市場調査とビッチな方の小娘
「ここなら、一月で銀貨5枚でいいよ」
「んー……ま、いっか。んじゃあ今日から頼むわ」
「それじゃあ先払いね」
「先払いかよ」
帝都レギルスに仮暮らしの家を借りた。
いわゆる下町と言われるようなところだ。帝都レギルスは高低差のあるところへ築かれた都で、自然と高いところは地価が高くなり、低いところは安くなっていた。お城だの教会だのがあるとこは、もちろん物理的に高いところにそびえている。
俺はここを拠点にレギルスの市場調査と並行し、小娘を鍛えることにした。
一応、小娘がここへ来たのはヘスティア山とかいうのに侵入した俺をしょっぴいてきた、という名目で、先だって連行するという通達は出してしまっていたらしい。ので、それは誤りだったという面倒臭いことこの上ない申し開きをした。かなり、めんどかった。でもことなきを得た。
そのついでに赤魔晶をもったいないがひとつ小娘へくれてやり、ヤマハミを倒したという手柄をでっちあげさせた。そうしないと、またとんぼ返りをしなくちゃいけないらしかったので必要な措置だ。
ああ、俺の財産が……。
結果、めちゃくちゃ訝しがられつつも小娘は巡視守護だとかいう任は解かれ、別の任務を与えられたそうだ。レギルス勤務の。
だから後は、時間を見つけてしごき倒してやりゃあいい。数日は異動に関するあれこれで忙しくなると小娘に言われたから、それが済んでからになるが。
なので。
拠点もゲットしたことだし、俺は早速レギルスへ繰り出した。
まずは下町から。ここには一般庶民が多く暮らしている。どこかの商会で働いてるだとか、何かしらの職人だとか、そういう人が中心のようだ。思いきり居住区なのだが、ちらほらと飲み屋があったりもする。
夜になったら覗いてみよう。食文化は重要だ。超重要だ。
でもって何か持ち帰れそうなもんがあれば見繕おう。そのためには自分の舌で巡り会わねば。決してうまいものをただただ食べたいという理由じゃあない。
あくまでも、国のためだ。国民のためだ。
俺はそのための調査にここへ来ているのだから。
さてさて、この下町は集合住宅まみれだ。2階建て、3階建ては当たり前。4階建てまである。そういう住宅がたくさんあって人々が暮らしている。
ちなみに俺が入居を決めたのは4階建ての最上階だ。ちょいと階段は狭いし、一段ずつが高めだから上がっていくのは面倒臭いがそこは目を瞑ろう。エレベーターもエスカレーターもないのは仕方がない。
「けっこう、入り組んでるな……」
下町を歩き回り、思わず呟く。背の高い建物が無作為に建てられているようにさえ思えてしまうほど乱立をしている。お陰で何だか現在地が分からなくなりそうになる。ただでさえ土地勘がないから、すぐに迷子になりそうだ。今だって、無事に入居できた拠点まで帰れるか分からなくなっている。
……いや、別に俺は迷子にはなってねえけど。
「……ちょいと、ちょいと、下町を出るにはどう行けばいい?」
「ああ、そんなら、そこの道をまっすぐ行って4番目の角を左から2番目に曲がればいいから」
参考程度に聞いただけで、全然、俺は迷子になんかなってない。
しっかし、左から2番目て――と思いつつ、そこに遭遇する。5股な道路とか、この世界来てから初めて見たわ。なるほど、左から2番目ね。
長めの坂道を上り、両脇の建物からようやく抜け出る。
するとお日様がバシッとぶつかってきて眩しかった。物理的に下町で、集合住宅だらけで日陰が多かった。それでも陰惨な雰囲気がないのは良いが、やはり日光は大切だ。
下町を出れば市民の憩いの広場があったり、行政の建物があったり、あとは色んな店があったり。最初にレギルスへ到着した時はただ通過しただけだったメインストリートへ向かってみた。
ちょっとお茶できるような店もあったし、がっつり食事をいただけちゃうようなレストランが合間、合間にある。それ以外はやれ貴金属の店だとか、やれ服屋だとか、そういうのが目立った。試しに宝飾店へ入ってみると、なかなかすげえ、ごってごてしたのも取り扱われていた。
話を聞いてみれば、どうやらこのヴラスウォーレン帝国にはいくつかの宝石なんかの産地? まあ、採れるところがあるようだ。金鉱とかもあるらしい。そんなもんで宝石や貴金属が自慢だそうだ。
砂糖と枝豆しか自慢のない俺の国とは大違いだな。
資源。資源って、やっぱ大事だ。
何かあったりすんのかなあ、あの島には。
ここで食べられてるものは、パンやイモが中心だ。小麦がよく採れるらしい。どうやらこのレギルスでは下町の住人も普通にパンを食えているようだが、乗合馬車で通過してきた町や、シモンのとこでもてなされた感じからするに貧富の差が激しい。
地方は食べるものがないのに、ここには色々なものがあり、しかも栄えている。
一極集中。
それって大丈夫かと思わないでもない。
「あら、レオンハルト様。ご機嫌いかがですか?」
小麦の値段を一軒ずつ回ってチェックしていたら声をかけられた。マディナだ。
「……暇なのかよ?」
「ええ、少し。レオンハルト様、何をしていらっしゃるのですか?」
「別にぃー?」
「買うわけでもないのに、色々とお店を回られているようでしたけれど」
「……見てたのか?」
「その黒い槍は目を惹きますし? レオンハルトさんの自前の槍も……味わってみたいですけれど」
「10年後に出直せ」
「そんなこと言わずに。きっと……満足できると思うなあ?」
腕にしがみつかれた。本格的に痴女だな、こいつ。いやビッチとでも言った方がいいのか?
