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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#5  穴空きと獣人蔑視
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魔法のせんせー



 平穏無事に、入学して半年が経ってしまった。

 今日も下らない嫌がらせはあったが、俺が歩いてる先の床を泥に変えていたバカ野郎がいたので、その泥を蹴って跳ねさせてやると憤慨して挑発してきたので、ボコボコにしてやった。相変わらず手応えはなかったが、またひとり、バカを懲らしめたから気分は悪くない。


「ただいまーっと」

「おかえり、レオン」

「ロビーン、きょうも、もふもふ――うぷっ」


 クッションを顔に投げられた。

 魔法士科の制服を着たまま机で何やらやっている。魔法士科の制服は、騎士科とは対照的に黒を基調としている。縁取りはミステリアスなパープル。それでもてらてらしているビロードみたいな生地が使われている。騎士科はやたら裾がひらひらして、襟の高い上着を着用するが、魔法士科は色違いのズボンとシャツの上にローブだ。


「勉強中はダメだよ、レオン」

「……ちっ」


 クッションを投げ返すとロビンは片手でキャッチした。ベッドに腰掛け、泥に汚れた制服を脱ぐ。ちらとロビンがこっちを振り返ると、少しだけ目を伏せた。


「また、嫌がらせされちゃったの?」

「やりかえしたからもんだいなし、オールオッケー!」


 しかし、泥は落とすのが面倒臭そうだ。すでに乾いていたから、窓を開けて叩いて落とす。

 騎士養成科は、オルトも言ってたが(物理的に)小さい貴族どもの巣窟だ。徒党を組んだり、弱者を虐げたりと、弱肉強食とばかりに好き勝手にやっている。派閥めいたものもできて、たまに対立もある。

 俺はそういうのと距離を取っているが、腕っ節の方はすっかり周知されているから、たまに取り込もうとしてくる。


『レオンハルト、いや親愛の表現でレオンと呼ばせてくれ。どうだろう、僕と一緒に組んでみないか? いくら腕が立っても穴空きの身ではやりにくいこともあるだろうから。ついては、キミが僕と組むからには、ひとつやってもらいたいことがあってね』


 なんて、のらりくらりと言ってくるアホがいる。

 これに安定の無視をかますとむっとするが、お友達のマティアスが最近は追い払ってくれたりすることもある。


『カノヴァス家であるこの僕の友人を、安い誘い文句で勧誘するとは気は確かか?』


 なんて言ったりして。

 あとは勝手に対立して、俺は蚊帳の外だ。


 マティアスは俺にはあっさりだったが、初日で10人程度の手下を作れるくらいには有力な貴族で、腕っ節も割と立つ方だった。それに俺がさっぱりな座学の方も優秀で、たまに分からないことを尋ねるとすらすら答えてくれる。その場の思いつきだったが、良い関係に落とせたと思う。



 粗方の泥を落としても、白い制服に汚れは酷く目立つ。この白さを保つことが、騎士としての高潔さに繋がる云々と誰かが言っていたが、俺のはもう茶けてきているくらいに汚れてしまった。いちいち洗うのも面倒臭くて、めっきり洗わなくなってきたのもあるが。ともあれ、さすがに泥の汚れをそのままにはできない。


「ロビン、このしたで、これあらうからみずたのんでいい?」

「うん。じゃあ、準備できたら呼んでね。窓開けておくから」


 楽な格好へ着替えてから、ズボンとタライだけ持って寮の建物を出た。部屋の下へ着いたところでタライを置いてロビンを呼ぶと、窓から顔を出してタライに水を張ってくれる。そして、洗濯板でごしごしこする。洗濯機がほしい。スイッチポンの快適さが懐かしい。



「おーい、レオ」


 じゃぶじゃぶと洗っていたら、寮の魔法士科の先輩に声をかけられた。顔を上げると、先輩の後ろに――魔法士科の講師。そうと分かったのは、彼女もローブを着ていたからだ。妙齢の、猫耳獣人。


