相談役のロビン
エンセーラム王国は、今日も晴れ。
造船所に呼ばれて魔法機能についての相談を受けたけど、あえてメーシャに意見を振ってみた。ちゃんと教えたことがメーシャの中に根付いているみたいで、大人の船大工達に混じって、あれこれと考えて発言する姿を見守れた。
メーシャは良い魔法士になれると思う。
その成長が嬉しかった。
お昼を造船所の皆と食べてから、メーシャはそこへ残して島の散策に出た。
トト島の玄関港にある壁新聞を読む。壁新聞はいつからか、シオンが担当をするようになっていた。今日の見出しは「フィリア様大暴走」とされていた。何でも、フィリアちゃんがハイハイできるようになって、目の離れた隙に3時間も行方不明になってしまったんだとか。無事に保護をされたらしい。昨日のできごと。
これが見出しで、いいんだろうか?
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目を惹いたのは、ユーリエ学校の創立記念祭のお知らせだった。何でも近々、ユーリエ学校の初授業の日になるらしい。その時にお勉強の成果を発表すると同時に、子ども達の成長を祈願してお祭りをするんだとか。
リュカが地母神に祈祷を捧げるとか、子ども達で劇をやるとか、エンセーラム諸島開拓の歴史――とは言っても浅いんだけど――をまとめた発表会をするとか。色々と催し物があるから、その日は学校に来てほしいと書いてあった。
学校の創立に関して、最初は否定的な人がちらほらいた。けれど、実際に授業が始まると子ども達が楽しそうにしているし、何より授業で作ったっていう木製のメダルが欲しいって通ってない子が言い出して、親達も許可を出すようになっていった。それに給食っていうのも大きい。最初は3食魚尽くしに、サトウキビというメニューだったみたいだけど、いつの間にか、給食は島で作られた食べ物の調理発表の場となっていった。
レオンが作った、マーボードーフとかいう食べものも、最初は給食で披露された。あと、島の名物のお菓子になってる、プディングパンも給食で振る舞われた。最近はライスが必ず出るようになっている。レオンは旅に出ていく前に色々とレシピを残していって、それを元にエノラが試作し、完成したものが給食に出される。
仕事が休憩中だから、って名目で給食の時間を狙って学校に訪れる大人もいるらしい。大人は銅貨5枚で給食を食べられる。ただし、子ども達優先で余りが出なければ一口も食べられない。
それにしても、何でレオンはこんなに物知りなんだろう?
初めてレオンと出会った時、6歳だったはず。学院在学中から、何かと知ってたし、卒業してから手に入れた知識ってわけでもないだろうけど――果たして、6歳までに、どこであんなにたくさんのことを知ったんだろう? 大人になるにつれて、レオンが不思議な存在に思えてくる。
昔も普通じゃないとは思ってたけど。
ユーリエ学校の創立記念祭のお知らせを見ている内に、ちょっと学校が気になって向かうことにした。
今の僕の身分はエンセーラム王国の食客魔法士。これといった仕事はしなくてもいい、ってレオンに言われた。開拓初期に色々と魔法で支えて助けてくれたから、って。
でもやることがないと暇だから、結局、造船所を中心に島中をうろうろして、何か魔法で手伝えることがないかって探す日々だ。マティアスくん、あと何年したら迎えに来てくれるんだろう。
「あ、ロビンだ」
「ロビンだ!」
「ロビン、ロビンっ、あのね、あのね……あれ、なんだっけ?」
学校に行くと子ども達に迎え入れられた。人間族の子も、獣人族の子もいる。まだまだ少ないけど、魔人族の子もいる。レオンは人種差別も大嫌いだから、人種に関係なく、分け隔てなく島に人が迎え入れられてきた。
子ども達の中にはキャスもいた。今年から学校に入って、勉強をしている。チェスターさんはちょっと渋ったらしいけど、レオンに言われて、あとキャスも学校に行きたいって言い、通っている。
お昼休憩の時間だったみたいで、ちょっとだけ子ども達に混じって遊んであげてから職員室に行った。
「こんにちは」
「あら、ロビンさん」
「ロビン殿っ、どうか、あなたの知恵をお貸しください……!」
ガラガラ音が鳴る引き戸じゃないとダメだ、ってレオンが言ったようで学校のドアはほとんどが引き戸。職員室に入るとシルヴィアはお茶を飲んでて、シオンが机で頭を抱えていた。僕が入るとシオンが顔を輝かせて僕を見てくる。
「どうしたの?」
「いつものやつですわよ」
「いつもの、やつ……?」
「壁新聞に書く内容が、思い浮かばないんです……! 紙面が埋められずに……レオンハルト殿が戻られた時、それまでの毎日の壁新聞で島のことをきちんと把握してもらうためにも、日々、頭をひねってはいるんですが、最近、センセーショナルなことがなく……!」
センセーショナル……。
そうやって考えた結果が「フィリア様大暴走」なのかな?