何にせよ、俺のストライクゾーンには入らないしエノラもいる。素敵な尻尾でも生えてれば揺れただろうが。
「そんなに欲求不満なら娼婦にでもなれよ」
「誰にでもこんなことしないのよ?」
「あっそ。じゃあ俺以外に見繕うことだな」
引き剥がしてまた市場調査を再開するが、何故かくっついて来て横を歩かれる。
「ついて来るな」
「どうして?」
「うざい」
「ふふっ、そういうところがすごく……そ・そ・る」
耳元にふうっと息を吹きかけられると、おおぅふ、となる。
「やめろっつーの!」
「ふふっ」
完全に楽しまれてるな。
何でつきまとってくるんだ、この女。
いいさ、無視してやるさ。そんだけさ。
さてと、お次は甘味調査だな。お砂糖ちゃんのお値段はどうなってることやら。砂糖ならそうそう悪くもならないで運ぶことはできるだろうけども、あんまり需要がなかったり、むしろ供給過多になってるとこに売りつけにくるってのも難しい。
と、まあそんな具合で砂糖を見つけて、値段をチェック。手の平に握り込めるサイズの容器入りで、銀貨10枚。お高い。家賃2ヶ月分。なるほど。
せめて、これに競り勝てる値段設定をしなくちゃいけないわけだから、そう考えるとビミョーだな。エンセーラム諸島から、このラサグード大陸のヴラスウォーレン帝国帝都レギルスまで、どれだけの時間がかかるんだか。輸送費もバカにはならねえし、どうしても難しいかもなあ。
「甘いものがお好きなら、教会へいらしてくれればご馳走しますのに」
「いいからどっか行け」
とりあえず砂糖を買い、その場で舐めてみた。
うん、まあ、砂糖だな。何で作った砂糖なんだか分からねえけど、正直エンセーラム砂糖の方がうまい気はする。だけど輸送費のせいでどうしても価格は引き上げなきゃいけなさそうだし、むずいかねえ。
砂糖をチェックしてから、スイーツ調査に入ろうとしたがどこまでもマディナがついて来そうな感じがしてやめた。下町の拠点へ帰る間も、くっついて来た。
「おい、どっか行けって言ってんだろ」
「もうちょっとくらいいいでしょ?」
「……やだ」
「どうして?」
「俺の住んでるとこ知られたくない」
「じゃあ尾行するからいいわ」
さらっと言われた。
舌打ちをしてから全力ダッシュで撒いた。
正直、下町は入り組んでて迷子になりかけたが、とりあえず走りまくって、さんざん迷子になってから帰り着いた。これだけ迷ったんだから尾行なんかできなかっただろうと悦に浸りながら、明日は家具でも揃えようと考えていたら。
コンコン、とノックの音。
「レオンハルトさん、もっと良いところにお住みになったら?
そうだ、わたしがどこか紹介して差し上げまして――ちょっ、どうしていきなりお閉めになられるのっ!? ねえ、ちょっと? こんな仕打ちってあんまりじゃなくって!?」
ドアを開けてそこに立っていたマディナを見て、速攻閉めた。
何度かノックされたが無視を決め込んだ。
よもや、男の俺がストーカー被害に遭うだなんて思ってもなかったぜ。
まあ何かされても、力ずくでどうにかできそうな感じだからいいんだけど。