「フォーシェ先生がお前に用事らしいぞ。先生、あれがレオンハルトです」

「ええ、ありがとう」


 先輩が寮に入っていくと、俺とフォーシェ先生だけが残される。

 騎士科の俺に、魔法士科の講師が用事とは一体何なのか。黒い長い髪をしていた。尻尾はゆらっゆらっと気ままに揺れている。


「制服、どうかしたの?」

「ちょっとよごれて。それより、なんかようですか?」

「あなたが魔力欠乏症だって聞いて。あ、自己紹介をしていなかったわね。ヨランド・フォーシェよ」

「レオンハルト・レヴェルトです。あ、レヴェルトはこうけんにんに、なまえを――」

「それは知っているわ。オルトヴィーンとは同期なのよ」


 オルトの知り合いか。てことは、三十路前だな。

 これくらいの年齢はやっぱ女らしさに満ちあふれてていいよなあ。独身だとしたら、この世界だとけっこう行き遅れみたいなもんだが。



「おれがあなあきだとなんなの?」

「そう卑下しないでちょうだい。魔力欠乏症の研究をしているのよ。それで、元気な魔力欠乏症の子がいるって耳にして」

「げんきな……ね」

「元気っていうより、やんちゃって言い直した方がいいかしら?」

「……ははは」


 笑っておく。そんなに有名になっちゃってるのか? 困っちゃうなあ。

 今はまだタメのヤツらからしかちょっかい出されてねえけど、上にまで目えつけられたらもっと面倒臭くなりそうだ。ま、いずれはそうなるのもやぶさかじゃないが。


「あなたは、魔法が使えないのよね?」

「まーね」

「……使ってみたいと、思う?」

「まほうにくわしいしりあいにおそわって、ダメってわかってるんだけど……」

「でも全ての方法を試したわけではないでしょう? あなたにとっても、悪い話じゃないと思うの」


 フォーシェ先生は膝を折って、俺と目線を合わせてくれている。

 ズボンをこすって洗い、どうしたもんかと一考。


 まあ、使いたいっちゃあ、使いたい。

 だけど今のところはそこまで不便してないのも事実だ。魔力の才能もないと分かっている。だというのに、また一縷の望みをかけるっていうのも、何かなあ……。



「おれ、さいのうもないよ? ほーしゅつべん、っていうの? あれもさっぱりだから」

「やりがいがあるというものだわ。あなたの担当教官はどなたかしら?」

「エジット・ベタンクール……きょーかん」

「ベタンクールさんね。魔法の授業の時に、あなただけ抜けてわたしの研究室へいらっしゃい。ベタンクールさんには話を通しておくわ」

「いや、でも――」

「そうそう、コルトーくんにセクハラしまくっているんでしょう?」

「えっ?」

「……そんなに、獣人が好きなら、わたしの研究室にはいいコがいるわよ?」

「…………おれはそんなはれんちじゃありません」

「目が泳いでるわね。ふふっ、いいからいらっしゃい。どうせ、何もしていない授業で暇でしょう? お茶をしにくるだけでもいいわよ」


 フォーシェ先生がさっと指を振ると、タライの中の汚れた水が蒸発するように消えた。かと思うと、新しい水がそこに満たされる。そうしてから、にこっとほほえんで、彼女は去っていく。



 ……まあ、お茶しにいくだけでもいいなら、やぶさかじゃない。



 そんなわけで翌日、早速、魔法の授業がある時に抜け出した。一応、マティアスには一言だけ告げて、フォーシェ先生の研究室を目指した。

 岩山をくり抜かれた学院はかなり広く、上にも下にも無限にあるんじゃないかと思えるくらいだ。体力をつけるために、と騎士養成科は山の上の方。魔法士養成科は下の方に教室を構えているので、ここを移動するのはなかなか手間だ。行きはよいよい、帰りは云々――といった具合で。