「壁新聞、丁度見てきたけど……」
「本当ですかっ? そ、それで、いかがでしたか?」
「……平和だなあ、って思って良かったよ。この島って、本当にのどかで、平和で、いいところなんだなって。ムリして刺激的なこととか考えなくてもいいんじゃないかな?」
「いえ、そうもいきません」
「えっ?」
「壁新聞は識字率向上のために始めたとレオンハルト様は仰られていました。ですから、国民の興味を惹くものを必ず用意しなければならないんです」
そう言えば、そういう目的があったっけ。
なるほど。だから、「フィリア様大暴走」だったんだ……。
「うーん……そっか」
「どうすれば良いでしょう? どうか、自分に知恵を授けてください!」
知恵とか言われてもちょっと困っちゃうんだけど。
できるだけ大人に読んでもらえるようなものを書かなくちゃいけないんだよね。
うーん……。
「あっ、じゃあ、何か……続きが気になるものを用意すれば?」
「続きが気になるもの、ですか?」
「僕もちゃんと毎日読んでるけど、大体、こういうことがありました、こういう顛末でした、ってまとめてあるでしょう? そういうのじゃなくて、何か……明日も続きます、みたいな」
「なるほど! 続き物で長く関心を惹くということですね! 確かにそうすれば継続的に読みたくなりますね! なるほど、なるほど……しかし、どういった内容にすればいいんでしょう……?」
「……さあ?」
「折角ロビン殿にアイデアをいただけたのにっ……!」
「物語でも書けばよろしいのではなくて?」
「物語っ!? そ、それですっ、シルヴィア殿!!」
「ひっ……お、大声で驚かそうったって、も、もう慣れたのだからい、いいい、今さらよっ!?」
シルヴィアも変わらないなあ、あんまり。
「物語、物語ですね。……でもどのような物語にすれば……。自分には物語を書けるほどの記憶がありませんし……」
「レオンのお話とかは?」
「レオンハルト様の?」
「今はそうでもないけど、昔はレオンって……ちょっと嫌われ者みたいな感じだったんだ。でも穴空きなのにめげないで、ずっとがんばり続けてきてて、それって人に勇気を与えてくれるものばかりだと思うんだ。だからレオンについて、続き物で書いていったらどうかな?」
「なるほど……」
「チェスターさんはレオンが赤ちゃんのころから知ってるし、学院に入ってからのことは僕が知ってるし、リュカも学院を卒業してから旅に出ていた間のことを知ってるし、エノラも途中でそれに合流して、クセリニア大陸の旅が終わってからは、僕もエノラもリアンも知ってるし……レオンのこれまでの、えーと……20年だね。20年のことはこの島にいる人で、だいたい、網羅できると思うんだ」
「さすがです、ロビン殿! では早速、レオンハルト様の伝記を壁新聞で連載することにします!」
「う、うん……」
「まずはチェスター様にお話を聞いて――ああ、いや、こうなると学校の仕事を片手間にやるなんて失礼に……。よし、連載は充分に取材して資料を集めてからということにして……」
ぶつぶつとシオンが呟きながら、パピルス紙のメモ帳にどんどん書いていく。すごい早さで書いている。本当にシオンってレオンのことを尊敬してるんだな。
「あっ!」
「どうしたの?」
「あ、明日の壁新聞の内容でした!」
「……そう、だったね」
「あなたってマジメで、賢いのに……ちょっと、面倒ね」
シルヴィアに言われちゃうのはどうかと思うけど……。
結局、壁新聞に連載のための紙面が割かれることになった。そして、それを島の知識人を中心に持ち回りでやるという運びになり、第1回の担当にされてしまった。内容は何でもいいけど7日分と頼み込まれ、とりあえずヴェッカースターム大陸の風土について書き始めることにした。
後に、この連載コーナーは壁新聞コラムとしてエンセーラム王国の国民に親しまれることになる。
けれど僕はそんなの、知らなかった。あと、この1回で壁新聞コラムが終わるわけにいかないことも、分かっていなかった。




