らした雪が赤く染まった。


 目玉からは赤魔晶を取り、爪と牙も剥ぎとっておく。

 できるだけ傷つけずにおいた背面から、大きめに毛皮も剥いだ。上等だ。これを敷くだけでラグになるだろう。これをトビスレヴィ殿下へ献上しよう。評価はうなぎ上りで、エスコーダを始めとした無能揃いの親衛隊第三班の鼻を開かせる。


 これだけ時間がかかっていながら救援にも来ないのだから、僕を見捨てようとしたのは明白――。

 だが、それが裏目に出たな。怖れを為して全員が逃げたのに、僕が単身で討ち取った。この事実はきっと記録され、僕の手柄にもなる。それに殿下の心証は悪くない。

 僕がこの毛皮を差し出せばお喜びになる。マントにでもしてくれれば、目立つし嬉しいな。殿下がマントを誉められる度、僕の武勇も語られるというものだ。



 下山し、ベースキャンプへ戻ると使節団は暖かい茶と蒸留酒を混ぜた、この地方独特の飲み物を飲んでいた。



「カノヴァス、無事だったのか! ケガをしているのか? すぐに魔法をかけてもらえ」

「ご心配、痛み入ります、殿下。しかし、その前にご覧に入れたいものが。

 あの魔物の毛皮と、爪と、牙、それに赤魔晶と呼ばれる、とても希少な魔石です」


 同じ親衛隊の者達の目つきが変わった。

 僕はキミ達とは違って優秀なんだ、いい加減に思い知るがいい。


「倒したというのか、たったひとりで?」

「ええ。あそこにあのような凶暴で危険な魔物がいては山越えを再検討しなくてはならないところでしたから。殿下始め、使節団の皆さんが、この山を越えると仰られているのですから、障害となるものは排除するべきと判断しました。戻るのは遅れてしまいましたが、どうか、そのお詫びとして、これらのものを受け取ってください、殿下」




 トヴィスレヴィ殿下は僕を労ってくれた。その上で、ヤマハミから剥ぎ取ってきた物品も受け取ってくれた。帰国の際にシグネアーダ殿下へ自慢をしてくださると、揚々と語ってくださった。

 直接、トヴィスレヴィ殿下とシグネアーダ殿下が2人きりで会われることはないはずだ。となれば、恐らくは両陛下や、リーゼリット様も交えての席で語るのだろう。


 となれば――ミシェーラもそこにいる可能性が高い。

 使節団の度に同行し、無事にこれを助けて帰国した立役者となればきっと、僕もその席へ呼んでいただける。ミシェーラに会えるかも知れない。



 雪山の寒さは、消し飛んだ。

 そう言えばミシェーラの家は、クラシア家だったか。僕としたことが、クラシアという家がどのような貴族か分かっていない。さすがにカノヴァス家より上というわけではないだろうが――そうであれば僕も知っているはずだ――気になるところだ。


 今さらの疑問を抱いていた、その晩に、ヤマハミをどう倒したのか聞かせてほしいと殿下に呼ばれた。かなり殿下は僕に信頼を置いてくださっているのが分かったから、恥を忍んで、ミシェーラのことを尋ねてみることにした。



「殿下、恐れ多くも……殿下のご聡明な知恵に頼りたいことがあるのですが、聞いていただけるでしょうか?」

「どうした? お前もよくものを知っているはずだ」

「騎士魔導学院に在籍していたころ、ミシェーラ・クラシアという女性と知り合いになりました」

「ミシェーラ……クラシア」

「記憶が正しければ、リーゼリット様の近衛侍女を務めているはずです」

「彼女か。お前は夜会の人気者だったと聞いていたが、彼女を好いているのか?」

「……ええ、お恥ずかしながら」


 この際だ。殿下が味方になってくだされば、それほど頼もしいこともない。

 そう思って打ち明けた。


「ですが、僕は不勉強なものですから、クラシア家というのをよくは知らないのです。殿下はご存知でしょうか?」

「クラシアは小領主だった」

「……小領主、だった?」

「跡継ぎがおらずにもう、その家はない」


 どういうことだ?