「こんちゃーす」


 で、フォーシェ先生の研究室を見つけて入ってみる。

 そこは魔法の研究室というより、化学室みたいな空間だった。ぽこぽこと気泡が浮き上がってくるフラスコもあるし、三角ビーカーの中に得体の知れない七色に変色する液体も入っている。それに、ものがごちゃごちゃしている。


 中へ入っていくとフォーシェ先生は分厚い付箋だらけの本を読みながら待っていた。俺に気がついて顔を上げると、栞を挟んでぱたんと閉じる。


「待っていたわ、レオンハルトくん」

「……獣人は?」

「あら、残念。この時間は、わたしの研究室の子は別の授業中ね」


 はかられた気がする。

 しかし、含み笑いをしながらフォーシェ先生は彼女の近くの椅子を示した。そこへ座る。



「まずは、あなたの状態を確かめさせてくれる?」

「じょーたい?」

「穴空きの魔力欠乏症だって聞いているから、それがどんなものなのか、わたしに感覚で確かめさせてちょうだい。変な感じがしたら言ってね。手を出して」


 言われるがまま、手を出す。と、あったかい魔力が俺の中へ入り込んでくるのを感じた。前にソルヤに回復魔法をかけてもらったのと同じような感覚だが、あの時は極楽だったのに、今度はただあったかいだけに感じる。


「……けっこう、ひどいわね」

「そうなの?」

「……じゃあ、これを持ってくれる? それで、握り締めてみて」


 さっと彼女は手を放し、今度は宝石みたいなものを俺に渡した。あんまり透き通ってるものじゃない。磨かれる前の原石ってやつなのかも知れない。観察はほどほどにして言われた通りに握ると、これも魔力を持っていて俺の中へ入ってきた。


「これは魔石と言って、魔力を蓄える性質があるのよ。魔力を感じられるかしら?」

「うん」

「じゃあ、それが感じられなくなったら教えてちょうだい」

「りょーか……い? あれ?」


 話している内に、魔力を感じられなくなった。


「なくなった?」

「なくなった」

「……ちょっと見せて」


 魔石を返すと、それを光に透かしたりしながらフォーシェ先生が眺める。

 それから引っ張り出した紙に、何かを走り書きし始めていく。医者の診断待ちをしているような気分だ。おあつらえ向きに近い距離で椅子に座っちゃってるし。暇だから、ぐるぐる回ってみる。回転する椅子ってのは久しぶりだ。前世ぶり。くるくるしていると、目が回りそうになってやめた。



「程度は4ってところね」


 やがてぼそりと呟いたフォーシェ先生。


「4って?」

「魔力欠乏症のね、症状の度合いを個人的に表しているのよ。レベルみたいなものね。1から5でまとめているのだけど、1はかなり軽い症状よ」

「1から5で、4ってことは――」

「5は、完璧に魔力を流しちゃうレベルで、4はその手前だからかなり重篤よ」

「……ちっ」

「何人か、あなたのような人を調べてきたけれど、3以上は初めてね」

「そのひとたちって、よくなったの?」

「……いえ、残念だけれど改善はできなかったわ。でも、もう少しのはずなのよ……」


 羽根ペンを持ったまま、フォーシェ先生が自分の爪をかじる。よく見れば、彼女の爪はボロボロだ。噛み癖か。たまにロビンも爪を噛んだりしてたな。獣人はこれを癖にしちゃうやつが多いのか?



「……もう何回か、やってもらうわ。魔石にまた魔力を溜めるから、少し待ってちょうだい」


 フォーシェ先生は考えごとを中断してから、俺の消した魔石を握り締めた。

 結局、何も変わらぬままに一コマ分の授業時間が終わって、また魔法の授業の度に来るようにと言いつけられた。果たして、何か変わるのだろうかと少し不安はあったが、ダメ元で通ってみることにした。



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