ぽんこつ小娘
「あのおじいさんっ……待っててって、言ったのに! もぉぉ……何であんなに耳が遠いの……?」
俺が馬車を飛び降りていったところへ戻ると、轍だけが残されていた。
小娘が地団駄を踏む。
「これじゃあ、何、帝都? そこまで行くの大変そうだし、やっぱ俺は――」
「師匠っ、1回了解したのに翻すのっ!? それっていいと思ってるのっ!?」
そろーっと逃げようとしたが、捕まえられた。
こいつは――この小娘は、調子がいい。いっそ清々しいくらい、調子がいい。あんなに必死こいて頼み込んできたくせ、疲れて了解したらすぐに本性を表した。
「仕方ないし、歩いて行かなきゃダメかぁ……。帝都まで歩いてくなんて最低……あ、でも途中でまた馬車に乗せてもらえれば、いっか。そうよね、うん、いけるいける。さあ師匠、行こ!」
「はいはい……」
何か、俺って変なのによく絡まれるような気がする。
普通のやつがどうして寄ってこないんだ? リュカにしたって正義の味方症候群だし、エノラだって普通とは言い難いし、シオンなんて記憶喪失以外は普通かと思いきや一瞬で忠臣に成り下がっ――上がった?
新たに追加されたこの小娘も、まあなかなかにアクが濃そうだ。
ああ、ロビンのあの純粋100パーセントみたいな癒しが欲しい。さしあたり、尻尾成分。
それからフィリアと遊びたい。かわいいんだ、俺の娘。天使だ。ミシェーラ姉ちゃんも天使だったけど、フィリアとどっこいどころか、フィリア優勢なくらいに天使なんだ。
今ごろ何してるんだか。
昼寝の時間かね。
俺も一緒にお昼寝してえよぉ……。フィリアぁ〜……。
「師匠、顔が気持ち悪い……何、妄想中?」
「黙ってろ小娘」
「わたしは小娘じゃなくて、ミリアム!!」
「小娘で充分だ。つーか敬え」
まったく、最近の小娘は敬語を使えるくせに使おうとしねえ。
礼儀正しさと笑顔っつーバリアで、常に腹黒く自分を守ってるリアンの爪の垢でも持ってくりゃ良かった。煎じて飲ませてやったもんを。
「師匠がわたしを小娘って呼ぶんだからいいじゃない。お互いに要求があるんだから、飲み合えばいいのよ」
「ヤなこった」
「じゃあわたしも師匠を敬ったりしなーい」
こんの小娘……。
まあいい、とりあえず俺も帝都とやらには用事があったんだし。馬車が乗れるようまでは歩いてやるか。
「ねえ師匠、師匠には家族っているの?」
「家族? ああ、いるよ」
「どんな人?」
「嫁さんと娘がいるんだなあ、これが。でもって、俺の育ての親のじいさんと、そのひ孫がいて……」
「嘘っ、師匠結婚してんの!?」
「何で驚くんだよ」
「だって……何か、イメージわかない……」
「こんの小娘……」
「だから、わたしはミリアム!」
「はいはい、ミニマムバストな」
「セクハラ! 変態師匠! シャノンに裁かれちゃえ!」
一人旅だともくもくと歩くことになるが、連れがいればなかなか退屈はしない。
少なくともこの小娘は暗い陰鬱なやつでもないから、道連れとしては、まあ悪くはない相手だった。
小娘は、ぽんこつだった。
一通りの知識は、それとなーく知っているようだったがそれは頭にあるだけで、実践というのをほとんど知らなかった。これまで街や村の外へ出る時は全て馬車。だから旅歩きも、外でマントに包まって寝るというのも知らなかった。
寝てたら夜中に、顔の虫を虫が這ったとか喚き出したこともあった。んなもん無視すりゃあいいもんを震え上がって、翌日にふらふらしていたもんだから俺が半ば引きずるようにして歩くはめになった。
それと、しつこく強くするために教えろ、鍛えろって言ってきたから軽く手合わせをしてやったが――ほんとに強くなかった。確か、今の小娘と同じ年だったリュカが、俺が仕留めたのよりデカいヤマハミを仕留めてたはずなんだけどな。
でもあれは魔技と、リュカのアホみたいな魔力容量があってこそ、か?
どうも、強いやつというのを見慣れすぎちゃってるのか、めちゃくちゃ小娘は俺の目に弱く映った。これがふんぞり返って、俺を連行してたんだから笑える。
俺は剣じゃなくて、槍の方が得意――と言っておいて、軽く教えてやったが、筋が良いようにも見えない。人を見る目なんて俺にはないから分からんが。
だが、祈術なるものを見せてもらえた。
驚いたことに――多分、十二柱神話信仰者の言うところの神官が持つ加護と同じような力だった。
魔力ではない、神様から借りる力。
それが加護なんだとはエノラから、聞いたことがある。十二柱神話の神も、エノラが巫女をしていた泉の神とやらも、そういう力を分け与えることで人が行使できるようになる。
小娘は女神シャノンの加護を受けていた。
しかも、それは特別ではあるようだが、他にもたくさん、同じく女神シャノンから加護をもらってる連中がいて、聖クラクソン教会とやらは、この加護持ちの連中を女神の盾と女神の剣なる2つのグループに分けているんだとか。
いわゆる、武力を持った聖職者だ。クルセイダー、と総称されるらしい。
女神の盾というのは祈術――まあ、加護の力だな――を使って、女神シャノンを信仰する人々を守る。
女神の剣は、同じく祈術を用いて、女神シャノンの教えに背く者や、聖クラクソン教会を脅かすやつを殲滅する。
教会お抱えの軍隊って印象を持ってしまった。
ディオニスメリアにおける騎士団みたいなもんだな。
さて、その祈術。どうやらこいつは体系化をされているようで、小娘はまだまだ未熟者だから大したものは使えないそうだが、バリアめいたものを張ったり、相手を攻撃したり、傷を癒したりと、色々とできるそうだ。
もっとも小娘は、何度も言うが未熟なので大したことができない。
傷を治すにしたってちょっとした切り傷を消す程度。バリアを張っても、俺があんまり力を込めないでグーパンすればヒビ割れる脆さ。試しに攻撃してみろと言ったら、一瞬だけ熱くなったが、ただそれだけ。本当は滅却させたりするらしい。
おまけに祈術を使うためにはいちいち精神統一をしなくちゃいけないようで、とても実戦で使えるようなものでもなかった。最速でやってみろと言ってバリアを張らせたが、シュピーンとバリアが作り上げられたのは80秒くらいしてからだった。もちろん、グーパンでヒビが入る程度の。
ぽんこつだ。
やはり、小娘としか俺は呼ばないだろう。
そんなこんなで、5日ほど歩いたらちっぽけな街に到着をした。
どうやら冒険者ギルド加盟国のようだったが、それと同時に小娘と同じくクルセイダーとやらがいた。
「やっと、やっとベッドで寝られるぅ……」
「ところで、路銀はどうすんだ? 俺は、家計と国費の――じゃねえや、ともかく、余計な金は持ってきてねえんだ。自分の宿代は自分で出せよ?」
「そんなの当たり前よ、わたしは女神の盾の一員なのよ。お金くらい……お金、あれ?」
「ん?」
「…………師匠がいきなり護送馬車飛び出るから、お金置き忘れてきちゃったかも」
ほんっとーに、こいつってぽんこつだ。
とりあえず一晩だけで、後で絶対に返せと言いつけ宿に泊まった。




