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ノーリグレット!  作者: 田中一義
#29 ヴラスウォーレン帝国
303/522

三文役者のレオン






 ラサグード大陸――。

 それはちゃんと、クセリニア大陸よりもさらに西にあった。クセリニアからやや北西とでもいったところか。上から見たクセリニア大陸の西側は、トカゲの顔を真横から見たような形状をしていた。トカゲが口を開けているようなものだ。

 上顎と下顎とに別れているように見えた。口の開いているスペースは、内海と言って良いか、超巨大大河と言って良いか分からないが、水に満たされていた。前にエノラが地形的な理由で、ジョアバナーサからさらに西へ行けば、北西か南西に行かざるをえないと言っていたのはこれだったのだ。


 そして、そのトカゲの鼻先から、北西のところにラサグードという大陸はあった。

 めちゃくちゃデカいクセリニア大陸を見事に横断してきた形となる。海流の都合だか何だかで、大陸沿いに海からクセリニアを東から西に進むのは難しい――というかできないそうだから、ここに物流を敷くにはいちいちクセリニアを横断しなくちゃいけないのか。

 食料品をあっちこっちへやるのはできないだろう。というか、何年がかりでやらなくちゃいけないことになるんだか。交易をするなら、腐ったりする心配のないものがメインになりそうだ。



 と言うか、こんだけ離れてると、さすがにディオニスメリアじゃあ、ラサグード大陸なんてほとんど知られてなくて当然だろうとも思える。



 そんな感想を抱きながら、俺はラサグード大陸上空をレストに跨がり飛んでいる。



「しかし……寒いな」

「クォォォ……」

「けど、何があるかも分かんねえし、平地ばっかだし、適当に降りるのもな……。

 んー……お、おおっ? でっけえ山……。よし、レスト、あの山に降りるぞ。行け」



 うっすらと、遠くに山が見えた。

 でっかい山だな。あんまり上まで行くと雪を被ってて見るからに寒そうだし、と中腹くらいで降りた。それでも標高はなかなか高い。アイウェイン山脈からひとつ山を切り出してきたかのような高さだ。

 裾野には深い緑の森が広がっている。目を遠くへ向ければラサグード大陸の地平線が見える。さてどこへ行こうか、と眺め回す。とりあえず、人里だな。さすがに未開の土地ってことはないだろう。ここへ来るまでに、ちらほら村みたいなのとか見えてたし。


 ただ、あくまでも俺が来ている理由は、交易するための調査だからでっかい街とか、都みたいなところへ辿り着きたい。けどやっぱりレストで街中へ降りるわけには行かないから、見つけたら一旦、レストとは別れる。

 行き先を定めてからだけど。

 それに別れるとは言え、笛を吹けばレストはやって来るはずだから安心だ。

 ちょいと街中には連れて行けないから、呼ぶまでは好きにしてなさいと言いつけるだけ。



「腹ごしらえするか……」


 しばらく眺めていたが、景色がいいなあ、というような感想しか浮かばない。

 ので、食料調達をすることにした。ニゲルコルヌを片手に山岳を歩き回る。さてさて、食えそうな魔物がいるのかな――と魔影を使って周辺の生き物をチェック。



「………………あれ、いない?」



 反応がない。

 俺とレストしかこの近くにはいない。



「麓まで降りて、人探しからやるか……」


 ほんとは大きな街だのを見つけて、その近くでレストと別れるのが良かったがそうもできなさそうだ。再びレストへ跨がって、上から近くに村だの集落だのがないかと探した。――と、裾野の端に村のようなものが見えた。そこから離れたところへ降りる。



「んじゃあ、レスト、お前は俺が呼ぶまで達者でな」

「クォォ?」

「分かってなさそうな声出しやがって……」

「クォォォッ!」

「……頼むからな?」


 撫でてから背中を向けて歩き出す。ちらと振り返ったら、早速、レストも俺とは別の方向へ歩いて行っていた。まあ、大丈夫だろう。賢いやつだし。



 裾野は森というか、樹海だった。なかなか濃密に木々が生えていて、しかも薄暗い。

 生き物の気配もたくさんあった。魔物というやつはけっこう地域色が濃くて、同じようなのでもビミョーに変わってたりする。だが、こんなところにも、カニのくせに横移動をせず、獰猛にまっすぐ向かってくるシンリンオオガザミはいた。

 どこにでもいやがるやつだ、ほんとに。

 こちとら5歳児のころからぶっ飛ばしてるから、危うげもなく撃退しておいた。


 でもって何時間か歩いていくと、ようやく樹海を出られた。


 村が広がっていた。茅葺きの屋根、木造のささやかな建物。

 人間族と獣人族と魔人族が入り乱れている。俺が樹海から出てくると、第一村人がぎょっとした目で俺を見た。言葉は通じる、はずだよな。



「よっ、俺旅人なんだけど、ちょっと道に迷っちゃって――」

「ど、どこから来たっ!?」


 めちゃくちゃ警戒され、第一発見村人の魔人族のおっちゃんが農具を俺へ向けた。へっぴり腰で。


「どこからって……ええと、あの山――」

「ヘスティル山から……!? お、大人しくしろ、て、抵抗をするな!」

「えっ?」



 すぐさま人が集まってきた。

 こりゃ誤解をされてるな、と思って偉いやつが出てくるまでは大人しくしようと決める。

 今の俺は小さな島国とは言え、一国の王様なのだ。だったら広い心で許そうじゃないか。それに何か、持ち上げられてばっかりだったから、こういう扱いも新鮮でいいんじゃないだろうかと、ちょっと迷走気味なことも思ってしまった。



