省みるとろくに
「…………おいしい……」
だったらうまそうに食えよ、と。
カレーパンをもぐもぐと頬張る、小娘に言いたい。
どうやらちゃんと、50連敗してきたようだ。別に負けろとは言ってないが。
「んで? ちったあ変わったことあったか?」
「知らない……」
「知れっ」
「わっかんないよ、そんなの!」
「逆ギレすんな」
「おかわり!」
最後のカレーパンが小娘の口の中へ入っていく。
まあ、また作ればいいだけだ。何でもそうだけど手作りってのは2、3倍はおいしく感じる。飽きる気がしないうまさだ。油もまだまだ使えそうだし、しばらく揚げもの天国だな。
油で揚げるなんて贅沢極まりないけど、だからこそうまいってもんだよなあ。ほんとに。いやマジで。
「師匠って、何が目的で旅してるの?」
「ん?」
「家族だっているんでしょ? なのにどうして?」
「何でだと思う?」
「……愛想尽かされて、追い出されたとか?」
「はっ倒すぞこら」
「じゃあどうして?」
「色々とあるんだよ」
「色々?」
「そっ、色々」
主に好奇心とか、探究心とか、地に足着かない性分だとか。
「奥さんと子どもを残してまですること?」
「…………」
「何で黙るの?」
「……べ、別に図星とかそういうんじゃねえぞ?」
「あっ……」
「察するな! ちゃんと同意を得た上だ、俺のワガママじゃあない! 断じて!」
「ふぅーん……?」
何だよ、そのふぅーんって。
訝しむような、そのふぅーんって何だ。
「師匠って悪い意味で所帯染みてないよね……」
「悪い意味で言うんじゃねえ、小娘の分際で」
「小娘じゃなくてミリアム!」
「るっせえ、小娘で充分だ」
大体、俺を師匠呼ばわりするんなら敬意を持てっつー話だ。
俺はお前の仲良しこよしの友達でもねえのに、どうして舐め腐られなきゃならねえんだっての。
カレーパンを食いきってから小娘は帰っていった。教会の孤児院で相変わらず寝泊まりをしているということだ。本当はクルセイダー用の宿舎もあるそうだが、何か理由をつけてそっちではなく孤児院にいるらしい。
やっぱ居辛いんだろう、こいつにとっては。
「いつまで、あんなことすればいいの……?」
「ん?」
「だから、いつまでああやって叩きのめされなきゃいけないの?」
「叩きのめされる前提じゃねえぞ?」
「分かってるよ!」
「じゃあ2本に1本勝てるようになったら、次のステップいくか」
「ええ……?」
「んだよ、その顔。強くなるためにやってんだろぉ? そうだろぉ? だったら、あんな飲兵衛もどきの冒険者ぐらい、手玉に取れるくらい、最低限ってもんだろう?」
「っ……分かったよ」
カレーパンを食べ、茶を飲み、くつろいでから小娘は帰っていった。
しかし、2回に1回は勝てるようになったらどうやって鍛えてやればいいんだ?
俺の最初の戦う時の師匠はじいさんということになる。しゃにむに、あのころはこてんぱんに叩きのめされ続けていった。で、たまに小屋の裏の林で狩猟めいたものをしながら、魔物とどう戦うのかを覚えた。
それで基礎はほぼほぼ完成されたと言ってもいいはずだ。
その後にオルトと出会って、レヴェルト邸でファビオにしごかれたっけ。
いわゆる魔法戦っていう、剣と魔法を併用して戦う戦闘法をファビオに見せられ、これも毎日こてんぱんにやられまくった。第二の師匠ということになるんだろうか。
けどその後は――学院に入って、しばらくは余裕だった。
初めての剣闘大会で場外にするために魔法を使う、っていうのを味わってたまげたもんだ。あのころは魔鎧も使って、全力でやってどうにかこうにか学院の生徒に勝てるって程度の実力だったな。
でもってマティアスに本気で戦えとか言われて、剣闘大会で負けた。
負けたけどあれは場外というルールがあったせいだ。どっちかが倒れるまで、ってルールなら負けなかったはず。
それが悔しくて本腰入れて訓練を始めて、でもその時は戦闘技術よか、魔技に比重を置いたっけ。あと、魔鎧を使った時を考えて、基礎体力をつけるための、どっちかって言えば体作りのトレーニングがメインだった。そのせいで魔力中毒を発症しちゃったけど……。
でもってソルヤに魔力中毒をどうにかしてもらえはしたけども、制限つきになっちゃって、あとは――今も続けてる、型の稽古くらいのもんだよな。
こう考えると、俺と小娘は順序が完璧に逆っていうことかも知れない。
小娘はあれでけっこう、体を作るトレーニングはこなしてきていた。そこは分かってるけど、肝心の戦闘技能がおざなりすぎる状態だ。
俺は3歳のころから、体作りなんかしないで銛をぶん回して戦う訓練をしてて。
小娘はこれまでずぅーっと、実戦的な技能以外のことをやり続けてきてて。
冒険者どもを相手に50戦25勝ができるようになったら、最低限の実戦技能はできるということになる。
そこからステップアップするとなると――何をどうすりゃいいんだ?
