馬車の旅は歌と出会いと
さんざん叩きのめされ、小娘はすっかり消沈した。
俺を罪人呼ばわりしていた時のあの意味の分からん自信も全て綺麗さっぱり吹き飛んだようだ。
馬車へ乗り、帝都へ向かう道中ではずっと膝を抱えて座っていた。
さすがに1日でただの飲兵衛にしか見えないような連中に、いいように小遣い稼ぎの的にされちゃあプライドをへし折られたか。ついでに元々、偉っそーな感じだったのはコンプレックスがゆえの虚栄心めいたものだったのかも。それを無惨に突きつけられちゃってショック――て感じなのかね。
小娘じゃあ、仕方ない。
馬車は乗り合いのもので、各村や、各町を繋いでいて知らない人同士がどんどん乗る。バスのような感覚だ。馬車そのものも大きくてけっこうな人数が乗れるようになっている。
小娘が塞ぎ込んでると俺は途端に暇になってしまうので、馬車の後ろのヘリ――荷馬車みたいに後ろから乗るようになっていた――に座って足を外へ投げ出し、リュートを鳴らして過ごした(そうしてるとバスに乗ってるよりもトラックっぽいものへ乗ってる感覚に陥った)。
馬車そのものは多いが、けっこうな人口密度だ。最初は文句でも言われりゃしねえかとも心配したが、この世界、やはり音楽のできるやつは――そして楽器を持っているやつも――貴重なようで、何の気なしにぽろろんと弦を弾いただけで熱っぽい期待の眼差しをいただけてしまった。
そんなわけで、旅の歌ということで即興で、故郷に残した嫁さんと娘は元気でやってるかなあ、というような歌を披露しておいた。
旅の身空で苦労もあるが約束したし帰るから、ちゃんと帰ってきた時にお小言はこぼさず喜んでおくれよ、と。ついでに娘にお客様対応をされなきゃいいなあ、と。
想定していたよりノスタルジーなものに仕上がってしまい、馬車の中をしんみりさせたのは正直すまないと思う。だから次は明るい歌を口ずさんでおいた。
これも旅の歌ということで、だけど知らないものを探しにいこうぜと前向きで朗らかなものだ。俺の結婚式の時にやって来た旅の楽士から教わった歌だった。
町に着く度に馬車を乗り換えた。夜になると馬車は停まり、外に出て寝るも自由、人口密度を我慢してそのまま寝るのも自由。朝になったらまた出発をする。馬車の移動速度はそう速くなく、歩いても余裕で並走できるので体を動かしたくなりゃあご自由にどうぞというような感じだ。
そんな馬車の旅だった。
シャノン教が盛んなようで、巡礼者用にわざわざ各地の道を整備して乗合馬車を利用させているらしい。
あんまり女神シャノンとやらに好感は持ってなかったが、こういう施策は素直に賞賛できる。ディオニスメリアじゃあ旅人なんてそう多くなかった。生まれた土地で一生を終えるのがほとんどだった。
エンセーラム諸島にもこういうのを奨励する何かをやってみようかと考えたが、旅をするってほど広くもねえやと思い至ってやめておいた。1日で全部の島を渡り歩くのはさすがにムリだが、2日もあれば徒歩と泳ぎで見て回れてしまう。バイクなしのトライアスロンもどきでも開催しようかと代わりに思い浮かんだ。国民の健康は大事だもんなあ。
そして、帝都レギルスの手前の駅に到着した。乗合馬車でも、そこが来るのは駅なのだ。電車じゃなくても駅なのだ。ちょっとアレだが、まあいい。
「次が……明日の朝か。こりゃ一泊だな。宿行くぞ、小娘」
「うん……」
すでに小娘はクルセイダーの鎧もつけていない。全部、荷物の革袋と一緒にしてしまっているから、格好は乗合馬車でもたくさん見た巡礼者とやらと区別がつかない。
剣だけは長いし、荷物と一緒にするのもできないしで腰に吊っているが。
「ねえお兄さん」
「んっ?」
宿はどっちだと軽く周囲を見渡していたら声をかけられた。くすんだ茶髪の、何だかすげえにこやかなやつ。俺より若そうだが、小娘よりかは年上に見える男だ。少年と言ってもいいかも知れない。15歳で成人の世界だけども、こいつは成人――してるんだろうか?