「武器を置け!」

「あいよ」

「ゆっくりと荷物を全て置け!」

「あいよ」

「身につけているものを全て外せ!」

「えっ?」

「大人しく従え!」



 どうにか指輪だけは死守したが、そうして俺は裸に剥かれて半地下の粗末な牢屋めいた場所へ放り込まれた。奴隷商と違うのは、一応、全裸に剥かれて何も身につけてないと判断されてから、めちゃくちゃボロいが服をくれたことだろう。まあ、指輪は死守したけど。この制御装置がなきゃ、ちょっと困るし。


 俺の美しい裸体を見た村の衆は、これまたぎょっとしていた。

 今や芸術的じゃああるまいかと開き直れるほど無作為についている無数の古傷にさぞやビビったことだろう。回復魔法という便利なものが存在しているこの世界、戦いがあって重傷を負おうともくっきりはっきりと大きな傷が残るというようなことはあまりない。が、俺は体質の都合で古い大きな傷がわんさかついている。

 そりゃあ驚くってもんさ。

 まあ、俺は怖くない人間ですよ、というアピールのために従ったわけだが。

 話せば分かるさ、と。



 そこで、コミュニケーションパートへ移ってみた。


「……なあ、寒いんだけど」



 檻の前で番をしている村人に声をかけてみた。


「…………」


 ちらっと俺を見たが、村人はふいっと顔を逸らした。

 無視か、無視なのか。


「ああ、凍えて死ぬぅ……寒いなあ……。ああ、ぞくぞくしてきた。

 こりゃあ死んじゃうなあ、俺。げほげほ、実は俺……不治の病を抱えててな……?」


 同情を誘う作戦に切り替えてみると、気になってきたようでちらちら見てきた。

 不治の病を抱えてるのは嘘じゃない。何せ、俺は魔力欠乏症なのだ。ついでに魔力中毒なのだ。治るようなもんじゃない。むしろ障害だ。

 こういう時くらいは利用さしてもらおう。



「俺、穴空きなんだ……。だから小さい時なんて、いつも穴空き、無能って虐められてよ……」


 嘘じゃない。

 俺は学院でさんざん、嫌がらせを受け続けてきたのだ。やり返してたけど。


「それで旅に出てさ……たくさん歩いて、このラサグード大陸に来たんだ……。

 ディオニスメリアって国、知ってるか? クセリニアからさらに海を渡った東の国なんだよ……。

 ここまで来るのにさ……奴隷商に捕まえられかけたり、デカい魔物に襲われたり、通り魔に殺されそうになったりしてさ……苦労してきたんだ」


 全部嘘じゃない。

 全部どうにかしてきたけど。



「ああ……遠い故郷の会えない母ちゃんが恋しい……。

 そうそう……俺、物心ついた時には捨てられててさ、孤児なんだよ……。穴空きだったから、なのかもな……。

 こうやって寂しい思いをしてるとさ、そのころのことがふっと思い浮かんだりしてさ……」


 ぐすっと番の村人が鼻をすすった。


「死ぬ前に……あったかいスープ、食いたかった……なあ……」



 俺は今、死ぬ前なんだからこういう希望を告げるのもありだろう。

 お腹が減ったから、硬くて冷たい牢屋に寝そべる。ガクッと、空腹のあまりに力が抜けたら、牢が開いた。



「ま、待ってろ、死ぬんじゃない……! 分かった、今、暖かいスープを持ってきてやる……!」

「ああ……いいさ……。人の温もりが感じられれば……死ぬわけ、ないだろう……?」

「死ぬなぁぁーっ!!」



 小芝居ですっかり騙されてくれたようで、牢屋から運び出されてどっかの民家の一室のベッドへ寝かされた。すぐに味気ないが、たっぷりの湯気を立てるスープが持ってこられてご馳走になった。すごく味気なかったけど。


 いやー、嘘はひとつもついてないけどここまで同情されて、ころっと手の平が返されると申し訳なくなってくるな。


 なんて思ってたら、部屋にひとりの女が入ってきた。

 長い黒髪の少女と言えそうな小娘だった。綺麗な白いブラウスっぽいものに、たっぷり金糸の刺繍がある。その上からベストと、胸部、肩、足だけに鎧をつけている。腰には細身だが剣まである。

 そんな女を、俺が担ぎ込まれた民家の住人が彼女を恭しく案内をしてきたのだ。



「はじめまして。わたしはミリアムです。あなたは神聖なヘスティル山に無断侵入をした罪で囚われています」


 囚われてはいないけど、言わないどこう。

 俺が迫真の三文芝居で出してもらえて、メシも恵んでもらったんだし。


「お名前を教えてください」

「レオンハルトだ」

「では、レオンハルトさん。あなたを帝都レギルスへ連行いたします」

「……え」

「出立は明朝です」



 マジでか。

 ついつい、癖でレオンハルトとしか名乗らなかったけど、エンセーラムってつけなくて良かったかな。俺が王様ってバレたら、重大な外交問題になっちゃいそうだし、うん、どうしたもんかね。

 ていうか、連行? 帝都レギルス?

 良い感じのところへは行けそうだけど――ちょっと状況がよろしくないなあ。


 今は大人しくしとくか。



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