よく分からん。
とりあえず、飲兵衛冒険者とは隔絶された強さを持つであろう、俺が相手をして叩きのめし続けるか?
よくよく考えると。
「俺って、ロクな指導されたことねえんだな……」
ひたすら、ひたすら、ただひたすらに、負け続けてきた。
ただ、その負けた相手がちょっと常軌を逸しちゃってる連中ばかりだったから良かった。果たして俺は、じいさんやファビオのようなバケモノじみた連中に並べる実力を持ってるんだろうか。
俺が一方的に本気で戦ったことはあるけど、やっぱり2人とも底知れない実力を持ってた。持ってる。
今でこそ、俺は魔技なし、相手は魔法なしなら、肉薄できるようになったものの……。
「ま、いっか」
なるようになるさ。
さんざんしごかれて今の俺があるんだ。だったら、さんざんしごけば小娘もそれなりにはなるだろう。
そう決めて、寝ることにした。
俺はこれでも一国の主にして、一家の主にして、学校の長でもあるのだ。
今さら、生意気な小娘ひとりを鍛えてやるのに頭を悩ませまくることなんてあるまい。
「――おはようございます、レオンハルトさん」
何か寝床が狭いと思って目を覚ましたら、マディナが添い寝していた。
「うおおおおおっ!? お、お前っ、何してんだよっ!?」
「朝のご奉仕に……。昨日のカレーパンのお礼です」
「いるか、ボケが」
「あら、もう用意してしまったのに」
「何っ!?」
毛布代わりにくるまっていたマントの中を、股間を見る。
見事に朝の反応をしている俺のニゲルコルヌ。でも溜まったままだろうと思われる。
「あら、下のご奉仕をした方が良かった?」
鼻孔をくすぐる、何かいい香り。
目を向けると朝食ができていた。
「……違わい」
しなだれかかってきたマディナの頭を突っ返した。
「んで、何しにきた?」
うまいメシだった。きっちり完食し、何故か一緒に食べたマディナを睨む。
焼きたてだというパンをわざわざ買ってきてくれたらしい。それと、何かの肉を焼いたのと、ちゃんと味のあるスープを作ってくれていた。
ちなみに俺は戸締まりを完璧に忘れていたようで、あっさり家宅侵入されたらしい。
「ですから、お礼と」
「カレーパンのお礼が、これ? あっそ、ありがとよ。じゃあもう貸し借りなしだ、帰ってくれ」
「これはわたしからの個人的なお礼です」
「個人的な、ね……」
「カレーパンを父に食べていただきましたの」
「は? ああ……昨日、持たしたやつ? ふーん、悪魔の食いものってか?」
「まさか。是非とも、父があなたに会いたいと」
「ヤなこった」
「わたしは父を尊敬していますの」
「ん?」
「その父が、あなたに会いたいと仰ったのに、父のところへお連れできないとなると……」
「何だよ? 強硬手段ってか? やれるもんならやってみな」
「あなたが父に会っても良いと仰って、ともに教会へ行ってくださるまでは、傍仕えするしかありませんね」
「は?」
「ご安心してください。食費など、わたしにかかるお金は全て自腹で出させていただきますから」
「おい待て、勝手に決めるな」
「それではよろしくお願いいたしますね」
マディナが俺の拠点に住み着いた。




