132の敗北
「師匠、剣を買ったの?」
「安物だけどな……。ま、予備ってことで」
新しく買った剣は銀貨2枚だった。ヴラスウォーレンという国の金は、ヤマハミの牙を1本冒険者ギルドで売って手に入れた。何と、売却額は金貨9枚だ。
ついでに冒険者ランクがDに上がった。牙1本でDに上がっちゃうんじゃあ、どうなることやら。ていうか、俺、あんまり冒険者ギルドで依頼とかやってなかったから、ランク低いままだったんだな。忘れてた。
角や赤魔晶なんか売ったら、いくらになるんだか。
「何遍でも言うけど、俺は剣よか槍の方が得意なんだからな?」
「もう何遍も聞いた」
「んじゃ、少なくとも剣使う俺よかぁ、強くならねえとなあ? クルセイダーさん?」
「っ……師匠って意地悪ね、そうやってすぐに勝ち誇って」
「お前が頼み込んできたんだろうがよ。いいんだぜ、別になーんも教えてやらなくても」
「ごめんごめん、ごめん師匠! 教えて!」
「タダじゃねえかんな? 何かあったら、容赦なく金も巻き上げるし、馬車馬みてえにこき使ってやるからな?」
ちゃんと宣言だけしておいて、稽古をつけてやった。
何というか、教わった型通りのことはちゃんとやれてるけど――柔軟性がない。色々、硬い。動きもぎこちないし、余計な力が入りすぎてるし。とんでもなく実戦慣れをしていない。
「お前さあ、剣教わったには教わったんだろ?」
「教わったけど?」
「そん時に、こうやって打ち合ったりはしなかったのか?」
「なかったよ」
「……何で?」
「だってケガしたら大変じゃない」
アホかと声を大にして言いたい。
こいつは実戦慣れどころか、試合というものさえしたことがなかった。模擬戦も、なし。
そりゃあ弱っちいはずだ。競ったことが一度もなかったわけなんだから。
とは言え、どうも教えた側にも問題があるような感じだった。これまた、小娘出身の孤児院でクルセイダーになれそうな見込みがあるやつだけを集めて剣を教えていたようなのだが、その時に試合も、模擬戦も、一切を禁じられていたようだ。
教える側がそれってどうなんだと本当に思う。その理由も、小娘は知らないそうだし、疑問に思ったことさえなかったらしい。ただ、ケガしたら大変だからなんだろうな、と勝手に解釈したそうだ。
アホかと、心底から叫びたい。
「お前もう、素振りとかしなくていい」
「どうして?」
「あと、えーと……帝都? そこ行くのに、期限とかあるのか?」
「特にはないけど、そんなに長いことかけるわけにはいかない感じよ」
「……んじゃ、とりあえず3日だな。冒険者ギルド行って、依頼出してこい。1本、銅貨4枚で、模擬戦をしてくださいって。3回でつまみ一品、9回でエール一杯飲めるとなりゃあ、わんさか小遣い稼ぎに来るだろ」
「え?」
「でもって、3日間。1本勝負をしまくってもらえ。以上、ほれ、行け行け。
それとも? この師匠様の言うことが聞けねえってかあ?」
ぶっちゃけ、俺、剣教えるとかムリだし。
ていうか、そもそもができてねえ状態じゃあ、俺が何をしたってムダだ。
そういうわけで小娘を酒飲み冒険者どもに揉ませることにした。エロい意味じゃなく。まあ、エロい展開に持ち込まれそうになっても自分でどうにかしろと言いたい。
何たって、クルセイダー? 女神の盾? そういうやつなんだから、自分の身と貞操くらいは守れるだろう? さんざん偉そうにしてたんだ。
――と、見守り出して半日。
同じ冒険者に早々に10回も負け、銅貨40枚を小娘はぶん取られた。ちなみに、金についてはまた泣きつかれ――ついでに人でなし、背教者、意地悪、家庭を顧みないダメ男とかずけずけ言われて精神的ダメージを与えられ――たので帝都に到着してから、全部きっちり清算するということにして、旅費は立て替えてやることにした。
だから、この特訓にかかる費用も、きっちり後で回収する。色もつけてもらうつもりだ。
何たって、俺は離れちゃあいるが一家の大黒柱にして、一国の主。
金にルーズだと、色々とアレだろう。うん。ケチにやるのさ、俺は。緩める時は緩めるけど、メリハリつけりゃあいいってもんだ。
さて、金の計算を頭の中でしている内に小娘は100連敗を達成して弱音を吐いた。
中にはちょっといい勝負をするようなやつもいたが、小娘は見事に負けた。日が暮れ、小遣い稼ぎのためにぞろぞろと酒飲み冒険者が群がっている。
だが、小娘はと言えば。
「もうムリ……。わたしなんてどうせどうせ落ちこぼれなんだよ!」
もろいやつ。
すっかり叩きのめされ、負け尽くしていた。
「立てよ、まだ終わってねえぞ?」
「ムリだよっ、ムリムリムリっ! こんなことして、強くなれるはずないじゃん、師匠のバカ!」
逆ギレですかい。
ため息をつきつつ、首根っこを掴んで無理やり立たせて、次の酒飲み冒険者の方へ蹴って送り出す。
「どんなことしても強くなりてえんだろ?