「お兄さんの歌、ずっと馬車で聴いてたよ。楽しかった、ありがとう」
「おう、こっちこそありがとよ。うるせえって文句つけねえで」
「そんなこと言わないさ、誰も。それより、宿屋を探してるの? 良かったらさ、僕の家がここにあるんだ。泊まっていってよ。歌のお礼さ」
気のいい若者じゃねえか。泊まっていってくれ、なんて今時珍しい。無警戒なのはちいと危険じゃあるまいかとも思いつつ、どうしたもんかと考える。まあ金を使わないに越したことはないが、よそ様の家に泊まらせてもらうんじゃあ気も遣わせちまうよな。
向こうは俺の歌を聴いてたとか言うくらいだからいいだろうが、俺はこいつをよく知らねえし。お貴族様のところに泊まるってんなら遠慮なんて別にしねえけど、きっとパンピーだろう? だとするとなあ……。
なんて考えてたら、若者が手を合わせた。
「お兄さんの歌、もっと聴かせてくれればお礼とか本当にいらないんだ。どうっ?」
…………ふむ。
「そこまで言われちゃ仕方ねえなあ。オールナイトライブをしてやろう、今夜は寝かさねえぜ?」
「本当にっ!? やったね、お兄さん、ありがとう! あ、僕はシモンって言うんだ。お兄さんは?」
「レオンハルト。レオンでいいぜ」
「分かった、レオン。それと……キミは?」
シモンが小娘へ尋ねる。
と、まーだ何やら機嫌の良くない小娘はむすっとした顔のまま、ぼそっと答えた。
「ミリアム」
「ミリアムだね。さ、こっちだよ、僕の家。あんまり大したおもてなしもできないんだけど、自分の家みたいに遠慮しないでいいから!」
意気揚々とシモンが歩き出し、ついていく。
見たところ、シモンはそう大した荷物を持ってはいない。どこで乗合馬車へ乗ってきたかは分からないが、近い距離――せいぜい一駅か、二駅程度しか乗ってはいなかったんだろうか。
なんて観察してたら、パッと俺を振り返り、後ろ歩きをしながらシモンは喋り出した。
「僕、隣の町に出稼ぎへ行ってて、10日に1日だけこっちへ帰ってくるんだ。ここは僕の生まれた町なんだけど、父さんが最近、病気になっちゃって。クルセイダーに祈術で癒してもらいたいんだけど、なかなか手が出ない金額だし――って考えていたら、いい働き口を見つけられたんだ。ちょっと大変だし、住み込みだからあんまり帰っても来られないんだけど。帰ってきたら、また仕事に行かなくちゃいけないでしょう? それが憂鬱だった時にレオンが歌っているのを耳にして、何だか元気が出てきたよ。あれは何ていう歌なの? ほら、ええと……元気にしてるかなあ、って歌ってた」
「ああ、あれは即興。別に名前とかないんだけど」
「そうなの? へえー……だけど僕、何だか耳に残っちゃって。父さんが元気かなって」
ぺらぺらぺらぺらと、シモンは話し出す。
けっこうおしゃべりなやつらしく、訊いてもないのに喋りまくる。
色々とはしょり、シモンが悲壮感を感じさせずに喋ったのはこんなことだった。
昔は両親と兄とシモンとで4人仲良く暮らしていたそうだが、今は家族は父親だけだとのこと。母親は数年前、町に入ってきてしまった魔物に食い殺されたらしい。その時にシモンの兄貴が父親と母親を守ろうとしたらしいが、深い傷を負って、それが原因で死んだんだとか。だが、父親は生き残った。
シモンはその時はまだ小さくて、夜に起こったことだから寝てしまっていたそうだ。で、朝になってから母親が食い殺されていたことと、夜中の死闘で兄貴が死にかけていたことを知った。
そんなトーンで話すなよ、とついつい言いたくなるほど重い話だったがシモンの中では決着が着いているようで悲壮感はさっぱりなかった。何だかんだで、兄の奮闘のお陰で父も生きていて、生かされたのだから前を見据えていなきゃあダメだろうと。
そういう逞しい結論があるらしい。
最近の若者はしっかりしてるな。――俺も、肉体的な年齢だけなら最近の若者なんだろうけど。
「さ、ここが僕の家だよ。どうぞ。父さーん、ただいま! お客さんを連れてきたんだ! おーい!」
シモンの家は想像していたよりも、ずっとボロかった。
ラサグード大陸はけっこう北方の大陸だから寒い。まだ雪の季節ではないようだが、風の冷たいところだ。だと言うのに招かれた家の壁はすきま風がヒューヒューと音を立てているし、見た限りでは2間しかない。ちなみに木造。
ちょっと既視感を抱いてしまう、ボロっちい小屋みたいな家だ。
逆に落ち着くかも知れない。おかしいな、俺は立派な宮殿まで(まだ未完成だけど)持ってる身だと言うのに、こういういかにもなあばら屋に何故かシンパシーを抱いてしまっている。育ちのせいか。きっとそうだな。
まあ嫌いじゃない。飽食するしか能がないより、貧乏を知って親しんでるくらいの方が王様ってやつにしても良いだろう。貧乏性だっていいじゃないか。散財しちゃうより。うん。自己肯定、完了。
「さ、どうぞどうぞ。中でくつろいで。僕は水を汲んでくるからちょっと外すけど」
「ん? 水を汲むって?」
「ああ……あのう……僕ってね」
重たい身の上話はよどみなく喋っていたのに、シモンはそこで初めて少しためらいがちになった。
「魔力欠乏症、なんだ……」
レオンハルトとして20年生きてきて、初めて俺は同類に出会った。