「クラシアの最後の娘は、ある家へ嫁いだ。その家は、ブレイズフォードだ」

「ブレイズフォード……? 団長閣下の――」

「ああ、そうだ。あのエドヴァルドがクラシアの娘を心底好いたと聞いているよ。身分の差もなしに彼女を娶ったことで、クラシアという家名はなくなった」

「……じゃあ、彼女は、ミシェーラは……」

「エドヴァルドの娘だ」



 足元が抜けたかと思った。

 クラシアではなく、本当はミシェーラは――ブレイズフォードだった?


 そうだ、そう言えば学院にいたころにブレイズフォードの者が同じ学年にいたと耳に入れていた。終始それが誰だかは分からずじまいだったが、ミシェーラだったというのか。



「エドヴァルドはあれで、家族想いの男だ。ミシェーラがまだ嫁ぎ先も決まっていないのも、エドヴァルドの目に適う男がいないからだろうと言われているよ」

「……そう、だったのですか……」

「ショックか?」

「ええ……まさか、団長閣下の娘だったとは……。頭をヤマハミに叩かれた時より、効いています」


 殿下の前で取り乱すわけにもいかないとは思うが、顔が引きつってしまっているのを感じる。ぎこちなくしか、笑みを浮かべられなかっただろう。


 ブレイズフォード?

 ブレイズフォードだと?


 いくらカノヴァスという家の長男だろうと、ブレイズフォードに釣り合えるのか?

 カノヴァスは伯爵。ブレイズフォードは侯爵だぞ。身分違いだ。いくらカノヴァス領がディオニスメリア王国になくてはならぬとしたって、これでは……。



「カノヴァス」

「は、はい……。申し訳ありません、殿下の前だというのに……」

「そう気にするな。お前でもそうして余裕が失われるのだと知って、新鮮な気分だ」

「有り難いお言葉です」

「俺が取り持ってやろうか?」

「……殿下?」

「いくらエドヴァルドとて、俺が強く言えばそうせざるをえないだろう。

 無事にこの使節団がディオニスメリアへ帰り、クセリニアの見聞を広められた暁には俺がエドヴァルドに――」

「殿下っ……非常に、嬉しく、有り難いお言葉に胸が打ち震えるばかりです。

 しかし、ミシェーラはとてもやさしい気性の女性なのです。父親にそうしろと言われれば、大人しく従うでしょう。ですが、僕は……彼女が幸せになればと、思うのです。結ばれることができれば、それがどれだけ幸せかと思いますが、できることならば、彼女には、彼女の好いた相手と結ばれたいとも、願っています。

 ですから……殿下のご厚意を踏みにじりたいわけではありませんが――」

「そうか、分かった」

「申し訳ありません、殿下」

「いや……ならば、お前が彼女に好かれろ」

「……は、はい?」

「相思相愛となってからならば良いのだろう?

 そこで身分の違いで嘆かなければならなくなったら、その時に俺へ言え」

「ですがっ……そんな、厚かましいことは」

「……欲しいものは、手に入れるべきだろう。男ならば。

 俺は玉座を欲したが……シグネアーダに取られることになってしまった。俺のこの無念がある限り、俺の前で、有能な男が欲したものを手に入れられないなど黙っては見過ごせないというだけだ。

 カノヴァス――いや、マティアス、お前は俺をよく助け、支え、この使節を成功させろ。そうすればお前の望みも必ず叶う」



 ずっと、トヴィスレヴィ殿下は何かしらにつけ、劣る人物だと思っていた。

 剣の才も、魔法の才も平々凡々。お父上に似られた顔立ちも、男としては少々、劣る。

 王の器とて、長男であられるトヴィスレヴィ殿下よりも、妹君であられるシグネアーダ殿下にあるだろう。


 だが、僕は初めてトヴィスレヴィ殿下の人柄に触れた気がした。

 このお方は先頭に立って大勢を導くにはいささか頼りない。けれど、後ろから背を押してくださると、これほどにも頼もしいお方だったのか。



「……ありがとうございます、殿下」



 初めて、頭を下げなければならないと感じた。

 形だけでなく、心から。


 女神シャノンは僕にあらゆるものを与えてくださった。

 トヴィスレヴィ殿下の親衛隊に選ばれたこと、殿下と出会ったことさえも、導きだったんだろうか。



 この使節団は、何があっても成功をさせなければならない。

 僕だけの利益のためでなく、トヴィスレヴィ殿下のためにも。

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