だったら、指一本動かせなくなるまでやれよ」
俺は別にスパルタじゃない。
ただ、こいつが言ってたことを思い出せてやっただけ。
泣きながら小娘は剣を振ったが、それからさらに32連敗した。キリがない酒飲み冒険者どもには、また明日と告げて宿に連れ帰った。小娘の部屋に放り込んでやると、すすり泣く声がずっと聞こえてきた。
それでもいつの間にか泣く声はやんでいた。
にしても、どうせ落ちこぼれ――ねえ。
俺は見る目なんて分からないから、そんなの分からねえから訴えてもムダだっつーのに……。
まあでも14歳の小娘じゃ、仕方ないもんなのか?
「おい、起きろ」
朝になり、小娘の部屋に踏み込んだ。昨日してやられた泥だらけのまま、小娘はベッドで寝ていた。手首を掴んで引っ張って、ベッドから落とすとようやく目を覚ます。
「っ……師匠……?」
「朝飯だ。でもって、今日は朝から晩まで、昨日と同じこと」
「やだ……」
「あ?」
「やだ」
「何で?」
「だって意味ない……」
「意味がある、ないを決めるのはお前じゃねえの。
それとももうやめるか? 俺はいいぜ? 別にお前がうっせえから面倒見てやってんだし、途中で放り出そうが引き止める義理もない」
「……やめる」
「あっそ……。んじゃ、132敗、かけることの銅貨4枚だから……528枚。銀貨10枚と、銅貨28枚だな。ここに色をつけてもらって、銀貨11枚だな、昨日の勉強料は。帝都着いたら、昨日と今日の宿代にこいつも追加で払ってもらうぞ。
でもって、俺のことはもう二度と師匠と呼ぶなよ、小娘。ほら、分かったらメシ食って出発だ。分かったな、負け犬小娘クルセイダーさん?」
さっさと部屋を出て、食堂に行った。
パンと味のないスープ。食べながら待ってても一向に小娘が来ないから見に行ったら、また泣いてた。
「食わねえんなら朝飯もらうぞ?」
「……何で?」
「ん?」
「何でっ……何で、わたしにこんな仕打ちするの? あんなの、意味ないでしょ? なのにっ……しかも、何、負け犬小娘って、バカにして!」
泣きながらキレられる。
「楽しいの? そうやって、わたしのこと……傷つけて!」
「色々勘違いしてるみたいだけど、お前――」
「勘違いって何、あなたがやったことってそういうことでしょ? 違うなんて言わせないから!」
「うるっせえな。そんなだから小娘なんだろうがよ、ボケが」
「っ――」
「泣けばちやほやしてもらえるってか?
わたしこんなに弱いのにどうして酷いことができるのってか?
落ちこぼれなのにどうしてやさしく教えてくれないのってかぁっ?
んなもん知るかよ、ボケ。口先だけのヘナチョコが。何しても強くなりてえんじゃなかったのか? 言葉のあやだったのか? それとも覚悟もなしに言ってたのか? てめえの言ったことには責任くれえ持て、自己責任だ。そんなことも分かってねえで喚き散らして泣いてっから小娘なんだよ、分かったか?」
俺を睨みつけながら、小娘は顔を青ざめさせた。
おうおう、怒っちゃってまあ。んなもん俺は怖くもねえし、罪悪感を欠片も抱くこたあねえよ。
「悔しけりゃ殴ってみろよ、剣抜いたっていいぜ?
ほらどうした、かかってこいよ。俺は正真正銘の穴空きだぜ?」
煽っても、俺を睨むばかりだった。
悔しいのは顔で分かる。泣きながら怒り、本気で憤っている。
だが、俺に勝てるなんて思ってもいないだろう。
昨日、散々に叩きのめされて、こいつは自分がクソ雑魚だと思い知ってるはずだ。分かったはずだ。132連敗すりゃあ、負け犬根性も身に染みるだろう。
「才能ねえならやめちまえ、クルセイダーってのも女神の盾ってのも。お前まだ14歳なんだろ? まだまだ違うこと始めるにゃあ遅くねえよ。とにかく、俺はお前に金を返してもらうまではつきまとうからな。逃げようとすんなよ。あとお前の朝飯も食わねえならもらうから」
食堂へ戻ろうとしたら、泣きはらした顔で小娘は俺を追い抜いて食堂に行ってしまった。味なんて知らないとばかりにメシを食らいつくしていた。
諦めるなら早い方がいい。
でも、挫折しながら諦めきれないんなら――。
ま、どうなるかなんて俺は知らねえけど。




